海での過ごし方
「海だ海だ海だ! 海だー!!!」
走り幅跳びでもするかのように、海パン一丁姿の昇が海へダイブした。昇の衝突で穏やかな海が音を立ててしぶきを上げ、元の穏やかな海の姿へ戻っていく。海中から上がって来た昇が目を輝かせながら、砂浜で呆然と見つめている友人達に手を振った。
「お前らも早く来いよ! ここの海は他よりも冷たくていいぞー! 冷てぇー、凍えそうだ!」
「僕はいいよ。泳げないし……」
「あたしもパス。せっかく涼しい場所に来たんだから、勉強に集中出来るし」
「えぇ……ゆ、雄介は一緒に遊ぶよな?」
「ああ。だが、僕は海の遊び方など知らない」
「俺が教えてやるよ! とにかくこっち来いよ!」
ユウスケは着ていたシャツとズボンを脱ぎ捨て、下着姿になった。そのユウスケの行動に三人はおろか、離れた場所で食事の準備をしていた安原も、パラソルの下で本を読み漁っていた琴音までも、口を開けて驚いた。
「雄介!? お前水着はどうした!? そりゃただのパンツだろ!?」
「水着? 何だそれは、知らん。それに、昇も同じ格好だろう」
「いや、別に俺ら男共は構わないが……女性陣がな……」
ユウスケが振り向くと、レイカは頭を抱え、琴音は頬を赤く染めて指の隙間からユウスケの体を凝視していた。何故彼女達があんな反応をしているのか理解出来ないユウスケは、とりあえずズボンだけでも履き、海の中へ入っていく。
「それで? どう遊ぶんだ?」
「お前のスルースキル、見習いたいよ……そうだなー、基本は泳ぐとかだけど、どっちが長く潜れるとかもあるな」
「なるほど。だが、それは本当に楽し―――」
言い終わる前に、ユウスケの姿が海の中へと消えていった。浅い場所から唐突に深い場所になった為、足の踏み場が無くなったユウスケは溺れてしまったのだ。
「おぉ! 言った傍からやったな! だが同時にやらなきゃフェアじゃねえ! 一回上がって来い!」
・ ・ ・
「……あれ?」
一向に浮かんでこないユウスケに、昇は疑問を持った。すると、浜辺にいたはずのマモルとレイカが服を着たまま昇のもとへ近付いてきていた。
「なんだ、お前らもやっぱ遊びたいじゃんかよ!」
「馬鹿!!! 溺れてんのよ、雄介は!!!」
「ボケッとしてないで助けに行くよ!」
「なっ!? くっそ、泳げねぇなら泳げねぇって言ってくれよ!!!」
三人は深く息を吸い込み、海中へ潜っていた。陸から見るこの海は穏やかで優しい印象があるが、海の中は全く逆の印象を持っていた。海の表面が陽の光を遮断し、潜ってすぐに暗闇に包まれてしまう。おまけに潜れば潜る程、氷のような寒さが身を蝕んでいく。
それでも、三人は深く潜っていく。もはや黒一色に染められた景色をただ真っ直ぐ進んでいき、沈んでいったユウスケを救う為。
しかし、あまりにも広大な海の深さにレイカとマモルは息も体も限界に達し、先に上がっていく。昇はというと、未だ潜り続けていた。
(どこだ、どこまで沈んでいった!? 雄介!)
自分の誘いが原因だと責任を感じていた昇は、自分を犠牲にする覚悟で潜り続けていた。進んでいるのか、留まっているのか、分からずに。
(暗くて、何も……俺は、今…進めてるのか……雄介は、どこに…………なんだ、あの光……?)
意識が途絶えかけた時、暗闇の中で不思議な光が見えてきた。ビー玉のように小さな光だが、強い光だ。昇はその光の方へ近付いていき、光に手を伸ばした。
光に触れた途端、光は何処かへと消え、代わりに人の感触があった。それがユウスケだと信じ、昇は急いで上がっていく。
海から顔を出し、昇は息をし直す事よりも先に、自分が深海から持ち帰ってきたものを確認した。
それは紛れもなく、自分が救いたかったユウスケであった。
「雄介……ハハ、雄介だ! 雄介を見つけた!」
急いで陸まで戻っていき、浜辺の上にユウスケを置くと、そこへ皆が集まってきた。
「雄介君だ、雄介君だよ!」
「よく見つけたよ昇! それで、雄介は息してるの?」
「分かんねぇ! どうすりゃいい!?」
「じ、人工呼吸! わ、私がするから、昇君は離れて!」
昇を突き飛ばすような形で琴音が割って入り、ユウスケに人工呼吸を行い始めた。全員が見守る中、急にユウスケの口から大量の海水が吐かれ、それと共にユウスケは起き上がった。
「ゲホッ! ゲホッゲホッ……」
「「「「雄介!」」」」
「……口の中がしょっぱい」
「よ、良かった~……」
「え? 何が?」
「雄介君、溺れちゃってたんだよ!?」
「あんた、記憶に無いの?」
「突然目の前が暗くなって、それで……そこから分かんない……でも」
「でも?」
「悪くない。このままでも、悪くはないって思えた。全部、楽になれると思って」
「楽になれるって……あんたねぇ! 自分がどういう状況だったか―――」
「すまなかった!!!」
レイカの怒りが爆発しかけた所で、昇が大声で謝罪をした。見ると、昇は土下座をしており、手は強く握りしめられている。
「俺が、俺が軽々しくお前を誘ったから……俺の所為で、お前を死なせる所だった……!」
「昇……」
「昇君……」
「すまなかった、本当に……それから……生きてて、本当に良かった……ありがとう……!」
「……いいんだ。いいんだよ、昇。溺れたのは僕の能力不足の所為だ。君らは体を張って僕を救ってくれた。謝るのは、僕の方だ……ごめんなさい、みんな」
ユウスケは尚も土下座をしている昇のもとへ行き、顔を上げさせた。昇の顔は涙でグチャグチャになっており、普段の陽気な様子の昇とは別人と化していた。
「それで、お願いがあるんだが。僕に泳ぎ方を教えてほしい。今度水の中に入った時、こんな風に助けられるのは嫌だからね」
「ぅぅ…! ぁ、ぁぁ……ああ……! もちろんだ……!」
「はぁ……しょうがないから、あたしも教えてあげる。昇一人だけじゃ、また溺れさせちゃうかもだし」
「もう二度どざぜねぇよ!」
「ぼ、僕も。あんまり得意って程じゃないけど……」
「ありがとう。マモル、レイカ、昇。それじゃあ早速、お願いするよ。僕は出来ない事が大嫌いなんだ。お先に!」
「「「先に行くなぁぁぁ!!!」」」
そう言って、ユウスケは一足先に海に走り出していった。その後を必死で追いかけていく三人。
そんな彼らを見て、琴音はようやく安堵した。ユウスケが目覚めるかどうかの心配もあったが、一番は彼らの仲に亀裂が走ってしまう事を恐れていた。だが今の彼らの様子を見て、その心配は杞憂であったと、琴音はホッとした。
「良かった。助手君の…北崎君の友達が、友達のままで……さて、一難去った事だし、私は戻って本の続きをっと」
自分が読んでいた本の続きを読もうと、パラソルの下に戻ろうとした矢先、さっきから無言を貫いていた安原に行く手を阻まれてしまう。
「な、なん、ですか……?」
「琴音ちゃん、だったか? 君はオカルトに随分熱心らしいね」
「え、ええ……まぁ」
「この島に来たのも、ある噂を検証する為だとか。という事は、調べる道具は一通りあるんだろう? 岩を削る物とか、水の質を調べる物とか」
「一応……はい」
すると安原は、ここの海の水を入れた小瓶を琴音に渡した。
「頼んだよ。出来るだけ、早く」
「……分かり、ました」
琴音がテントの中に走り去っていくのを見送った後、安原は改めて海を見た。他の海とは色の違う、何か違和感を感じるこの海を。
「杞憂であればいいが……」
険しい表情で海を見ていると、昇達が楽し気にユウスケに泳ぎ方を教えているのが視界に入り、険しかった表情が和らいでいく。心の中で、不穏を残しながら。
次回
「美味しい料理は争いの元」




