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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
二章 砂時計
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魔女が棲む海

 四日間の休日を利用し、ユウスケ達は【魔女が棲む海】と名付けられている奇妙な島へと向かっていた。目的地の島は船を使って半日もかかる距離にあり、最初こそ騒がしかった昇とマモルはすっかり横になっており、島に来たがっていた張本人である琴音も、水を飲んでは吐くを繰り返していた。平気でいられているレイカと操縦者である安原も、途方もない時間と変わり映えしない景色に飽き飽きしていた。

 しかし、ただ一人、ユウスケだけは依然として目を輝かせていた。果てしなく続く海、独特な潮の匂い、時折海中から見える魚の影。どれもこれも初めてな体験に、ユウスケは全身で受け止めていた。


「これが海か……取り囲む壁も、古い空気もない……外は自由だ」


「今だけは、あんたの感性が羨ましく思えちゃうよ」 


「レイカ、あの三人は大丈夫?」


「昇とマモルは死にかけ。琴音さんは脱水症状一歩手前。大丈夫じゃないわね」


「あと少しの辛抱だ……おぉ、見てくれレイカ! 陽が沈みかけていく!」


 ユウスケは船の先端に向かい、沈んでいく陽を目に焼き付けようと、手すりを掴みながら身を乗り出す。その様子が若干危なっかしいので、念の為レイカはユウスケの服を片手で掴んでいた。


「綺麗だ……写真で観た時より、ずっと」


「あんた、海って初めてだっけ?……あー、そっか。記憶喪失だったもんね、あんた。今まで普通に過ごせてたから、忘れちゃってたよ」


「レイカは何も感じないのかい?」


「う~ん、陽が沈んでいくってのは確かに綺麗だけど、それだけかな? 慣れって怖いね」


「僕は慣れそうにないな。綺麗なものはずっと見ていたいよ」


「意外とロマンチストだね、あんた……ねぇ、雄介。アキラさんって、来れなかったの?」


 レイカはどこか不安そうに、小さな声で聞いた。ユウスケがレイカの方を見ると、レイカは頬を赤く染めながら、目線を下に向けていた。


「アキラは……あいつは、忙しいからな」


「誘わなかったの?」


「誘わなかった……色々あってな」


 そう言いながら、ユウスケは操縦席にいる安原を見た。安原が自分を襲ったカエル男だと確定している現状、アキラの存在を安易に教える訳にはいかなかった。能力が使えない今のユウスケにとっての武器とも言えるアキラは、変異体に対抗出来る唯一の存在であった。

 そんなユウスケの事情など知る由も無いレイカは、ユウスケに対し若干の苛立ちを覚えていた。


「アキラさんってさ、彼女さんとか、いるのかな…?」


「彼女……どうだろうな。アレを彼女と言うべきか……いや、むしろ母親だな」


「母親? 年上の女の子と親しいの?」


「羨ましく思える程にな。だが、今は離れ離れになっている。あいつは、いつか必ず再会出来ると信じているが……どうだろうな」


「……そっか……ありがと、教えてくれて」


 そう言って、レイカは友人達の様子を見に行った。去り際に涙を流しながら。


「……女に好かれやすいな、アキラ」


 沈んでいく陽を堪能し終えたユウスケは、操縦席へと向かっていく。操縦席のドアを開け、中に入ると、安原が火の点いたタバコを口に咥えながら、真面目に操縦していた。ユウスケは前方の窓際に置いていた安原のタバコを取り、中から一本取り出して口に咥える。


「ん」


「なんだ?……おいおいおい、それは駄目だろ」


「火」


「分かっているのか、見た目が未成年だって事に。前は喫煙者だったかもしれんが、その体にいる以上、タバコは吸わせないぞ」


「ちっ。せっかく久しぶりに吸えると思ったのに……」


「体を乗っ取っている事は否定しないのか……やはり、お前は北崎雄介じゃないんだな」


「流石に記憶喪失っていう盾は、いつまでも通じないか」


「随分素直に認めるじゃないか。それじゃ聞かせてくれ、君の正体は? 雄介の体を乗っ取って、何が目的だ?」


「そうだな……世界征服、とか?」


 安原をからかおうと、ユウスケは適当な冗談を言った。しかし、思いのほか冗談を真に受けられ、安原の首筋に鱗が纏わりはじめてきた。


「…冗談だよ。だから、ここで化け物に変異するのはやめてくれ」


「冗談だと? 言っていい事と悪い事も知らんのか? お前のその体は、お前が言った冗談を本当にする力があるんだぞ!」


「ほぉ~、そんな力がこの体にあるのか」

 

「何を知らなかったような風に言うんだ……待て、本当に知らなかったのか?」


「うん」


 安原は大きく溜め息を吐きながら、握っていた操縦桿にうなだれていく。誠実で賢そうな見た目の割に、安原はうかつであった。


「心配するな。僕は別に、世界をどうかしたいと思っちゃいない。ただ、外の世界で生きていたいだけなんだ」


「……その為だけに、他人の体に乗り移ったのか? まるで悪霊だな」


「籠の中だけの世界で生きてきた鳥は、外の世界を夢見るものだ。渇望という欲は、あんたが思っているよりも恐ろしいものだよ」


「……まぁ、何はともあれだ。お前の言っている事が本当なら、こちらにとっても良い話だ。北崎雄介を抑えられているのだからな」


「随分と北崎雄介を恐れているな、君達は。そんなに危険な存在だったのか?」


「……どうだろうな。一つ言えるのは、人間に興味を持った事は、人間側も俺達も幸いな事だった」


「なるほどね、いつか聞いてみたいよ。この体、この世界の北崎雄介という人物が、どういう存在だったかを」


「そうだな、話せるといいな。だが今の所、俺はお前を信用出来ない。信用出来ない奴に、話す事などない」


「もう十分話してると思うがな……ん?」


 ユウスケは違和感を覚えた。見えている景色、香る匂い、肌に感じる感覚。そのどれもが、瞬きをする前とは、全くの別物になっている事に。操縦席から離れ、海の様子を伺いに行くと、そこにはさっきまで見ていた青い海は無かった。

 そこには、透き通った水色の海が辺り一面を覆っていた。暑かったはずの夏の日差しは感じられなくなり、心地よい風が肌を撫でていく。

 

「……魔女が棲む海」


 青い海は写真で観た時よりも感動したが、この水色の海は、そんな感動を忘れ去ってしまう程に、幻想的であった。見ているだけでも涙が流れていき、止める事が出来ない。目的地に到着したばかりだというのに、既にユウスケは、この海に心を惹かれてしまっていた。

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