遠征計画
時刻は0時を回り、ユウスケは流れ星公園に来ていた。初めてユウスケが流れ星公園に来て以来、琴音が立ち上げた非公認部活動の拠点として、人々が寝静まった深夜の間にだけ利用していた。
設営してあるテントの中に入ると、既に琴音が来ており、シャツと短パン姿でノートパソコンに釘付けになっていた。ユウスケは持ってきていた袋から缶コーヒーを二つ取り出し、一つを琴音の頬に当てる。
「うひゃ!?」
急に冷たい物を当てられてビックリした琴音は、大きく体を揺らした。身長だけでなく足も長かった為、向かい側の端に置いていたケースに足の指をぶつけてしまい、痛みで表情を歪ませながら、ユウスケを睨んだ。
「……助手君、急にビックリさせないで……!」
「入ってきた時の音で分かってたでしょ。僕が来た事は」
「知ってたけど…それとこれは別でしょ……!」
「コーヒー、苦いのと甘いの、どっちがいい?」
「……甘いの」
ユウスケからコーヒーを受け取った琴音は、太ももの上に置いていたノートパソコンをどかし、コーヒーを飲んだ。
しかし、聞いていた話とは違うコーヒーの苦味に再び表情を歪ませ、隣に座っているユウスケに顔を近付けた。
「助手君、これ苦い」
「当たり前だ。苦いの渡したから」
「別に、いいけどさ……」
「それにしても、よく何も言われませんね。深夜だけとはいえ、ここを無断で使っているのに」
「ここには誰も来ないよ。夜も、朝も」
「どうして?」
「ここが、呪われた場所だからよ」
琴音は表情を歪ませながらコーヒーを一気に飲み干し、隣に座るユウスケの太ももの上に頭を乗せて話し始めた。
「昔の話。ここは何も無い丘だった。けれど、ここから夜空を見上げると、必ずといってもいい程に流れ星が見れた。でもある時、空を横切っていくはずの流れ星が、堕ちた。当然調べようとする人や、好奇心を抱いた人がここへ来たわ。でも、流れ星はここには無かった。期待外れだったでしょうね、彼らにとっては。それから数日経って、奇妙な事が立て続けに起きたの。堕ちた流れ星を見ようと来た人達が、一斉に行方不明になった。まるで、消えちゃったみたいに」
「いかにも琴音が好きそうな話だ」
「そう、だからここは気に入っている! でもさ、実際の所、不明な点ばかりなんだよね。もしその話が本当なら、ここは閉鎖されるはずだし。一斉に行方不明って、どうしてここに来た人達の事を把握してたんだろう?」
「お陰でここを好き放題使えるんだ。その話が本当であれ、嘘であれ、都合が良い」
「だけど気にならない? みんな、どこに消えちゃったんだろうって。どこに、隠れちゃったんだろうって」
「……随分と引っかかる言い方だ。何が言いたい?」
「ふっふっふ! ここに来てから三ヶ月! 遂に私は見つけたの、行方不明者の一人を!」
そう言うと、琴音は体を起こし、置いていたノートパソコンを手に取ってユウスケに見せつけた。
画面には【魔女が棲む海】とタイトルに書かれた海の画像があった。不気味なタイトルとは裏腹に、画像に映る海は澄んだ水色の綺麗な海であった。
「綺麗な水だな。これが海なのか?」
「普通の海よりも不自然に綺麗なのよ! ほら、ここ見て!」
画像の奥をズームすると、ある一定の場所から青い海があった。
「こことあっち、境界線みたいなもので仕切られている風に見えない!?」
「合成の可能性は?」
「調べたけど、合成の可能性はまず無いわね。つまり! この海は本当にあるのよ!」
琴音は興奮していた。久しぶりに見つけた不可思議な現象の発見に。そして何よりも、自分の話に付き合ってくれる人物が傍にいる事の幸せに。
そして、ユウスケも似たような幸せを感じていた。常人が信じられない話を真面目に聞き、自分の話を信じてくれる琴音との出会いは、別世界に飛ばされたユウスケにとって幸いであった。不可思議な現象についての調べる力も高く、ネムレスという情報源を失ったユウスケにとって、救いの存在であった。
「それで? 琴音はどうしたいんだ?」
「その言葉を待ってたの! ねぇ、ここに行ってみない? 場所は特定してあるよ。船を使って半日くらいかかるけど」
「来週、ちょうど四日間の休みの日があるな」
「そうそう! だから、私達で行こうよ!」
「だが、船はどうする? そもそも操縦を?」
「船はあるけど、操縦がね……ねぇ、助手君。操縦出来る?」
「出来ない」
「だ、だよね……」
「だが、当てはある」
「え、本当? やった! それじゃあ、計画立てようよ! 四日間しか時間はないから、今の内に計画を立てないと!」
その後、2時間に渡って遠征計画を立て、この日の部活動は終了した。琴音を家にまで送った後、ユウスケは安原の店へと向かった。
店の前に着くと、アキラから聞いていた通り、店は空き家となっていた。一応ドアノブを捻ってみると、鍵は掛けられていないようで、扉が開いていく。
中に入っていくと、そこはもぬけの殻であった。初めてこの店に来た時にあった小物や、店内を漂う甘い匂いも消え、奥のカウンター席だけが物悲しく残っていた。
「やはり、何処かへ消えたか」
諦めて帰ろうとした矢先、裏口に通じる扉が開き、そこから安原が現れた。あの日、路地裏でユウスケを襲った時の事を引きずっているのか、安原の表情から申し訳なさが表れていた。
「……やぁ、雄介君。ここは空き家になったんだ、だから……私の正体、気付いているね?」
「ああ」
「……俺は、襲う気は無かった。あの時は正気を失ってたんだ。あの男だって殺す気も無かったが、偶然路地裏に入ってきてしまったばっかりに……今は正気を保ててる、だから安心してくれ。それから…それから……こんな事を言える立場じゃないが、俺に、償う機会を―――」
「その件についてはどうでもいい。今日はそんな話をしにきたんじゃない。だが償いたいという気持ちを確認出来て良かったよ」
「それじゃあ、何を……?」
「お前、操縦できるか? 船を」
「……船?」
予想していた要求とは違うものに、安原は困惑しながら聞き返した。そんな安原に、ユウスケは琴音の家から持ってきていた一冊の説明書を押し付ける。
「それは船の説明書だ。僕も読んだがチンプンカンプンだった。期限は来週の金曜日まで。それまでに頭の中に叩き込め」
「いや、え……えぇ?」
「償いたいんだろ? だったら全力で覚えろ。あー、あと食料を四日分、お前の分も含めた六人分の食料を四日分用意しとけ」
「いや、ちょっと、話が見えてこないのだが?」
「時間は有限だ。今から取りかからないと、期限までに間に合わないぞ。金曜の23時に流れ星公園で合流だ。遅れるなよ」
「だから、状況を理解する為にも説明を―――」
「それじゃあ頑張れよ、カエル男。僕は帰って寝る」
それだけ言い残し、ユウスケは帰っていってしまう。独り取り残された安原は、ユウスケに押し付けられた船の説明書をペラペラとめくり、改めて困惑した表情を浮かべた。
「……あいつ、絶対に北崎雄介じゃないな」
次回
「魔女の棲む海」




