北崎雄介として 北崎アキラとして
映画を観終わり、映画の感想を話し合った後、友人達は帰っていった。友人達を見送った後に、改めてゴミが散乱するリビングの光景を目の当たりにし、ユウスケとアキラは無表情で溜息を吐いた。
「…とりあえず、片付けるか」
「そうだな。それじゃあ雄介―――いや、アキラはテーブルの上の食器と散乱しているゴミの片付けを頼む」
「お前は何するんだ?」
「練習さ」
そう言って、ユウスケはソファの上に散乱するゴミを床に払い落し、テーブルに置いてあったスプーンを手にして寝っ転がった。
そのユウスケの様子をアキラは数秒ほど静観し、壁に立てかけてあった掃除機のスイッチを入れて、ユウスケの股間部分を掃除機で吸い取った。
「なななな、なんだなんだ!? 何だそれは!?」
「掃除機だろ。ゴミを吸い取る」
「僕はゴミじゃない!?」
「片付けを押し付けといて自分だけ寝っ転がる奴はゴミだよ」
「だから言ったろ!? 僕は練習してるんだよ!」
「それのどこが練習だ!!! というか練習って何の練習だ!!!」
「見れば分かるだろ!?」
「見て分からないから聞いてるんだろ!?」
ユウスケは自分の股間部分に当てられている掃除機をどかしながら起き上がり、下がってしまったズボンを上げ直す。
「…はぁ。お前はどうなのかは知らんが、今の僕は能力を使えないんだ。ゲートもだ」
「じゃあ今はただの人間か。良かったじゃないか」
「ああ、そうだな。だがこの世界には僕の認知していない化け物が存在していた。実際、今日僕は化け物に襲われた。カエルの姿をした化け物に」
「俺も遭遇したよ。こっちは背中に腕が生えた女だったが」
「おそらく仲間だろう。奴らは僕達のような能力を持ってはいないが、常人離れした力を持っている。彼らを、そうだな…【変異体】と仮に名付けるとしよう。変異体がどれだけの数、種類がいるかは謎だが、遭遇すれば間違いなく殺される」
「そうか? 俺が遭遇した変異体はそこまで脅威と思える奴じゃなかったが」
「単純に弱い個体か、あるいは力を隠していた可能性がある。どちらにせよ、奴らは潜んでいる。となれば、変異体の存在を知っている僕と君は、狙われる可能性が高い」
「他人の体に入っただけでなく、化け物に目をつけられたってのか。次々と厄介事が増えていくな」
アキラはまるで他人事のように言いながら、掃除機で床を掃除していく。床にはユウスケがボロボロとこぼしたポップコーンの残骸が散らばっており、何故自分が真面目に掃除しているのか、疑問に思っていた。
そんなアキラを無視するかのように、ユウスケは話の続きを話し始めた。
「だからこそだ。だから僕の能力をもう一度手にする必要があるんだ。僕の能力【創作】さえあれば、奴らを殺せる」
「だがな~ユウスケ。これは俺の考えだが、お前は能力を取り戻す必要はないんじゃないか?」
「どうしてだ?」
「俺がいるからだ」
「なんだと?」
「この世界で俺は雄介ではなく、アキラとして生きる。だが、俺達の容姿は髪色を除けば瓜二つだ。変異体の奴らは北崎雄介が二人いる事など知らない」
「……つまり、こういう事か? 僕の代わりに君が変異体の相手をする、と?」
「ご名答。お前はあの友人達と共に、学校生活を送れ。変異体や能力なんかは忘れて、普通の高校生として生きていくんだ」
「駄目だ」
「そうか駄目か―――え? えぇ!? なんで!?」
「なんでだと!?」
断られた意味を理解出来ていないアキラに若干の苛立ちを覚えたユウスケ。ユウスケはソファから立ち上がり、アキラの胸に人差し指を押し付け、言葉を言う度に強く押していく。
「僕は君の言われた通りにやろうとしていた! 罪を理解し、償う為に努力しようと! なのに君はそれをやるなと言う! その意味が分かるか!? お前は前の僕に戻れと言っているようなものだ!!!」
「だがどうする? 今のお前はただの人間だ、戦えるどころの話じゃない。変異体と出くわしてみろ、十秒と経たずに死んじまうぞ!」
「いや死なない! 何故ならこの体は僕の物じゃないからだ! この体を持ち主に返すまで、僕は死なない! 死ねない!」
「死ねないかもしれんが、傷を残す事になるぞ? それに一度戦った事のある俺だから分かる。お前は下手なんだよ、戦う事が!」
「じゃあ教えろ!」
「はぁ!?」
そう言うと、ユウスケは北崎雄介の両親の部屋に行き、棚に入ってある通帳を手にしてリビングに戻ってくる。
「対価は払う。この通帳の金額、全部をお前に託す」
「通帳? えっと、一、十、百、千、万、十万、百万、一千万……馬鹿かお前!? こんなの受け取れる訳ないだろ!?」
「暗証番号は既に調べてある。住む場所もそれを資金に探せばいい。何なら、ここに住んでもいい」
「そういう事じゃねぇよ! こいつはこの世界の北崎雄介の親の物だろ!? それを俺が勝手に使っていい訳あるか!?」
「僕は使った!」
「罪を増やすな!!!」
「あー、もう! じゃあ何を払えばいい!? 新しいネムレスでも作ればいいか!? 宮代葉月に似たネムレスを!………すまない、今のは……すまない」
中々了承してくれないアキラに、ユウスケはアキラが一番欲している物を口にした。しかし、それがどれだけ愚かで最悪な事かまでは考えてはおらず、自覚したのは既に言い切った後であった。
アキラは一瞬だけ怒った表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻し、ユウスケをソファに座らせて、自分も隣に座った。
「ユウスケ、お前が罪を理解して贖罪しようとしている事は、素直に嬉しい。だが、今は状況が違う。今のお前は他人の体を借りているんだ。その体で無理をしても、罪は償えない。むしろ罪が増えてしまう。今のお前が償う方法は、普通の高校生として生きる事だ」
「……だが、何故だ? 何故、僕を助けようとする? 僕は君に、酷い仕打ちをしてきたというのに……今の状況、この世界の北崎雄介の体に入ってみて、僕が君にしてきた罪を実感したよ。どれだけ生きても、どれだけ思い出というのを作っても、それは僕の物にはならない。自分の人生なんて、最初から無いんだと思ってしまう」
「そうだな、確かにそうだ……だが、そんな事はどうでもいい。俺はお前を助けたいから助けているだけだ」
「それが分からない! 何故助けようと思えるんだ!?」
「理由か? 助けたいからだ。理由なんて、それだけで十分だろ」
アキラはユウスケの肩に手を置き、真っ直ぐと見つめながら微笑んだ。かつて自分の人生を奪おうとした相手に対し、全くの敵意など無い眼で。
そんなアキラの優しさと強さに、ユウスケは目を背けてしまう。自らの小ささに気付かされてしまい、心が崩壊してしまうから。ユウスケにとって、アキラは眩し過ぎるのだ。
「……それが、君の強さか。優しさと許し」
「優しくなんかないさ。現に、俺はお前の腕や足を折り曲げただろ?」
「あぁ…あれは、痛かったな……ハハ」
「ふっ。まぁ、とにかくここは俺に任せてくれ。俺の能力は健在だ。どんな化け物が出てきても、最後には勝つさ」
「再生能力、か。確かにあれなら、どんな敵を相手にしても、必ず最後には君が勝つだろうね」
「そうだ。だから、俺に任せてくれ」
「……分かった。君の提案、了承しよう」
「俺が化け物担当」
「僕が日常を」
二人はそれぞれの担当を決め、その証として握手を交わした。
「これから頑張れよ、北崎雄介」
「君も。北崎、アキラ」
次回から新章が始まります




