上映開始前の5分間
三人は唖然としていた。自分達の前に、ただ一人のはずの友人である北崎雄介が、二人いる事に。もう10分も固まったまま。いい加減三人に事情を話そうとするが、ユウスケも雄介さえも、この状況を上手く説明出来る自信は無かった。
「…あー、そうだな……えっと、君達はその…北崎雄介の友人、だよね? この世界の」
「この世界って…?」
「あー……ちょっと待ってて。軽い打ち合わせをしたい」
そう言って、雄介はユウスケの腕を引っ張り、奥のキッチンへと連れて行く。
「おい何で説明しないんだ!? こういう事はお前の方が言語化出来るだろ!?」
「無理言わないでくれ。僕も今の状況を完全に把握出来てはいないんだ」
「お前が起こした現象だろう!?」
「あれは僕にも把握出来ていなかった能力だ。だから憶測での話になる。つまり仮説さ」
「仮説でも願望でもいいから、お前が説明してくれ!」
「…分かった。それじゃあ、僕らが別の世界から来た事と、元の北崎雄介がどこかへ消えた事を簡略に説明するよ」
ユウスケは面倒くさがりながらも、どうにか言語化しようと頭の中で文章を作り上げながら三人のもとへ戻ろうとする。
しかし雄介は、ユウスケが最後に呟いた言葉が引っかかった。
「元の北崎雄介って、何の事だ?」
「この体の持ち主だ」
「……適合したってのか?」
「違う。目覚めたら、僕はこの体の中に………そうか、適合…適合したのか」
「だが適合出来るのは俺だけじゃなかったのか? お前と、北崎先生、両面を持った俺だけじゃ?」
「……この世界の北崎雄介の父親が先生だからか。条件は一緒だ…だから適合出来る」
「適合すれば、元の所有者…つまり、この世界の北崎雄介はどうなるんだ?」
「消える。元あったデータに上書きするようなものだ」
「……言えないな」
「ああ……彼らには、言えない……意図していない…僕は、こんなの……!」
ユウスケは冷蔵庫にもたれかかり、そのまま沈むように座り込んだ。使えなくなった能力さえ取り戻せば、この体を元の北崎雄介に返し、この世界を元に戻せると考えていた。何年掛かるか不明だったが、元に戻す事は可能だと自信があった。
しかし適合したというのなら話は変わる。そうなってしまえば、一つの存在として確立してしまうからだ。
だから、ユウスケは絶望し、悲しんだ。そしてようやく、自身の罪を身を持って知る事が出来た。他人の人生を奪っていく罪に。
「……君の言った通りだ、雄介。僕は今まで、罪というものを理解していなかった……ただ自分が外の世界に出る事だけを考えていた……犠牲が出る事を考えもせずに」
「ユウスケ……」
「なぁ、どうすればいい? 僕はこれから、どうすればいいんだ?」
雄介を見上げるユウスケの顔は、見ていられない程に悲痛なものだった。そうして雄介も気付く。ユウスケは子供よりも、子供なのだと。無知で強気な癖に、誰かの助けがなければ何も出来ない、弱い存在だと。
だからか、雄介は助けたくなった。今まで自分や他の人にしてきたユウスケの罪を忘れてしまう程に、助けたくなってしまった。
「……見つけよう。その体を元の北崎雄介に戻す方法を」
「どうやって!? 適合してしまえば戻す方法なんて無い! それどころか、今まで戻す方法なんか考えもしなかった! 自分のメリットばかりを追い求めた結果だ!」
「じゃあ今から考えろ」
「無理だよ…! だって―――」
「だってじゃない、やるんだ。最初から無理だと決めつけたら、何も出来ないぞ。適合するってのも、お前が外の世界で生きる為に必死で考えたからだろ? なら戻す方法も見つけられる」
「…僕が……でも……方法が思いつかないんだよ……!」
「今すぐに思いつける程、お前は出来た存在じゃないんだよ。だから時間が必要だ、お前が成長する時間が……それに、お前にはあいつらがいるだろ?」
そう言って、雄介はリビングのソファに並んで座っている三人を顎で指す。三人は今か今かとユウスケを待っていた。
「…彼らは、僕の友達じゃない」
「まぁ、細かく言えばそうだが……今はお前の友達だ。お前は俺と違って、他人を拒絶しようとしない。むしろ、求めてる」
「僕が、弱いから?」
「ああ、そうだな。羨ましいよ」
「弱いのが?」
「独りでいいだなんて強がらないからな……俺は、他人に自分の事を知られるのを嫌がった。化け物だと知って拒絶される事に恐れていたと思っていたが、実際は悲しみたくないだけだった。大切な人を、失う事に…」
「大切な人……そういえば、ネムレス…宮代葉月は?」
ユウスケの問いに、雄介は何も言わずに、横に首を振った。
「分からない…この世界に来た時には、傍にいなかった」
雄介は悲し気な表情を浮かべていたが、涙を流してはいなかった。そして不思議な事に、少し笑っていた。それはユウスケからしても、矛盾した表情であった。
「どうして、笑ってるんだ? 悲しいんだろ?」
「そうだが、悲しんでも状況は変わらない。それに、あの女…葉月の事だ。いずれ俺の前に現れるさ、嫌になるくらいの明るさでな!」
「でも、そうと決まった訳じゃ―――」
「そうなんだが、どうしてか再会出来る予感がする。繋がりって奴が、まだ途切れていないからか」
「だがゲートは使えない。君は試したか分からないが、僕は出来なかった。再会出来るとは、この広い世界では思えない」
「この世界は丸い。例え別の方向から進んでも、いずれ同じ場所で逢える。そう全てをネガティブに捉えるな。せっかく外の世界に来れたってのに、それじゃあつまらないだろ?」
雄介に言われて、ユウスケは気付いた。この世界に来てしまった原因と、元の北崎雄介に体を返す事ばかりを考えていた所為で、念願だった外の世界の生活を楽しめていなかった。
「一つの事ばかり固執しても解決出来ないなら、他の事を視て、体験して、もう一度挑戦すればいい。もしかしたら、良い考えが思い浮かぶかもしれない」
「……でも、いいんだろうか。僕が、楽しい思いをしても」
「いいんだよ。さ、そろそろ三人のもとへ戻ろう。このまま話し続けたら、あの三人がミイラになっちまう」
「僕らの事をどう説明する?」
「双子って事にしとけ」
「そんな理由で…」
「いけるさ」
雄介はユウスケを立ち上がらせ、肩に手を回して、まるで仲の良い兄弟のように振る舞いながら三人のもとへ戻っていく。
「お待たせ、三人共! 僕らの事だけど…実は、離れ離れになった双子だったんだ」
「「「双子~!?」」」
(あれ? 意外と簡単に信じてくれそうだぞ?)
雄介は誰か一人は疑いを持つと思っていたが、三人は雄介の言葉を簡単に鵜呑みにして驚いていた。余分な嘘をつかずに済んで楽だったが、見ず知らずの人の言葉を簡単に信じてしまう三人に、若干の心配もしていた。
「で、でも! あの時、玄関先で雄介が雄介だって言ってたけど? あー、なんかややこしいな! えっと、つまり! 本当に双子なの?」
「ああ。こんなに顔が似てるなんて、双子以外考えられないだろ?」
「じゃあ、名前は? あなたの名前」
「名前? あー、名前か、名前……えーっと……」
雄介はその場の勢いで言い訳しようと考えていた為、名前、つまり偽名など考えていなかった。頭の中で何度も名前を作ってみたが、どれもしっくりせず、その間にレイカの疑いの眼が鋭くなっていく。
焦った雄介は、ふとソファの前のテーブルの上に置いてあったDVDのパッケージを見た。
「アキラ…そう、北崎アキラだ!」
「アキラ、さん……そっか、アキラさんって言うんだ。ふ~ん…」
「まぁ、色々聞きたい事はあるかもだけど、今回は名前だけ! さぁさぁ! 映画を観ようじゃないか! ユウスケ、お前も観るだろ?」
「…ああ」
そうして、長い5分間の打ち合わせを終え、ユウスケ達は映画を観始めた。映画はホラー物で、三人は叫び声を上げながら楽しんで観ていたが、ユウスケとアキラは何が怖くて、何が面白いのかが分からず、上映開始僅か20分で、飽きて寝てしまった。
次回
「北崎雄介として 北崎アキラとして」




