恩人
園田サキもといメシアに襲われて意識を失っていたレイカ。再び目を覚ますと、流れ星公園の地面に横になっていた。
何故自分が流れ星公園にいるのか不思議に思っていたが、全身、特に腕や足に残る痛みに気付き、背中から四本の腕を生やした園田サキに襲われていた事を思い出す。慌てて周囲を確認するが、園田サキの姿はなく、フードを深く被った男が星空を見上げていた。
「誰…!」
レイカが意識を取り戻した事に気付いた男がゆっくりとレイカに近付いてくる。見知らぬ人物が徐々に近付いてくる恐怖に、レイカは男から逃げようとするが、四肢の痛みから立ち上がる事も動かす事も出来ずにいた。
そうしている内に男はレイカのすぐ目の前にまで近付き、手を伸ばしてくる。強姦あるいは殺人、そういった想像に、レイカは怯えていた。
しかし、実際は拍子抜けする程に優しいものであった。男が伸ばした手はレイカの肩に置かれ、痛みを感じる場所を優しくさすってくる。
「いっ…!?」
「まだ痛いか?」
「……ええ」
「そうか…もう大丈夫だ。あの化け物はもう追ってきていない。だから、安心してくれ」
「……あの、あなたは?」
その時、レイカは初めて男の顔を見た。フードを被っている所為で全貌は明らかにはなっていないが、男の白髪を見て思い出した。
あの時、意識を失う直前に見えた光景。自分を痛ぶって楽しむ園田サキの顔を蹴り飛ばし、自分を救ってくれた。この男が、自分を救ってくれた恩人なのだと、レイカは気付いた。
「あなたが、あたしを…」
「まぁ、たまたまそうなっただけだ。偶然見かけてな……あー、一応確認するが、あの化け物はお前の友達って訳じゃないよな?」
「……そうですよ」
「え? あー、マジか……すまない、俺の思い込みでお前の友達を…くそ、やっちまった」
「……フフ。ごめんなさい、嘘です。友達どころか、あの時会ったばかりの人でした」
「え、嘘?……な、なんだ、じゃあ良かったよ。というか、なんで嘘なんかついたんだ?」
「なんか、からかいたくなって」
「なんだそりゃ? 言いたくないが、一応俺は命の恩人なんだぞ?」
「フフフ、ごめんなさい」
「まったく、いい根性してるよ」
男はそう言いながらも、フードの下から見える口元は笑っていた。そんな男に対し、レイカは安心感を覚えていた。初めて会った男性、しかも名前も顔も知らない。それだというのに、レイカはすっかり男に心を許していた。友人である雄介や昇やマモルには向けていない、異性としての意識も。
レイカが男の素顔を見ようと、フードに手を伸ばした矢先、ポケットに入っていた携帯から着信音が流れ出した。惜しむように伸ばしていた手を引っ込め、携帯を取り出して画面を見ると、昇からの通話であった。
「昇? もしもし」
『お、やっと出た。おいレイカ、雄介が見つかったぞ』
「え!? どこにいたの!?」
『それがさ……あいつ、家に帰って映画を観てたんだよ』
「はぁぁぁ!? あたしらが心配してたのに、当の本人は家で呑気に映画を観てたって言うの!?」
『ま、まぁまぁ。そう怒るなって』
「怒るわよ!!! おかげであたしは……はぁ、もういい。無事だったなら、それでいい」
『という訳でさ、お前も雄介の家に来いよ! 今からホラー映画観るから…って、おい雄介! ポップコーンを作る時は蓋をしろ―――あああああ!!!』
向こうの惨状を表すような昇の悲鳴を最後に、通話は切れてしまった。
「まったく、あの男共ときたら!……あ、すみません。いきなり電話に出て、大声まで出しちゃって……」
「いいじゃないか、愉快で。それで、少しだけ会話が聞こえてきたが、友達の家に行くんだろ? 送ってくよ。まだ痛みも残ってるだろうしね」
「で、でも―――きゃっ!?」
男は断られる前に、レイカを抱え上げた。俗に言う、お姫様抱っこという抱え方で。そういった抱え方も、誰かに抱えられる事も、レイカは一度も経験した事はなかった。
だからか、レイカの鼓動が躍動し過ぎて、息がしづらくなってしまう。
「あ、あの…重く、ない、ですか…?」
「軽いよ。それに仮に重かったとしても、軽いって嘘をつくさ」
「…フフ。それを言ったら、嘘に聞こえちゃいますよ?」
「嘘をつかれたお返しだよ。さ、友達が待ってる。道を教えてくれ」
「…はい」
そうして、レイカは男に抱えられながら雄介の家へと向かっていった。流れ星公園から雄介の家までは20分前後で着くが、レイカは敢えて遠回りの道を男に教えていた。少しでも男に抱えられてるこの状況を長引かせる為に。あわよくば、道中の会話で男と親密な関係になろうとも考えていた。
しかし、現実はそう上手くはいかなかった。話下手という訳ではないのに、胸のドキドキが邪魔をして、中々会話を始められない。唯一声を出せたのは、道を教える時だけ。それでも、レイカは幸せであった。今まで生きてきた中で、一番と言える程に。
幸せな時間はあっという間に過ぎ、雄介の家が視界に入る程にまで近付いていた。レイカは嘘をつこうとも考えていたが、自分の都合ばかりを押し付けてしまう事が申し訳なくなり、惜しみながら雄介の家に指をさした。
「あそこ…あの家です」
「ん? ああ、あそこか」
男は早くレイカを友人のもとへ届けようとして、早足で家に近付いていく。その気遣いが、レイカにとっては逆効果であると知らずに。
「着いたぞ」
「……」
「ん? どうした?」
「……いえ、なんでもないです。ありがとうございました。本当に、色々と」
「気にするな。夜で良かったよ。陽が昇っている内は外に人がいて、君に恥をかかせてしまうからね」
「そんな事…! むしろ、あ、あたしは……どうしました?」
男は雄介の家の表札を見て固まっていた。被っているフードの所為でよく分からなかったが、【北崎雄介】の部分を見ているようだ。
「北崎…雄介…」
「え?」
すると、雄介の家の扉が開き、大量のポップコーンが入ったカップを両手で抱えたユウスケがレイカを出迎えに来た。
「来たか、レイカ。まずは謝罪を……誰だ、そいつ?」
「えっと、色々説明するのが難しいけどさ、この人は―――」
「ユウスケ?」
その時、穏やかな風が一瞬の突風と化し、男が被っていたフードをめくっていった。レイカにとって念願のフードの下の素顔。
しかし、想像していたようなトキメキは起きず、実際は困惑だけが頭の中を一杯にしていく。それはユウスケも同様であった。
その男は、北崎雄介であった。
次回
「映画開始前の5分間」




