北崎雄介を知る者
サブタイトル変えました
マモルに脇腹を刺されたカエル男は、廃墟と化したクラブ【ナイトメア】へと駆け込んでいた。階段を一段下る毎に、カエル男の皮膚や肉が溶け落ちていき、溶け切ったカエルの顔の下に隠されていた正体が露わになる。
「ゲコ…ゲ……ぐぐ…がぁぁ…!」
カエル男の正体。それは、北崎雄介の友人達から【ヤスさん】と親しまれていた、安原であった。安原は苦悶の表情を浮かべながら、脇腹に刺さっていたナイフを抜き、クラブの入り口のドアを開けた。
「ラックス! ラックス!!」
安原は脇腹の刺し傷を必死に抑えながら、叫んだ。すると、多種多様な酒が棚に置いてあるバーのカウンターの下で寝ていた、首に蜘蛛のタトゥーがあるパンクメイクの女性が、あくびをしながら起き上がった。
「んん……うるさいな~…なんなのさ…」
「メシア! ラックスはどこだ! 手当を!」
「ラックス~?……今いないみたいね」
「じゃあお前がやってくれ!」
「え~…ったく」
メシアと呼ばれる女性は、カウンターの上に置いてあった飲みかけの酒を口に含み、ソファに座っている安原の傷口に吹きかけた。
「ッ!?」
「はい、後は寝てな」
「ぐ、くそ…! ちゃんと手当してくれよ…!」
「酒は万病に効く毒なのよ。それより、あんたが刺されるなんて…一体どこの女に寝込みを襲われたの? それとも男かしら?」
クスクスと見下すように笑いながら、メシアは安原の隣に座り、タバコを吸い始める。タバコの煙から逃れるように安原はメシアとの間隔をあけ、何があったかを話し始めた。
「…子供だ。店の常連の」
「子供~? アハハハ! 子供にやられるなんて、かわいそうなスウィート! ヒヒ…それで? なんでやられたのさ? あんたの甘い食べ物を食い過ぎて、虫歯になっちゃった腹いせ?」
「…変異の所為だ。最近、自分の意思で変異化するのが出来なくなってきている…」
「人を食べないからよ。最後に食べた人間はいつよ?」
「さぁな…くそっ、制御出来たと思ってたが…!」
「でもさ、変異化してたんだったら子供程度に刺されたりしないでしょ?」
「ああ…それが……これは、まだ誰にも言わないでほしい事なんだがな……戻って来たんだ、彼が」
「彼?……ちょっと待って、もしかして…北崎雄介?」
「ああ。彼がもう一度、俺の前に現れた」
「……アハ…アハハハハ!!!」
狂ったように笑うメシアは、指が体に喰い込む程の力で、自分の体を抱きしめた。体内で駆け巡っていく喜びがメシアの体に変異をもたらし、背中から四つの腕が生え、瞳が三つに分散していく。
「それで!? 雄介はどうしてあんたなんかの前に!? 私達の所に戻ってきてくれるの!?」
北崎雄介の帰還の報せに、メシアは恍惚に染まっていた。しかし、安原の口から語られた一言は、メシアにとって残酷なものであった。
「いや……彼は記憶を失っていた。俺の事はおろか、人間の友人達の事まで忘れていた」
「……なによそれ…雄介が私達の事を忘れたって言うの!?」
喜びから一転して激怒したメシアは、安原を掴み上げ、残る4本の腕で安原の四肢を力一杯引っ張る。四肢からの激痛と脇腹の傷口の痛みで声を上げながらも、安原はメシアを落ち着かせようとする。
「うぐぅぁぁぁ!!! お、落ち着け、メシア…!」
「落ち着け? 落ち着けですって? 落ち着ける訳ないじゃない!!! 私達の事を忘れたのよ!? 何もかも無かった事にして、自分だけ人間として生きると言って出ていった挙句、今度は綺麗さっぱり忘れ去った? 冗談じゃない!!! 雄介は何処にいる!!! 忘れたって言うなら、私が思い出させてやる!!!」
「話は、最後まで、聞け…!」
「くそっ!!!」
メシアは安原を壁に思いっきり投げ飛ばした。もはや満身創痍となった安原だったが、このまま説明せずにいては、メシアが雄介を殺しに行く事は明白であった。そうなれば、街に多くの被害が及び、自分達【変異体】の存在が明るみになってしまう。それに、自分達のリーダーであるラックスが不在の今、勝手な行動は許されない。
「ぐっ…これだから、若いってのは……」
「それで!? 今度は一体どんな酷い話をしてくれるのさ!?」
「……俺の目の前に現れたのは雄介だった…だが、雄介じゃない」
「年寄り特有の謎々のつもり? ハッキリ言いなさいよ!!!」
「俺にだって分からないんだ!!! 何故かは知らんが、あいつを北崎雄介だと思えない! 見た目は同じだが、中身が違うような気がしたんだ!」
安原の話が理解出来ず、メシアは軽々とソファを持ち上げ、それを真っ二つに裂いて安原に投げ飛ばした。安原は身を守ろうと丸まるが、幸いな事にソファは安原に当たらなかった。
一通り暴れた事で、冷静さを少しは取り戻せたメシアは変異を解き、酒で気分を切り替えようとする。持ってきた酒をグラスに注ぎ、それを安原の傍に置き、自分は酒瓶のままラッパ飲みする。
「……ふぅ…それで、スウィート。あんたの話の通りだったとしたら、どうするの?」
「……まだ何とも言えない。目的も何も分からないんだ。一つ確かなのは、変異化出来ない事だ。俺に襲われても、奴は変異をしようとしなかった」
「でしょうね。あんたがここまで来れたのが、何よりの証拠…ねぇ、やっぱりラックスに、それに他の連中にも話した方がいい。今は変異化出来なくても、いずれキッカケが訪れる」
「ああ、分かってる……だが、一旦俺に任せてくれ。奴は俺が変異していた事に気付くはず。そうなったら、自ずと俺のもとに来る」
「……ええ、分かった。まだ誰にも報告しないでおく」
「ああ。その方がいい」
「…オッケー。それじゃ、安静にしてなさい。動くと傷口が開くから」
「そうするよ……誰かさんの所為で、動けそうにないからな」
そう言って、安原はグラスに注がれた酒を一口飲み、床に寝転んだ。久しぶりのアルコールの所為か、目を閉じると、体中の痛みが和らいでいき、そのまま眠ってしまった。
一方で、酒を飲み干したメシアは、奥にある扉から通路に出て、自分の部屋に入り、着ていた服を全て脱ぎ捨てた。部屋の中にあるシャワーでメイクを洗い落とすと、化粧台の椅子に座った。
鏡に映る素顔の自分に嫌悪感を抱くが、鏡に貼っていた一枚の写真を見て、笑みを浮かべた。その写真には、かつての仲間であり、メシアが恋焦がれる、北崎雄介が映っていた。
「雄介、私があなたを元に戻してあげる。そしたら、また私達の所へ戻ってくるわよね?」
次回
「映画鑑賞会」




