ヤンデレがいる部屋で
あれからどれくらいの時間が流れたんだろう? 宮代さんを撒いてから、本田さんは僕を匿い続けている。
いや、もはや監禁だ。時計が無いから時間が分からないし、この部屋には窓が一つも無い。幸いな事にクーラーが設置されている為、部屋の中が蒸し暑くなる事はない。
だがいつまでもこの部屋にいるのは退屈だ。母さんも晩御飯を作って待ってくれているだろうし。
「本田さん、そろそろ僕帰るね?」
「なんでですか?」
「なんでって・・・」
「それより北崎君! 保管されていた本の中にこの本が眠っていたんですよ!」
上機嫌な本田さんが、埃被った本を僕に押し付けるように渡してきた。断ったら機嫌を損ねてしまうので、素直に本を受け取り、表紙の埃を手で払う。
「え~っと・・・【罪人の料理】?」
タイトルからして不気味だ・・・チラッと本田さんの様子を伺うと、本田さんはニコニコと笑いながらにじり寄り、僕に読んでほしそうにしていた。
気は乗らないが、これを読めばもしかしたら帰らせてくれるかもしれない。そう願いながら、僕は本を開いた。
【 ルドーは町一番の料理人である。特に彼が作るミートパイは評判が良く、街の住人達は毎日欠かさず食す程の人気商品であった。
ある日ルドーは、盗みを働いて追いかけられている少年を見つけた。ルドーは少年に優しく語りかけ、腹を空かせた少年を満たそうと自分の店に連れていった。少年をテーブルに座らせると、ルドーが腕によりを掛けた料理がテーブルへ次々と運ばれていき、少年の腹はルドーの料理で満たされていく。
全ての料理を食べ終え、腹を撫でながら少年はルドーに言った「とても美味しかった。特にミートパイが!」と。
少年の満足気な様子にルドーは喜びこう言った「特別に作る所を見せてあげよう。」と。少年は大喜び。
ルドーは少年の手を引き、調理場がある地下室へと下りていく。鉄製の扉を開けると、暗闇が充満しており、ルドーは調理場の電気を点けた。明かりが点いた調理場の光景に、ルドーは笑みを浮かべ、少年は泣いた。
調理場には、数人の成人した人間が裸で吊られており、全員脇を縦に裂かれていた。極寒の地にいるかのように震える少年。そんな少年をルドーはヒョイと抱え、大型のオーブンの中へと放り込んだ。
料理の状態を見る為に使用する隙間からルドーは顔を覗かせ、ニコニコと笑いながら少年に呟いた「子豚の丸焼き。それが君の名前だ。」オーブンの中で暴れる少年を笑いながら、ルドーはオーブンのスイッチを入れた。】
「・・・」
「ど、どうかな? 北崎君も、気に入ってくれたら嬉しい、な!」
予想はしていたが、とても酷い内容だ。字だけだというのに、とても痛々しい。こんなのを好き好んで読む人なんていない・・・と思ったが、僕の隣にいるな。
正直な感想を言えば、二度と読みたくないというのが僕の感想だ。お陰で二度とミートパイと子豚の丸焼きが食べられなくなった。
まぁ、食べた事無いけど。
「良い・・・んじゃない?」
「ほんと!?」
やめてくれ・・・そんな同族を見るような眼で僕を見つめるのはやめてくれ。
「北崎君なら、分かってくれるって信じてました!」
「あ、あはは・・・」
「だって! 北崎君って、凄く美味しそうですもん!」
「いやいや、それほどでも・・・・・・は?」
明るい声色で言うもんだから一瞬流されてしまったが、この人は頭おかしいんじゃないか? 美味しそうって、一体どういう意味だ?
「本田さん? それってどういう―――」
「私! ずっっっと! 視ていたんです!」
酷く興奮した様子で、本田さんは僕の全身を視てくる。性的な眼差しではなく、まるで今から食べる料理の見た目を堪能するかのように。
「ハァハァハァ・・・! ほんとに、ほんとに・・・美味しそうですね・・・!」
(マズい! このままここにいては危険だ! すぐにここから離れないと!)
そう思った時には、もう遅かった。突然、僕の腹部から違和感を感じ、視線を下げていくと、僕の腹部にカッターが刺さっていた。
刺されている事に気付くと、腹部に激痛が走り、痛みに耐えかねてその場に倒れてしまう。腹を抑えて出血を止めようとしたが、それを邪魔するように本田さんが僕の体の上に乗り、恍惚とした表情で、両手で握りしめたカッターを僕の腹部に振り下ろした。
「ぐぁ!?」
再度来る激痛は、より鮮明に感じた。
「あれ? あんまり痛くなさそうですね?」
「痛いに・・・決まってる、でしょ・・・?」
「そっかー! それじゃあ、いただきまーす!」
「話聞いて―――ぐあぁぁぁ!?!」
本田さんはカッターで刺した場所に歯を押し込み、そのまま肉を噛み千切った。痛い? 熱い? どちらにせよ、最悪な気分だ。
そんな僕とは正反対に、本田さんは僕の肉を何度も噛み、部屋に響き渡るように音を立てて飲み込んだ。
「ぱぁぁぁ!!! お、美味しい!!! やっぱり北崎君、美味しいよぉぉぉ!!!」
どうやらご満足頂けたようだ。
「もっと! もっと食べたい! 爪も耳も唇も足も性器も首も目も脳みそも! 全部全部食べ尽くしたーい!!!」
まさかのフルコースとは恐れ入った。でも、食べられる経験はもう結構だ。痛みにも慣れたし、そろそろ逃げさせてもらう。
「それじゃあ次はアバラに付いた肉を―――きゃっ!?」
本田さんの服の襟を掴み、勢いよく引っ張った。すると、本田さんの顔面が床に激突し、本田さんは転がりながら痛みを叫んだ。
「うぎゃぁぁぁ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
本田さんが痛みに苦しんでいる隙に部屋の出口に駆け込み、扉を開けて出ていく。図書室に戻ると、すっかり夜になっており、辺りは暗闇に包まれていた。
図書室から出ようとしたが、既に鍵を閉められており、廊下に出る事が出来ない。
「くそっ・・・ここは三階、やるしかない!」
振り返って窓の方へ行き、鍵を開けて窓を開けた。それと同時に、あの部屋から本田さんが出てきた。
「北崎君!!!」
「お先に帰ります! また明日ね!」
僕は窓から外へ飛び込んだ。一瞬宙に浮かんだかと思うと、すぐに落下し始め、足から地面に激突した。
本田さんに喰われた時以上の激痛が足から感じ、見ると僕の両足は見るも無残な形になっていた。
しばらく痛みに耐えていると、両足は元の形に戻り、何ら不自由なく動かせるようになる。正門を飛び越え、人生で一番の全速力で帰り道を激走し、普段は20分は掛かる所を半分の10分くらいで家に帰る事が出来た。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・! た、ただいま・・・!」
荒れる息を整えながら、僕は玄関先で大の字になった。疲れた・・・母さんには悪いけど、今日はこのまま寝たい気分だ。なんなら、ここで寝てしまってもいい。
「おかえり!」
「宮内さん、ただいま。はぁ~、疲れたー」
「凄い汗ね? やっぱり襲われちゃった?」
「そうなんだよ~・・・・・・なんで宮内さんが家にいるの?」
「えへへ!」
宮内さんは満面の笑みを浮かべながら、何故か頬が赤くなっていた。
「あら雄介! 一体どこ行ってたのよ! 彼女さんを家に呼んだっきり帰ってこないで!」
「いいんですよ、お義母さん! 彼氏の遅刻を気にするようじゃ、雄介君の彼女失格ですから!」
「まぁ、なんて・・・なんて良い彼女さんなのかしら!」
「・・・あーなるほど。そういう事ね」
母さんと宮内さんのやりとりを見て確信した。どうやら、まだ眠る事は出来ないみたいだ。
次回
「ヤンデレとの三者面談」