カエル男
休日の日曜日、ユウスケはマモルと二人で買い物に出かけていた。初めて目にする大型ショッピングセンター、初めて目にする食べ物や電化製品。視界に入る全ての物が初めてで埋め尽くされた体験に、ユウスケは帰り道の間でも興奮冷めやらぬ様子であった。
「同行感謝する、マモル」
「全然大丈夫だよ。僕も楽しかったし」
「それにしても、あのショッピングセンターという建造物は素晴らしいな。この世の全ての物を密集させた、正に天国と言える場所だった」
「今はインターネットがあるから外に出なくてもいいけど、やっぱり実際商品を目にしてみると楽しいよね」
「そのインターネットという物は、今日買った携帯電話からも利用出来るんだよな?」
「そうだよ。でも一括で買うなんて、結構貯金してたんだね」
「家の中にあったのを使ったんだ。それにしても、僕が知ってる携帯電話と形が違うが…これはどうやって開けるんだ?」
「開ける?」
「そうだ。こう、パカッと」
「パカッ、と……え?」
「え?」
ユウスケが知っていた携帯電話というのは、北崎先生が使っていたガラケーと呼ばれる、前世代の携帯電話であった。知らず知らずの内に、ユウスケはジェネレーションギャップを体験していた。
「……なるほど、技術は進化したという訳か。となれば、使い方を一から憶えないといけない訳だな。なぁ、マモル。良ければ僕に、コイツの使い方を教えてほしい。心配するな、謝礼も用意しよう。今日買ったプリンを一つ、お前にくれてやる」
「ッ!? そ、それじゃあ! 雄介君の家に行っていいの!?」
「もちろんだ。何故そこまで歓喜する? 友人を家に招くのは当たり前の事だと認識しているのだが」
「そ、そうだよ、友達だから…友達、だから……フフ」
ユウスケの家に招かれた事に、喜びを隠し切れないマモルは、その場で飛び跳ね始めた。こういった可愛いらしい反応や、少女のような顔立ちの所為で、ユウスケは本当にマモルが男性なのか疑問に思っていた。
「なぁ、マモル。君は―――」
その時だった。
「ギャァァァァァ!!!」
二人の体を貫くように、恐怖に染められた声色の断末魔が路地裏から響いてきた。その断末魔を耳にしたマモルは、さっきまでの歓喜から一転し、顔色は青ざめ、体の震えが徐々に激しくなっていく。
一方で、ユウスケは全く動じていなかった。路地裏から視線を逸らすマモルとは裏腹に、視線を真っ直ぐ路地裏へと向け、薄暗い路地裏の中に潜む何かの気配を察知していた。
「……マモル、お前は帰れ」
「え…ゆ、雄介君は…まさか、様子を見に行くだなんて言わないよね!? 危ないよ! さっきの悲鳴、普通じゃなかったよ!? ここから離れて警察に―――待って、雄介君!!!」
マモルの忠告を聞き流し、ユウスケは路地裏へと入っていく。路地裏の中は陽の光が入ってこれないので薄暗く、狭さも影響して圧迫感があった。更にここの路地裏は建物の並びの所為で入り組んでおり、まるで迷路のようでもあった。そんな中を、ユウスケは路地裏に入る前に察知していた気配を頼りに進んでいく。
しばらく進んでいくと、路地裏に放置されていたゴミの臭いに混じって、生ゴミのような臭いと鉄臭さが漂ってきた。
すると、路地裏の道の端、そこに何か醜悪な物が横たわっていた。何なのか見えるまで近付いていくと、それは人間の死体であった。それもただの死体ではない。全身粘液まみれで、骨と皮だけとなった死体であった。
「粘液?」
ユウスケは足元に落ちていたスナック菓子の袋を手に取り、死体に付着している粘液を袋で掬い取る。鼻を近付けて粘液の臭いを確認すると、気分が悪くなるほど甘い香りがした。次に死因を探ろうとしたが、死体には外傷が見当たらなかった。
「綺麗に骨と皮だけになっている。中身を綺麗に吸い取ったみたいだな。だが、どうやって…」
明らかに普通の殺人ではない事から、犯人が常人の存在ではないとユウスケは考えた。そうして導き出されたのは、犯人が能力者である事。
しかし、この世界には人間の北崎雄介が存在していた。母親から産まれ、普通の人間として育てられてきた北崎雄介が。その事実がある以上、ユウスケは存在していない。ユウスケが存在していなければ、能力者は現れる事も、生まれる事も無いはずなのだ。
「……僕が、この世界に…北崎雄介という人間に上書きしてしまったからなのか? その影響で、この世界までもが変わったというのか?」
それは仮説ではあるが、ユウスケは妙に納得出来てしまった。そして、この世界に来てから初めて、罪悪感と危機感を覚えた。
「僕の所為で、関係のないこの世界までも……これが僕の罪だというのか……まるでウイルスじゃないか…!」
この体を本来の北崎雄介に返す。それを自身の罪の贖罪として認識し、果たそうとしていた。しかし実際は逆に罪を重ね、存在するだけで悪影響を及ぼす現実に、ユウスケは絶望していた。
『償って、変わって、そして外の世界で生きよう』
「雄介……出来ないよ……償う事も、変わる事も……僕には、出来ないんだ……」
前の世界の雄介の言葉が、ユウスケを追い詰め、傷付けていく。自分の無力さからか、約束を果たせぬ悔しさからか、あるいは両方か。
「どうすればいいんだ、雄介……僕は、君みたいになりたいのに……!」
「ゲコッ」
カエルの鳴き声が、ユウスケの背後から聞こえてきた。しかし、ユウスケが振り向くと、そこにはカエルの姿はなく、代わりに人が立っていた。
いや、あれを人と呼んでもいいのだろうか? 暗闇の中でもハッキリと見える黄色い眼、皮膚は緑色で、見上げる程に高い身長と大柄な体。
それは、カエルのような顔をした、人ならざる者であった。
「なんだ…貴様は……」
「ゲコッ、ゲコッ…ングワァァ」
カエル男は大きく口を開け、中から分厚く長い舌をユウスケの首に巻き付けた。人の力では決して振り解けない程の力で、ユウスケの首を縛り付けてくる。ユウスケは逃れようとするが、首に巻き付いた舌は振り解けず、徐々にカエル男の口の中に頭が近付いていく。
「やめろぉぉぉ!!!」
ユウスケがカエル男の口の中に飲み込まれる寸前、駆けつけてきたマモルがカエル男の脇腹に、携帯していたナイフを突き刺した。
「ゲゲゲゲゲゲ!!!」
カエル男は叫び声を上げながら、ユウスケの首に巻き付けていた舌をしまい、脇腹にナイフが刺さったまま逃げていく。
「ゲホッ! ゴホッ!」
「雄介君、大丈夫!?」
「んぐ……あ、ああ。助かったよ、マモル」
「ね、ねぇ…い、今の…何……!?」
先程までの勇敢な姿とは裏腹に、マモルは酷く震えながら、腰を抜かしていた。
「…分からん。それより、どうしてここに?」
「雄介君の帰りが遅かったから、心配で…」
「そうじゃない。路地裏に入るのも躊躇い、今はあの化け物に怯えている。なのに、どうして助けにこれたんだ?」
「そんなの……そんなの、雄介君が大事な人だからだよ! 僕の、大切な友達だから!」
そのマモルの言葉が、ユウスケの心に響いた。どれだけ小さく、無力でも、大切なものを守ろうとする強い想いさえあれば、自分より強大な存在をも打ち破れる。それを実践して見せたマモルの姿は、どこか雄介と似たような部分があった。
「想いの強さか……あいつも、そうだったな。何度倒れても、必ず立ち上がって、僕に勝ってみせた」
「何の話…?」
「ただの思い出さ……そうか、それなら!」
「ど、ど、どうしちゃったの雄介君!? さっきから変だよ!?」
「最悪な現状を打開できる第一歩を思いつけた。マモル、君には感謝しきれない。君は僕の、二番目の恩人だ」
「二、二番目……」
次回
「リハビリ」




