甘い罠
空が夕陽でオレンジ色に染まる頃、ユウスケ達の高校生活初日が終了した。用事も無い四人は、そそくさと教室から出て、靴を履き替えて玄関前に来ていた。
「やっと終わったー! なんか疲労感凄ぇな。なぁ、これからヤスさん所に行かね?」
「僕は行きたい」
「アタシも全然。雄介はどうする?」
「…ヤスさんというのは?」
「あー、ヤスさんも忘れてるか。そりゃそっか。ヤスさんってのは、俺達が中学の時から世話になってるオッサンだよ。そうだ! ヤスさんのスイーツ食べれば、何か思い出すかもな!」
「スイーツ? それは食べ物か?」
「ああ! ヤスさんの所のスイーツは美味いぞ~! 一度食べたら忘れられないくらいにな!」
「よし行こう。早く!」
食の魅力にすっかり堕ちてしまったユウスケは、新たな味を体験出来る嬉しさと期待で胸が一杯になり、三人を置いて走り出していった。しかし、道が分からない為、初っ端から道を間違えてしまう。三人は慌ててユウスケを追いかけ、それぞれがユウスケの体の一部を掴んでヤスと呼ばれる男が経営する店へと連れて行く。
しばらくユウスケを連行していくと、カエルの像が置かれた店の前に辿り着く。その外観は店というよりも、家と言った方が正しいと思える程に地味なものだった。
「ここだ! 相変わらず外から見たら店に見えねぇな。それで、どうだ雄介? 何か思い出したか?」
「…いや」
「そうか……よし! そんじゃ今日は俺が奢ってやるから、好きな物頼めよ!」
「ほんと? ありがとう昇君!」
「ご馳走様で~す」
「お、おい! お前らに奢るとは言ってない! 話聞けよ!」
ユウスケを残し、先に三人は店の中へと入っていく。少し遅れてユウスケも店の中に入る。店の中は地味な外観とは裏腹に、沢山のアンティークやフィギュアが棚や壁に飾られており、涼しい店内には甘い匂いが充満していた。店内は狭い為、席はカウンターの五つの席しかなく、ユウスケはマモルとレイカの間の席に座った。
すると、奥から白いシャツを着た誠実そうな老人が現れ、ユウスケ達の前に立った。
「いらっしゃい。今日も元気がいいね、君達は」
「ヤスさんも元気そうで。ほら、雄介。この人が俺達がヤスさんって呼んでる、安原さんだ。思い出せたか?」
「…いや」
「なんだい? 雄介君、どうかしたのかい?」
「実は雄介君、記憶喪失になったみたいで…」
「おや。大丈夫なのかい、雄介君?」
ヤスと呼ばれるその男は、眼だけをユウスケに向けてくる。表情は不安そうにしているが、その眼からは不安など微塵も感じられなかった。
そんな彼の矛盾した言動に、ユウスケは気付き、余計な一言を口にしてしまう。
「君こそ、大丈夫なのかい?」
「……フフフ。なんだい、変わらず面白い子じゃないか」
安原はそう言いながら笑うと、今度は表情とリンクした眼になった。つまり今言った言葉は、安原の本音である。
「とりあえず何か頼むか。えーっと―――」
「昇君は杏仁豆腐。マモル君はチョコレートアイス。レイカちゃんはフルーツパフェだろ? もう用意してあるよ」
「流石ヤスさん! 俺達の事分かってるね~!」
「毎回思うだけどさ。準備してたのに、アタシらが来なかったら、用意してた物ってどうしてるの? 四人分で多いし、やっぱり捨てちゃってるの?」
「いやいや、そんな勿体ない事はしないよ…実は私はね、テレパシーが使えるんだよ」
「は? いや、あんま面白くないよ、そのギャグ」
「本当さ。例えば……レイカちゃん、パフェにのってるバナナ。いらないって毎回思ってるでしょ?」
「あ……いや、別に、いらないって程じゃ―――」
「だから、今日のフルーツパフェはバナナ抜きにしてあるよ。ほら」
そう言って、安原はフルーツパフェをレイカの目の前に差し出した。安原が言った通り、パフェにはバナナがのっていなかった。
「……ワォ」
「フフ。それから、マモル君」
「ひっ!? な、なんですか…?」
「君、そろそろチョコに飽きてきただろ? ここに来る途中も、今日は違うアイスだったらいいなーって」
「いっ!? そ、そそそ、そんな事、思って―――」
「だから今日はストロベリー味だ」
「ヒェェ…!?」
レイカとマモルの内に秘めていた隠し事を当てていく安原。その一連の流れを見ていた昇は、自分も考えを読まれてしまうんじゃないかと期待し、興奮していた。
「おー、すっげぇ! なぁ、ヤスさん! 俺は!?」
「昇君は………いつも通りだね。はい、杏仁豆腐」
「うおっほ! 俺の考え分かってんじゃん! ヤスさん本物の超能力者か!?」
「この中じゃ、昇君は極めて分かり易いからね……それで、あとは雄介君だが」
残ったユウスケの隠し事も当ててしまうんじゃないかと三人は期待し、店内には謎の緊張感が漂っていた。
すると、安原はユウスケの前に皿を差し出した。まだ使われていない、新品の皿を。
「……どういう意味だ」
「このままの意味だよ」
「……何でもいいから、何かくれ」
「そうかい、分かった。それじゃあ、これなんかどうだい?」
安原はユウスケの皿の上に飴玉を一つ置いた。ユウスケは飴玉を掴み、ヒョイと口の中に放り投げ、奥歯で飴玉を砕く。すると、硬い表面の飴玉の中に閉じ込めてあったチョコが溢れ出し、一瞬だけ感じた飴玉の甘味をチョコの苦味が消し去っていった。
「甘い表面とは裏腹に、中身は甘味を打ち消すように苦い。ソックリじゃないか」
「…そうだな。僕もそう思うよ」
ユウスケはそう言うと、カウンターの上に10円を置き、自分のカバンを手に席を立った。
「僕は先に帰るよ。君達も早く食べて、家に帰る事をオススメする」
「そ、そうか…それじゃ、また明日な」
「ああ……そうだ、安原さん。その新品のシャツ、似合ってますよ」
ユウスケに指摘されると、安原は自身のシャツに手を触れ、ユウスケに笑顔を向けた。
「どうも。次にこの店に来る時は、君の為にオススメの品を用意しておくよ。とても甘くて、美味しい食べ物を」
次回
「ようこそ、オカルト研究部へ」




