自分探し
地上に落下してから約4時間。ようやく目覚めた雄介は、自分が着ているシャツの鉄臭さに顔をしかめた。真っ白だったシャツが自分の血で赤黒く染まっており、それはズボンも下着も同じようだった。
「ベットベトだ…うぇ~…」
とりあえずシャツを脱ごうとするが、シャツに染み付いた血が肌にくっついてきて非常に脱ぎずらい。たかがシャツを脱ぐだけだというのに、雄介は歯を喰いしばりながら一生懸命に脱ごうとする。
すると突然、雄介の下着も含めた衣服が弾け飛び、一瞬の間に全裸になった。何が起きたのか分からず、後ろを振り返ると、そこには雄介の着替えを手に持ったオリジナルがいた。
「着替えるのに苦戦してたから」
「だからっていきなり服を消し飛ばさないでくださいよ」
「あはは……雄介って可愛い顔してるけど、やっぱり男の子なんだね」
「僕の下腹部を凝視しないでください。というかさっさとそれ渡してくださいよ」
「えぇー……はい」
名残惜しそうに持ってきた着替えを雄介に投げ渡すオリジナル。渡された着替えには下着が無く、着替えの服も黒いシャツに黒いパーカー、ズボンも黒いジーンズで、全体的に汚れとカビ臭さが目立つ物だった。
正直着たくもなかったが、オリジナルに自分の全裸姿を凝視され続けるのと、カビ臭くて汚れている服を着る事を天秤で比べ、僅差で後者が勝った。
「……どうですか?」
雄介は着替え終えると、自分の今の姿が他人からどう映っているのか知る為に、オリジナルに感想を求めてみた。オリジナルは腕を組み、時折指で唇を触りながら雄介を観察し、じっくりと考慮してから感想を告げた。
「…服のサイズは一回り違うし、汚いし、全身黒だし、あと白髪の所為もあるし……その…似合ってる、よ?」
「なるほど、要するに凄い怪しい人って事ですね」
「優しい言い方をしたらそうかもね?」
「そうですかそうですか……で? なんであなたはそんな綺麗な服を着てるんですか?」
雄介はオリジナルが着ている白いワンピースを指差した。オリジナルが着ている服は、雄介が着ている着替えの服よりも綺麗で、サイズも丁度いい物であった。
「これ? これは私の能力で作った服ね。綺麗に残ってる服を使って作ってみたの」
「…僕の分も作ろうと思わなかったんですか?」
「男物は全部汚れてたの」
「最終的な形ならともかく、材料なら男も女も関係ないでしょ?」
「もう! ワガママなんだから!」
「なら言わせてもらいますけどね! あんたが足場を壊さなければ僕らは雲の上から地上に落下するなんて目に遭ってないし、服が血塗れになるなんて事も無かったんだよ!」
「それは結果的にそうなっただけでしょ!?」
「だから僕は文句言ってるんですよ!?」
「あー、やめやめ! 私達はまだ姉弟になりたてで、最初から喧嘩するのは今後にも支障をきたすから終わり! はい、仲直り!」
「なっ!?」
雄介は驚愕した。百瀬家の研究施設で出会った頃のオリジナルの印象は、背筋が凍る恐ろしさを持った危険人物。
しかし、今のオリジナルには恐ろしさは感じられない。今のオリジナルは、まるで雄介にとっての宮代葉月のような、ただ面倒くさい人というだけであった。
だからこそ、雄介はオリジナルに対し、心を許し始めていた。それと同時に、花火大会以降から会えていない宮代葉月の事を考えてしまう。てっきり、自分を助けに来ると思っていたが、宮代葉月は一度も姿を現さなかった。宮代葉月の安否が気になる一方で、彼女に対して一つの疑問が浮かび上がってくる。
それはディスク内で体験した、宮代葉月の声をした白衣の人物の存在。見た目は全然違うのに、声は確実に宮代葉月だと断言出来た。あの人物が宮代葉月本人かは分からないが、いずれにせよ、あのディスク内で視たという事は、自分の存在を知る上で重要な人物なのかもしれない。
北崎雄介という存在・雄介と同じ容姿のユウスケという人物・宮代葉月の声をした白衣の人物。雄介はこの三つの謎を抱えた上で、ユウスケが待っていると思われる研究施設に向かう事を改めて決意するのだった。
「…やっぱり行かないと」
「駄目だよ雄介。勝手に何処かに行こうとしちゃ」
「あんたはここでボケッと暮らしたいかもしれないが、僕は違う。僕は僕を知る必要があるんだ!」
「どうして?」
「あんたには、関係ない」
「まただよ、それ」
「は?」
「なんとなく分かってきた。雄介って、自分の事を他人に教えたくないでしょ? 自分の考えた行動を他人に理解されるのが嫌で、そうやって自分だけで解決しようとする」
「…それの、何が問題だと?」
「別にいいと思うよ。自分の事を決めるのは、自分なんだし。でも、雄介だけは自分だけで何かを決めちゃ駄目。だって、雄介って弱いじゃん」
あまりにも容赦無く言い当ててくる所為で、思わず雄介はキレた。怒りに身を任せてオリジナルに突っ込み、一発殴り飛ばそうとするが、簡単に避けられた挙句、その場に押し倒されて関節技まで決められてしまう。
「ほらね?」
「ググッ…!」
「もう一度言うけど、雄介は弱いんだよ? すぐに怒りに飲まれちゃうし、咄嗟の所で優しさが出てしまう。だから私にこうやって押し倒されちゃうし、雲の上から落下する羽目になったんだよ」
「弱くていいさ…! 僕はただ、自分で決めた事を行動に移してるだけだ! それでどれだけ痛い目に遭っても構いやしない!」
「なんで? どうしてそんな考えになっちゃうの?」
「…それが僕だから」
「違う。今の雄介は自分を押し殺してる。他の事に影響されて決める事が自分らしい行動? 自分らしい行動っていうのは何事にも影響されず、自分勝手に生きる事よ。この私が良い見本」
「僕にどうして欲しいんだ…?」
「自分勝手になって。他人の意見や環境に影響されないで、自分の考えを持って」
オリジナルはゆっくりと関節技を解いていき、雄介を優しく抱き起こす。オリジナルの体温を感じ、雄介の頭の中のごちゃちゃとした悩みや謎は次第に薄まっていき、消し跡が残っている紙のような気分になる。未だ残りカスはあれど、少しは気分が楽になった。
「……なんとなく、分かった気がする。まだ完全には理解出来てないけど」
「それでいいよ。雄介はまだ子供なんだから」
「…ありがとう……それじゃあ、行くよ」
雄介はオリジナルの肩を掴んで自分から離し、彼女を背にして足を進めた。
「何処に行くの?」
「僕に似た子供に会いに。場所は分からないけど、行き方は分かってます」
「なんで行くの?」
「僕の出生…というより、このモヤモヤとした気持ちを晴らす為」
「最後に一つ…僕より、俺って言った方が格好つくわよ」
その言葉を聞き、雄介は一度立ち止まってオリジナルの方に振り返り、怒りを露わにした表情で、今の自分が一番したい事を宣言した。
「俺をボロ雑巾みたいに遊びやがったあのガキをブチ殺す!!!」
「…思ったより馴染むのが早いわね」
「そういえば、あんたの名前は?」
「え?……前の名前は嫌だし、オリジナルって名前も今となっては変だし……そうだ、帰ってきたら雄介が私の名前を決めてよ。その名前なら、私も好きになれる」
「自分の事を他人に任せていいのか?」
「揚げ足取らないで!……行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
次回
「再会」




