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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
四章 記憶のディスク
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ディスク 7

 先日の異様な不気味さを憶えたまま、北崎は施設に来ていた。来る途中、何度も家に引き返そうと考えたが、施設にはユウスケが取り残されている。先日は自分の代わりに戸田が検査をしてくれたが、彼女の性格上、2日連続で引き受けてくれるとは思えない。

 北崎は緊張をほぐす為、途中で買っていたタバコを吸う。だが、今まで一度も吸った事も無い為、すぐにむせて、喉の奥から違和感が上ってくるのを感じた。カップホルダーに置いていたお茶を急いで飲み、這い上がってくる違和感をお茶と共に胃に流し込む。


「…んぷぁ……はぁ。なんか、逆に緊張がほぐれた気がするよ…よし!」


 両手で顔を叩き、車から降りる。なるべく施設の窓を見ずに入り口へ向かい、ユウスケがいる部屋へと廊下を進んでいく。


「昨日のは、疲れてただけ…そうだ、きっと…疲れて色々勘ぐっちゃっただけだ」


 ユウスケの部屋の前で身だしなみを整え、深呼吸をしてから部屋の扉を開けた。


「おはようユウスケ! 昨日は突然来れなく…なって…」


「あ、北崎。おはよう」


 ベッドに座りながら、北崎と挨拶を交わすユウスケ。そしてそんなユウスケの後ろには、戸田がハサミを使ってユウスケの髪を切ってあげていた。


「戸田さん、どうして…」


「戸田がね、僕の傍にいてくれるんだって。昨日からずっと、僕と一緒にいるんだ」


「そう、なのか…」


 嬉しそうに語るユウスケ。しかし、北崎はそんな事よりも、戸田の様子が気がかりであった。眼は虚ろで、顔もやつれているように見え、口は少し開いたまま。明らかにおかしくなっている。   

 

「戸田さん、大丈夫? なんだか、顔色が少し…」


 戸田の様子を確認しようと、北崎は戸田の肩に手を置いた。手の平からは、人の温もりを感じられなかった。かといって、亡くなった人のような冷たさも感じない。

 無だ。まるで、人形のように生きているように見えるだけの、無機質な人の形をした物になっている。

 

「…ユウスケ。戸田さんを連れて、ここを出よう」


「え?」


「ここにいてはいけない。ここは普通じゃないんだよ…」


 無気力状態の戸田を背負い、北崎はユウスケの手を引いて部屋から出ていく。ここにいつづければ、いずれ自分も戸田のように変貌してしまうと、北崎は直感した。

 一刻も早く、ここから出なければいけなかった。あとで局長から何を言われるか、どんな罰を受けるのか、そんな不安を後回しにして。

 通路を進んでいく道中、不可解な現象が起きていた。この施設の通路は長く、入り口に辿り着くまでそれなりの距離を歩く事になる。

 しかし、長過ぎる。長過ぎたのだ。歩いても歩いても、進んでいる気がしなかった。一度立ち止まり、後ろを振り返ると、すぐそこにまだユウスケの部屋の扉があった。

 この不可解な現象に、北崎は平静さを失い、先日体験した不気味さが蘇ってくる。   


「北崎?」


 北崎の様子の変化に気付いたユウスケが、不安そうな表情で北崎を見上げる。そんなユウスケの気遣いに、北崎は気付けなかった。気付く余裕など、既に無くなっているのだ。

 

「ねぇ、戻ろ? まだ時間じゃないんだよ?」


 そのユウスケの言葉。その言葉だけは、ハッキリと北崎の耳に届いていた。【まだ時間じゃない】という、どこか引っかかる言葉ような言葉を聞き、北崎はぎこちない動きで顔をユウスケに向け、震えた声でその意味を聞いてみた。


「…どういう、意味だい?」


「北崎は仕事で来てるんでしょ? だから30分経つまで、ここから出られないんだよ?」


「意味が分からない…なぁ、ユウスケ! 怖がらせるような事は言わないでくれ!」


 北崎はユウスケの肩を強く掴みながら、声を荒げた。余裕の無い北崎とは裏腹に、ユウスケは未だ表情を変えず、北崎を心配している様子だった。

 

「……あ」


 気付くと、北崎達はユウスケの部屋の中に戻っていた。通路から一歩も動いた訳でもなく、気付いた時には部屋の中に戻ってきていたのだ。

 場面毎に分かれた映像、順番通りに流れていく場面を一つ前の場面に戻したような、誰かがリモコンで操作したかのような、そんな現象だった。

 心霊体験、なんて理由で片付けられない程に不可解な現象。恐怖よりも困惑が勝る、現実味の無い現実の出来事。

 北崎の精神は、崩壊寸前であった。


「北崎、何か話そうよ」


「…すまない、そんな余裕が―――」


「外ってどんな世界かな? 戸田がくれたタバコやアメみたいに、面白い物が沢山あるのかな? 北崎や戸田のような、面白い人が沢山いるのかな?」


「ユウスケ!……お願いだ。僕と、戸田を少しだけ…今日だけは、休ませてくれ」


「…うん、分かった」


 30分間だけの人との交流を楽しみにしていたが、北崎の懇願にユウスケは渋々諦めた。そうして、北崎は壁に寄りかかるように座り、戸田は北崎の隣に座りながら天井を見上げていた。そこで世界は静止し、ノイズが走って映像が終わる…と思いきや、またノイズが静止し、映像が終わる事はなかった。

 

「…君は、誰?」


 止まった世界の中、ベッドに座っていたユウスケが雄介の存在に気付く。ディスクを進めていた所為か、この映像の中の世界に雄介が干渉出来るようになってきていた。


「雄介」


「雄介? 僕と同じ名前だ。僕もユウスケだよ」


「違うだろ、お前は」


「違わないよ。君と僕は同じ。なんだかそんな気がする」


「……お前は、どこまで知ってるんだ?」


「何を?」


「この施設の事だ。本当は全部知ってるんだろ? この施設が普通じゃないって事に」


「それは君も知ってるでしょ?」


「僕は知ったんだ。知ってた訳じゃない」


「ううん、違うよ。君は知ってる。この施設も、あの二人も、僕の事も。君が忘れていただけで、君は最初から全部知ってるんだよ」


「それって、どういう―――」


 ユウスケの言葉の答えを追求しようとした雄介だったが、止まっていたノイズが再開し始め、世界がノイズで埋まっていく。

 その最中、ユウスケの声が囁くように雄介の耳に届いていた。


「ずっと、待ってるよ」


 そこでディスクの映像が終わった。

次回


「ディスク 8」

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