ディスク 6
6枚目のディスクの映像は、一つ前のディスクの続きからであった。場面はユウスケの部屋で、戸田とユウスケがいる。戸田は足をゆすりながら北崎に連絡をとろうとしているが、一向に電話に出ない。目に見えて不機嫌になる戸田をユウスケは、戸田が持ってきてくれた飴玉を口に含みながら眺めていた。
「……あー、もう! なんで電話にも出ないのよ! 急に今日はお願いってだけ言われても、事情を話しなさいよ! 事情を!」
「これ、面白い」
「無理に噛まないで、口の中で舐めるのよ。まったく! 今日は家でゆっくりしたかったのに!」
「ここじゃ駄目なの?」
「ただ休むだけじゃ駄目なのよ。大人ってのはね、環境によって疲弊して、環境によって回復するの。寝て起きたら元通りになるってのは、子供の特権よ」
「そうなんだ」
戸田は携帯をポケットにしまうと、同じくポケットに入れていたタバコを取り出し、ユウスケの隣に座ってからタバコに火を点けた。
「…まぁ、なに。部屋に一人でいるよりか、あんたと一緒の方がいいのかもね」
「僕も一緒がいい!」
「あ、そう? それじゃあ、私と北崎先生。どっちにいてほしい?」
「どっちも!」
「あはは…そんな無邪気な表情見せられちゃ、からかおうにもからかえないわ。私も昔は、そんな風に無邪気な頃があったはずなのに、今じゃどこ行っちゃったんだろ」
「僕は今の戸田が好きだよ。でも昔の戸田も好きになれるかも」
「そんな感じで、北崎先生にも気軽に好きって言ってるの?」
「言ってない。だって、戸田だもん」
「…それって、どういう意味?」
その言葉の意味を知る為にユウスケに尋ねてみたが、いつの間にかユウスケは眠っていた。頭を下げ、座ったままの状態で。戸田が着けていた腕時計を見ると、既に定期検査の時間は過ぎていた。
戸田は座ったまま眠るユウスケを起こさないよう、優しくゆっくりとベッドに横にさせ、布団を掛けてあげた。
普段なら、勤務時間が終わればすぐに帰っていたが、長い髪の毛の隙間から見える、穏やかなユウスケの寝顔を見て、もう少しだけ傍にいたいと思ってしまっていた。
「…やっぱり、可愛い顔」
ユウスケの前髪をわけて顔をよく見えるようにして、体重を掛けないようにして馬乗りになる。この胸に湧く想いが、幼い子を見る母性か、それとも異性に対する欲情か。戸田自身、どっちなのか分からなかった。
ただ一つ、分かっている事といえば、自分がユウスケに対して、強い興味を持っている事だった。今まで一人として、こんな風に他人に興味を抱く事が無かった戸田。そしてその相手が、自分よりも一回りも下の子供相手だという。
すると、なんの警戒心も無く穏やかに眠るユウスケを前に、戸田は悪い考えを思いついてしまった。世間体で見れば、あと数年で30になる自分が、子供に手を出す事は非常にマズい事だ。
しかし、ユウスケは実験対象だ。普通の子供とは扱いが違う。悪い言い方をすれば、何をしても実験の為だったと言い訳が出来る訳で、咎めも普通よりかは軽いだろう。
「…私なに、考えてるんだろ」
口ではそう言いつつも、戸田はゆっくりと顔をユウスケに近付けていく。そしていとも簡単に、ユウスケの唇に自身の唇を押し当てた。
「ン…」
軽く当てるだけで満足出来ると思っていたが、自分でも驚く程に、戸田は欲が深かった。次第に口づけだけでは満足出来なくなり、ユウスケのシャツのボタンを外して、その白い肌に顔を埋める。良い匂いという訳でも、鼻につく臭さがある訳でもなく、ただ戸田にとってユウスケの匂いは、戸田の気を狂わせる程に依存性があった。
「ユウスケ? 起きてる?…ねぇ、起きてるでしょ? こんなにやって、起きてない訳がないじゃない……ほんとに、起きてないの? 起きなきゃ私、もっとしちゃう…自分を止められなくなるよ…」
しかし、ユウスケは目覚めない。よほど深い眠りについているようだ。
「ねぇ、起きて? 起きなきゃ、本当におかしくなる…怖いの…自分が、自分じゃなくなってきている…何も考えず、ただあなたに溺れたいと思ってしまうのよ…! だから、お願い…起きて…!」
戸田は恐れ始めていた。自分でも歯止めが効かなくなってきている自分を。段々とユウスケの事しか考えられなくなっている事にも。
自分という存在が溶けて無くなる。もしくは、暗闇の中に長時間いる事で自分の姿を思い出せなくなるように、自分を忘れてしまう。
自我の消失。今の戸田は、自分の意思や人物像を見失っていた。
「ア…ゥゥ…ン……ゥ…」
自分がどんな格好で、何をしていて、何を感じているのか。それすら、今はもう考えられなくなっている。ただ、ユウスケの匂いだけは、ハッキリと感じられていた。
だから、戸田は気付けなかった。ベッドを囲む白衣の集団の存在に。それに気付けたのは、第三者視点で観ている雄介だけであった。
白衣の集団は、その生気の無い眼で、ユウスケと戸田の情事を観察していた。その場面は異様であり、現実とは思えない光景だった。
すると、白衣の集団の一人が、雄介が立っている場所に顔を動かす。今までの経験上、第三者である雄介の姿を捉える事は出来なかった。
だが、そいつはジッと雄介の方を視ている。そして集団の中から外れ、ゆっくりと確実に雄介の方へと歩いていき、目の前で止まった。
「雄介君」
目の前にいる白衣の人物は、確かに雄介の名を呟いた。その声は、宮代葉月の声であった。だがその姿は、雄介が知っている宮代葉月とは全くの別人で、呟いた声からは愛を感じられなかった。
謎が謎のまま重なっていく中、世界は静止し、ノイズが走って今回のディスクの映像が終わった。
次回
「ディスク 7」




