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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
四章 記憶のディスク
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ディスク 4

 ユウスケが施設に来てから3日が経った。以前居た施設のように、無機質でロボットのような大人ばかりだったが、その中で北崎の存在は異彩を放っていた。彼はユウスケに優しく、温かく、感情を隠そうとしない。

 何よりも、北崎はただの実験体である少年に名前を与えた。それがユウスケにとって、どれほどの困惑を与えたか。だからか、ユウスケは北崎にだけは心を許し始めていた。 

 しかし、非情。北崎と会い・話す時間は、たったの30分しかない。あとの23時間30分は、孤独と疎外感だけだった。誰もユウスケと話そうとしない。誰もユウスケと目を合わせようとしない。誰もユウスケという名前を呼ばない。そうして、ユウスケは気付く。以前居た施設と、結局は何も変わらない事に。

 そして更に不幸は重なった。定期検査の時間がきても、北崎が来ない。その代わりに、北崎の助手を務める戸田がユウスケの定期検査を行いに来た。

 初めて見る戸田という関わりづらそうな雰囲気を纏った女性。当然ユウスケは警戒した。また以前居た施設の職員のように、自分の体を乱暴に扱うと思ったから。

 部屋に入ってきた戸田がユウスケを見るや否や、眉を吊り上げた。眼は恐怖や無関心とは程遠い、平常そのものだ。


「あら、やっぱり不気味な子じゃない」


「…え?」


 開口一番に出た言葉が、それだった。


「男の子なんだから髪ぐらい切りなさいよ。と言っても、あなた先端恐怖症だったものね。それじゃ生きづらいでしょ? 見える物全部が恐怖の対象なんだものね。いっその事、盲目として生まれてきた方が生きやすかったんじゃ……はぁ。ごめんなさい、また思った事を言葉に」


「…ううん。気にしてない」


「でしょうね。それじゃあ、手早く済ませるから」


 戸田自身も認めている欠点。それは思った事を言葉にして出してしまう事。どんな状況で、どんな相手だったとしても、言葉にして出さないと息が詰まってしまう。それが理由で、何度も交友関係や職場で問題を起こしていた。そんな彼女を誰もが嫌悪していた。

 しかし、ユウスケは違った。思った事を構わず口に出す戸田に対し、既に心を開き始めていた。それは友情の芽生えというよりかは、憧れと興味であった。自分の考えや言葉を自分自身に閉じ込めて表に出さないユウスケ。それと真逆の存在である戸田。

 

「…なんで笑ってるの」


「…名前は?」

 

「戸田よ」


「僕は、ユウスケ」


「ユウスケ?……資料には載ってないけど」


「北崎がつけてくれた」


「…はぁ。北崎先生にも困ったものね」


「どういう意味?」


「実験対象に対して入れ込み過ぎてるのよ。優し過ぎるのよ、あの人は」


 そう言って、戸田は握っていたペンをカチカチと何度も鳴らした。


「ごめんなさいね、こんな性格で」


「全然」


「そう。それじゃあ早く終わらせる為に口は閉じてて」


「……」


「あなたの体調を調べる為に来たんだから無言にならないでよ」


「え? でも…」


「…そうね、そうだわ、また私…ごめんなさい、本当に」


「いいよ。僕、戸田に興味があるから」


 ユウスケの発言に、戸田は眉をひそめて困惑した。自分よりも10以上も若い、まだ小さな子供にナンパ紛いの言葉を投げられたからだ。


「どう、かな? 戸田みたいに、思った事、言葉にしてみた」


 戸田が資料で確認した時、ユウスケは極端に内気な少年だと書かれていた。しかし、目の前にいる当の本人が内気な少年だとは思えなかった。そうして気付く。ペンの先端が見えているというのに、特に怯えた様子を見せていない事に。 

 

「全然資料と違うじゃない……あ~、もう。馬鹿らしくなってきた」


 北崎の代わりに定期検査を行うにあたり、戸田はもう一度ユウスケについての資料を読み漁った。スムーズに事を進めようと努力していたが、資料に書かれていた報告が全て違っている事を知り、自分の努力が無駄になった事で、極端にやる気を失っていた。

 仕事をする気が無くなった戸田は持っていたペンとファイルを床に投げ捨て、ベッドの上に座るユウスケの隣に寝転んだ。 


「戸田、検査は?」


「え? あ~、後で適当に書いとくから」


「怒られない?」


「北崎先生に責任を擦り付けるから大丈夫。あとの30分暇ね。タバコ吸っても良い?」


「タバコ?」


「あぁ、そうね! 子供だから分からないわよね!」


 戸田は胸ポケットから赤いパッケージのタバコの箱を取り出し、ユウスケに手渡した。ユウスケはタバコの箱を物珍しそうに見つめ、鼻を近付けて臭いを嗅いだ。その様はまるで、猿に人間が作った電子機器を渡して扱えるかを確かめる、実験のようだった。


「この箱を吸うの?」


「アハハハ! そうね、そうかもね!」


「……ご飯みたいな味」


「クフフフ! 中、開けるのよ!」


「…細い棒? あ、軟らかい。でも、何か詰まってる?」


「茶色の方を口にやるのよ。咥えるだけよ?」


「こう?」


「そのまま……はい、吸ってみて?」


「…ッ!? ゲホッ! ゴホッゴホッ!」


「アハハハハ!」


 タバコの煙にむせるユウスケを見て、腹を抱えて笑う戸田。ユウスケにとって初めてのタバコの味は、何とも言えない味であったが、いつも食べる事になるご飯と違って、味があった。もう一度味を確かめようと口に咥えようとしたが、戸田に奪われてしまう。ユウスケと違い、普段から吸っている戸田のタバコの吸い方は慣れたものだった。

 

「……ユウスケ君さ。外に出てみたいって思った事はない? こんな実験に、大人達に付き合わされて。何か自分でやりたかった事をやらせてもらった?」 


「…無い。自分がやりたい事も、考えた事が無かった」


「そう……なら、たまに私が教えてあげるわ。今日みたいに、悪い子供にさせてあげる」


「悪い?」


「未成年喫煙。立派な悪い子よ。ま、私はもっと悪い大人だけどね」


「そうなんだ」


「でも、まずはその髪をどうにかしないとね。次来た時、切ったげる」


 戸田は寝転びながら、隣にいるユウスケの髪を触る。長く伸びている前髪を上げると、ユウスケの顔が見えた。長く伸びたまつ毛・白過ぎる綺麗な肌・儚げな瞳・男というよりも、女性らしさの方が大きい可愛い顔。

 隠されていたユウスケの顔に、戸田は胸の奥で痛みと快感を覚えた。


「…絶対、切ってあげるから」


「…うん」


 何も言わず、時間が止まったかのように見つめ合う二人。一方は羨望の眼を。もう一方は欲望の眼を向けて。

 そこで世界は静止し、ノイズが走って今回のディスクの映像が終わった。

次回


「ディスク 5」

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