屋上にヤンデレがいる
午前の授業が終わり、昼休みになった。クラスの男子達はチャイムが鳴るや否や、購買へと走っていき、女子達は席をくっつけてグループでお昼を食べようと準備している。
僕もカバンから持ってきたお昼を取り出し、手早く済ませてしまおうした。その時、嫌な予感を覚えた。
(宮代さん、この教室に来ないよね?)
いや、絶対来る。あの人の事だ、今頃ルンルン気分でスキップなんかしながらここへ向かってきているはずだ。
お昼まであの人に付き纏われてちゃ、一人の時間が減ってしまう。お昼くらいは身の危険も感じず、安心していたいのに!
「よし、場所を変えよう」
お昼ご飯が入った袋を手に、僕は教室から出た。廊下を見渡すと、まだ宮代さんはこの階まで下りてきていないようだ。
周囲を警戒しながら階段まで行き、足早と屋上へと向かう。三階に足を踏み入れた瞬間、思わず額から冷や汗が流れる程のスリルを味わったが、宮代さんに見つかる事も無く、無事に屋上の階へと辿り着く事が出来た。
「ここなら大丈夫だろう。なにせ、今の子供は陽に当たるよりも、陽から隠れて過ごす方が快適だと思ってるんだからな」
自分で言っておいてなんだが、酷い決めつけだな。まるで今の世代の子供がコウモリみたいだと言ってるようなものだ。
自分で言った事に若干の嫌悪感を感じながら、扉を開けて屋上に出ていく。屋上に出ると、僕の読み通り、屋上には誰もいなかった。
これは良い。宮代さんはおろか、誰もいないし、今日は良い天気だ。手早くお昼を済ませたら、携帯で小説を読んだり、昼寝をするのもいいかも。
そんな事を考えながら屋上の中央まで歩いていくと、屋上の扉を閉め忘れた事を思い出し、扉を閉めて来ようと後ろを振り返った。
「・・・うわぁ」
宮代さんがいた。扉に隠れていて気付けなかった。宮代さんが扉を閉めると、わざわざ、扉の鍵を閉めた。
「奇遇だね!」
「・・・ソーデスネ」
絶対奇遇じゃない。あの人はここで待ち構えてたんだ。僕がここに来る事を予測して。ここまで僕の考えを読まれると、僕の頭の中に何か細工でもしてるんじゃないかと疑ってしまう。
宮代さんはニコニコと笑いながら僕の方へ近付き、僕の目の前まで来ると、その場に座り込んでお弁当が入った袋を太ももの上に置いた。
「ほら、一緒にお昼。食べよ?」
「・・・」
僕は二歩後ろに下がった場所に座り込み、持ってきていた袋から今日のお昼を取り出した。
「「いただきます」」
宮代さんのお弁当を見てみると、大きめの弁当箱にこれでもかと肉が詰め込まれていた。意外と肉食系なんだなと意外性を感じながら、僕のお昼ご飯の封を開けていく。
「・・・ねぇ、雄介君?」
「なんですか?」
「ずっと思ってたんだけどさ、もっとちゃんと食べた方がいいよ?」
「ちゃんと食べますよ?」
「クッキーの栄養食とゼリーの栄養食が?」
何を言ってるんだこの人は? 栄養食ってのは凄い食べ物なんだぞ? このクッキー一袋で一日の栄養が取れるし、ゼリーの方は眠気を吹き飛ばして集中力を上げてくれる優れ物だぞ。
本当なら、朝昼晩、三食これでいいんだけど、せっかく作ってくれた母さんの夜ご飯を食べない訳にはいかないしな。
「雄介君。君は食べ頃―――じゃなかった」
「おい」
「食べ盛りの年齢で、体を大きく出来る時でもあるんだよ? それなのに、それだけじゃ駄目だよ」
「でも栄養は―――」
「このままじゃ体を壊します。という訳で、じゃーん!」
唐突に宮代さんは弁当箱を僕に見せつけてきた。
「じゃーん!」
「あ、はい・・・」
「・・・じゃーん!」
「いや、じゃーん!だけじゃ分かりませんよ。どうしたんですか弁当箱なんか見せつけてきて」
「これ、雄介君のお弁当!」
「僕の? え、作ってくれたんですか?」
「そうだよ!」
「わぁ、ありがとうございます! 初めて宮代さんに対して気持ち悪い以外の感情を覚えましたよ!」
「喜んでくれてありがと! 私も嬉しいよ!」
「あはは! 一応酷い事言ったんですけど気にしないならいいです!」
何にせよ、これは本当に嬉しい。早速、袋からお弁当を取り出して蓋を開けると、お弁当の中には白米と、当然のように僕の好きなオカズばかりが入れられていた。
それにしても、母さん以外の人に料理を振る舞われた事は無かったから、本当に嬉しい・・・ん? 待てよ?
「・・・宮代さん。このお弁当って、いつ作ったの?」
「ん? 今朝だよ?」
「今朝って・・・宮代さんの家に送ってから10分くらいで追いつかれたけど、その短時間で?」
「うん!」
10分そこらでこの量を? ひじきとか野菜炒めなら分かるが、唐揚げまで作ってあるんだぞ? 作り置きや冷凍食品・・・いや、この人の場合、絶対前日から仕込んで作ったに違いない。
「唐揚げは雄介君が食べやすいように、あまり味は濃くないよ! あ、でもちゃんと美味しいよ! それからね、雄介君は軟らかいお米よりも硬い方が好きだから、炊き方も工夫したんだ!」
「・・・10分で?」
「うん!」
「・・・いただきます」
「召し上がれ~!」
この人の行動にいちいち驚いてたら時間があっという間に溶ける。せめてお昼くらいは何も考えずに食事を楽しもう。
それじゃあー・・・唐揚げから食べてみるか。
「・・・美味しい」
「でっしょぉ~!」
唐揚げだけじゃない。他のオカズも、白米すら美味しい。これがたった10分で作られた料理の味・・・もうこの人テレビに出た方がいいんじゃないか?
「ねね! 午前のサッカーのお話しない? 雄介君の活躍場面を語りたいよ!」
「食べながら話すのは行儀が悪いですよ・・・まぁ、お弁当を作ってくれたし、今日は付き合ってあげますよ」
「やった! それじゃあまずはね―――」
それから宮代さんは、僕がいかに素晴らしいプレーをしていたかを語ってくれた。それを僕は適当に返し、結局昼休みが終わるまで、僕らは話をしていた。
誰にも邪魔されず、手早く済ませられる栄養食もいいけど、美味しいご飯を誰かと一緒に食べながら話をする。
こういうのも、たまにはいいかなと思えた。
次回
【図書室にヤンデレはいる。】