語られる目的
気分が悪い…検査を終えてから、ずっと…どうして気分が悪いのか、どうやって部屋に戻ってきたのか、どうして黒いスーツなんかを着せられているのか…全部、分からない。
そういえば、検査を受けてから記憶が薄れてる気がする。名前、北崎雄介。歳は、17。両親は、両親の名前は…えっと……それじゃあ、友達…友達? そんなの僕にいたっけ?
駄目だ。この変な気持ち悪さの所為で、考える事や思い出すといった事が出来なくなってる。少し待てば大丈夫だろう。少し休んで、この気持ち悪さが無くなればきっと、そう、きっと思い出せるはずだ。
『北崎雄介様。百瀬華美様がお待ちしております。警備の案内の下、第二隔離室へお越しくださいませ』
アナウンスが鳴ると、開いた壁から数人の警備員が部屋の中に入ってきて、僕に手を差し伸べてきた。
みんな、怖いくらい笑顔だった。ここに来てから、無機質な表情だったり、怖がられてばかりだったから、こんな風に裏の無い笑顔を向けられて、ゾッとした。
差し伸べられた手を掴まずに立ち上がろうとしたが、立ち上がった瞬間フラリと、まるで足が消えちゃったみたいに力が抜けてしまう。倒れかけた直後、周囲を囲んでいた警備員達が支えてくれたお陰で倒れずにすんだ。でも、やっぱり自力で立つ事が出来ない。
僕は警備員が持ってきていた車椅子に座り、車椅子を押してもらいながら部屋を出ていった。道中、誰一人として喋ろうとしなかった。みんな、無言で淡々と道を進んでいく。僕も誰かと話す気分じゃない。それに、上手く言葉を発音出来る自信が無い。
思ったよりも早く、それか思ったよりも遅く、第二隔離室に辿り着いた。第二隔離室の扉は大きく、まるで倉庫の扉のようだ。扉が自動的に横に開いていき、中の心地よい冷たい空気が肌を撫でていった。
第二隔離室の中は暗く、何かの機械の電子音が規則的に聴こえる。明かりが点くと、中の様子がハッキリと目に映った。中はやはり倉庫のように広く、そして何も無かった。
いや、一つだけ…一ヶ所にだけ、物が密集されていた。僕には分からないが、何かの機械とコンピューター、それから大きなカプセル。カプセルの中には、オレンジ色の液体で満たされている。
「来てくれたのね、雄介君」
カプセルの後ろから、華美さんが姿を現した。彼女の姿に、僕は驚いた。着ていた服は着物ではなく、一般の人が着ているようなシャツとズボン。纏めていた髪は下ろしており、化粧はしていない。何より驚いたのは、華美さんが笑った顔をしていた事。声色も明るく、それに優し気で、初めて会った時とはまるで別人だ。
華美さんの変化に驚いていると、ここまでつれてきた警備員達が隔離室の外に出て、扉を閉めてしまった。
「さて、あなたには話したい事が山ほどあるわ」
「ぁ…ぃぇ…ぅ、ぁ…」
「ん? どうしたの?……あー、そうか。麻酔の影響で、まだ上手く喋れないのね」
僕に近付いてくると、華美さんは僕の頭を撫で、そして優しく抱きしめた。
「雄介君、ありがとう。あなたには、感謝してもしきれないくらいの恩が出来てしまったわ」
すると、華美さんは僕の背後に回り、カプセルの方へと車椅子を押していく。徐々にカプセルに近付くにつれ、何故か僕は、カプセル…いや、その中の何かに恐怖を覚えるようになっていた。
カプセルの前にとめられ、華美さんはカプセルの真横にあるコンピューターの前に置かれてある椅子に座り、キーボードで何かを素早く打ち込んでいた。
「私はね? もう10年以上探し続けてきたの。一杯勉強して、一杯研究して。何度も失敗しちゃったし、悪い事だって散々やってきた。夫にも、もう諦めろなんて言われたけど…私は、あの男みたいに、簡単に忘れる事が出来なかった。
でも、雄介君の特別な能力の存在を知って、私は可能性を感じたの! 今までよりも確固たる自信も!
そして、努力が実を結んだ! 長年の経験と失敗例、そして雄介君の能力! この二つのお陰で、遂に成功したの!」
トラックのクラクションのような轟音が鳴り響くと、カプセルの中に満ちていたオレンジ色の液体が少しずつ減っていく。
この時、僕は目を瞑ろうとした。何故か、このカプセルの中にある何かを見たら、僕は僕じゃいられなくなる気がして。
でも、僕が目を瞑る前に、華美さんが僕の顔にぶつかってしまう勢いで近付き、僕を見る狂気を帯びた眼の所為で、僕は瞬きすら出来なくなってしまった。
「あなたにも見てほしいの! これはいわば、私とあなた! 二人が協力して出来た偉業なのよ!」
顔を掴まれ、カプセルから視線を外す事が出来ない。耳元で華美さんの荒れた息遣いが聴こえる。オレンジ色の液体が半分程減った頃、中にある何かの正体が分かった。
カプセルの中には、裸の人間がいた。僕と同じくらいの、女の子だ。カプセル内の液体が全て無くなると、カプセルは開けられ、中にいた女の子が、カプセルの目の前にいた僕に倒れ込んできた。僕は慌てて両手を広げて、彼女を受け止める。
受け止めた彼女の体温は、氷のように冷たかった。肌は白過ぎるくらいで、僕らの年代の子にしては軽すぎる。
「………ん…んん……」
眠りから目覚めた彼女は僕の体を支えにゆっくりと体を動かし、宝石のルビーのような綺麗な赤い眼で、僕を見つめた。僕は、何も言えなかった。まだ上手く喋る事が出来ない事も関係しているが、そうじゃない。彼女の顔を見て、僕は困惑して何も言えなかったんだ。
「本当に起きたのね! ほんとに…今度こそ…もう一度…!」
だって、この女の子は。
「おかえりなさい……桜…!」
百瀬桜だったのだから。
「…」
「あぁ! 桜がまた目を開けてる! また言葉を発している! 息もしてる! 動いている! ようやく、ようやく…私の苦労が、実を結んだのね…!」
どういう事だ…今目の前にいる女の子は、僕が知っている百瀬桜に瓜二つだ。いや、正確にいえば、眼の色だけ違って、あとは同じ。華美さんの反応や言葉から察するに、彼女も百瀬桜なのだろう。
でも、どうして同じ顔で同じ名前の娘が二人もいるんだ? 双子なら、見分けをつく為に名前を変えるのに。一体どうして……いや、そうじゃないよな。そうやって、僕は事実から目を背けようとしている。
きっと、目の前にいる百瀬桜が、本物の百瀬桜なんだ。なんらかの理由で亡くなった、百瀬華美の娘なんだ。どうしてか、僕にはそうだと断言できる。
じゃあ、僕が知っていたもう一人の百瀬桜は? あの子は、一体何なんだ?
「…雄介」
「ぇ?」
今、僕の名前を呼んだか? どうして、この子が僕の名前を知ってるんだ?
「フフ。桜ったら、雄介君の事が気に入ったのね。命の恩人だし、気に入るのも無理ないわね」
そう言いながら、華美さんは僕から桜さんを取り上げようと、手を伸ばした。
「嫌!!!」
桜さんは大声で怒鳴りながら、華美さんが差し伸べてきた手を振り払った。その瞬間、華美さんの手が、音を立てて破裂した。ただ手を振り払っただけなのに、まるで風船が割れるように。
「あぐぁッ!? ぁぁぁ……!!! さ、桜…あなた、どうして……!?」
「あなた、嫌い」
「ま、待っ―――」
華美さんが視界から消えた。僕の真下を通っていく赤黒い血に混じって肉片があった。何が起きたのか、説明がつかない。だって、何もしてなかったのに、突然弾けちゃったんだ。
「雄介」
名前を呼ばれ、僕の体が跳ねた。視線を桜さんの顔に移すと、桜さんは笑っていた。嬉しそうに、幸せそうに、笑っていた。
次回
「私はあなたであなたは私」




