忠実な手下
目が覚めると、また真っ白な部屋の隅に横になっていた。これで何度目だろうか、意識を失うのは。今回は銃弾を足と頭に四発喰らった。他にも様々な凶器で色んな場所を刺されたり切断されたが、数え切る前に気を失ってしまった。
それにしても、これは一体何の意味があっての実験なんだろうか? 華美さんは協力してほしいと言ってたけど、何に協力すればいいんだ? あの写真…あの、バラバラになった人体を縫い合わせていた事に関係あるのか? それとも他の事だろうか?
いずれにせよ、僕はこの実験に付き合うしかない。抵抗する意思を見せただけでも、僕に近しい人達の身に危険が及ぶ。そういう人は片手で数えるくらいしかいないが、だからこそ、失う訳にはいかない。
「宮代さん…大丈夫かな…」
宮代葉月。僕にとっての彼女の存在は大きく変わり始めている。友人…いや、恋を抱いている……違うな、そのどちらでもない。多分、一般的な関係では表せないものだ。
宮代さんに対する気持ちが変わったのはいつからだろう。ずっと傍にいた所為で、慣れてしまって、それで気持ちが麻痺してるんだろうか? もし、この気持ちが気のせいだとするなら…嫌だな、そんなの。
「いつから僕はこんなに……」
真っ白な天井を見上げていると、壁の一部が開き、手錠を手にぶら下げながら、鴉さんが部屋の中に入ってきた。
「今日は検査だ、北崎雄介。この手錠をつけろ」
そう言って、鴉さんは手錠を僕に投げ渡してきた。
「…自分がつけるものですか、手錠って?」
「早くしろ」
「はいはい」
手錠を自分の手首につけ、先に部屋から出ていった鴉さんの後を追いかけた。真っ白な通路を歩いていくと、エレベーターに辿り着く。先にエレベーターのボタンを押していたのか、すぐにエレベーターの扉が開き、鴉さんと共にエレベーター内に乗り込んだ。
「何階ですか?」
「地下二階だ」
「了解」
地下二階…だと思われるボタンを押すと、ゆっくりとエレベーターの扉が閉まっていく。
「「……」」
「…お前、何ともないのか」
「え? いや、この施設にいるって事は分かってるでしょ? 僕が死なない人間だって」
「そういう事じゃない…私に対して、何も感じないのか?」
「鴉さんに?……あー、そういう事。別に何も」
「そうか…」
顔全体を覆うマスクで表情は分からなかったが、どこか戸惑いを感じさせる声色だった。何かおかしな事を喋っただろうか?
それにしても、随分とゆっくりとしたエレベーターだ。普通なら、1分もしない内に目的の階層に着くが、扉の上に表示される階数を見ると、まだ一つ下に降りただけのようだ。地下二階まで、まだ時間が掛かりそうだし、このまま無言のまま待つのは気まずい。
「…鴉さんって、百瀬さんとその両親、どっちの命令を優先しているんですか?」
「何故貴様に話さなければならない?」
何か話そうと適当な話題をふったが、適当過ぎたみたいだ。違う話題をふってみようか。
「…私は、桜様に拾われた。だから、桜様の命令を第一に従う」
「でも、僕をここに連れてこいと命令したのは、お母さんの方じゃ?」
「従うのは当然だ。桜様一筋といっても、そもそも私は百瀬家の手下の一人に過ぎない。与えられた命令を選べる程、良い身分じゃない」
「なんだか自由が無いように聞こえますね」
「自由など必要ない」
バッサリと会話を切られてしまった。でも、少しだけ鴉さんの事が分かった気がする。顔も趣味も分からないけど、忠義がある男だと分かった。主の為に生きて、主の為に死ぬ。忠実な手下の鏡だ。
「お前はどうなんだ?」
「僕?……えっと、何がですか?」
「何の為に生きている。誰の為に生きている」
「そんなの考えた事もないですよ。だって、僕はまだ10代ですよ?」
「それでも、生きる理由の一つはあるだろう。お前は何故、生きようとする」
何故生きようとする、か。僕の場合、死ぬ事が出来ないから、生きる理由なんて考えもしなかった。でも、そうだな……。
「…この、死ねない体を治す事ですね」
「治す? 何故だ?」
「人間に戻る為」
「意味が分からん。お前の特筆した能力を無くす事が、何故人間に戻る事になるんだ?」
「他人と少しだけ差がある能力なら、ただ出来の悪い人間ですが、僕の場合は他人と違い過ぎる。自分と違い過ぎる存在は、恐怖の対象として見られてしまうんです」
「それはお前の考えすぎだ」
「いえ、事実です」
「なら、何故私はお前に対して恐怖を感じない?」
「あなたも僕と同じなんですよ」
そこで会話が途切れてしまった。宮代さんとの日常のお陰で、多少変わる事が出来たかもしれないが、根っこの部分はやはり変わっていない。化け物である自分に対する嫌悪感。他人の気持ちに配慮せず、突き放すような言葉。僕は相変わらず、冷たい人間のようだ。
表示されている階数を見ると、あと一つ下に降りれば地下二階だ。あと少しだし、これ以上話す必要はないな。
「…たとえ私がお前と同じ化け物だとしても、私は自分を嫌いになどならない」
「…どうして」
「嫌う必要がないからだ。恐怖を帯びた眼で見られたとしても、どうでもいい。いちいち他人の事なんて考える必要がないからな。どうして他人をそこまで怖がる?」
「怖がる?」
「私にはそう見える」
怖がっている…僕は、怖がっているのか? 他人を、他人の眼を。そういえば、あの時…海岸沿いの道路で出くわした黒服に化け物と呼ばれて、僕は怒ったと思っていた。
でも、あの時僕が感じたのは怒りじゃなくて、恐怖だったんだ。
「そうか…そう、だったんだ……」
「自分でも分からなかったのか? なら、これからはその恐怖と立ち向かう事だな」
「立ち向かう…?」
「お前が自分自身を嫌っているのは、他人に対する恐怖が関係している。それさえ克服出来れば、少しは自分の事を好きになれるだろう。お前が持つ、その能力も」
「そうなんですかね……ありがとうございます、鴉さん」
「礼なんて言うな。お前のような子供が、他人を恐れて生きているのが嫌いなだけだ」
「それでも!…ありがとう」
「…ふ」
すると、ポーンという音がエレベーター内で鳴り、ゆっくりと扉が開いていく。先に鴉さんが出ていき、その後に僕もエレベーターから出ていった。
エレベーターから出ると、また真っ白な通路が続いている。通路を歩いていくと、その奥には頑丈に閉ざされた扉があった。扉の横にある電卓のような機器を鴉さんがいじると、扉のロックが解かれ、自動的に扉が開いていった。
扉の先には硬そうな椅子が中央に設置されており、その横には銀色に輝く何かが、いくつもトレーに置かれていた。何の為に使われるのか、考えたくなかった。
「私はここまでだ」
「分かりました。ここまで、ありがとうございます」
ここまで案内してくれた鴉さんに軽く会釈し、扉の先に足を踏み入れた。すると、開いていた扉が閉じていき、振り向くと、鴉さんが僕をジッと見ていた。
「……あと少し待ってろ」
扉が完全に閉まり切る頃、そんな事を鴉さんが呟いた。待ってろって…一体何を待っていればいいんだ?
そう思っていると、僕の肩に誰かの手が置かれた。振り向くと、狂気じみた眼で僕を見る手術服を着た男が立っていた。それも一人だけではなく、あと五人もいる。全員、狂気を帯びた眼で僕を見ていた。
次回
「語られる目的」




