窓からヤンデレが見ている
試合終了のホイッスルが鳴った。襟を引っ張って顔の汗を拭き、初めて得点版を見た。5対0で僕らのチームが勝ったようだ。
「雄介お疲れさん!」
不意に背中を叩かれ、後ろを振り向くと日に焼けた肌が似合う健康優良男児が立っていた。こいつは隼太、高校に入ってからの知り合いだ。見た目で分かる通り熱血馬鹿で、誰かれ構わず仲良くなろうとする良い奴。
「今日のお前は大活躍だったな!」
「そんな事ないよ」
「ずっと点入れ続けてた奴が言う台詞かよ! てかお前、いつもは俺や他の奴にパス回してた癖に、今日はやけに気合い入ってたな?」
「う~ん・・・ちょっとね」
「あははは! 相変わらず何考えてるか分かんねぇ奴だ! そこが良い! じゃあな!」
そう言って、隼太はみんなの下へ戻っていった。なんで今日は張り切ってたか・・・別に、張り切ってた訳じゃないんだけどな。期待に応えたっていうか、やらされたというか・・・。
靴ひもを結ぶフリをしながら、僕は三年の教室の窓を確認した。見ると、一人の女性が僕の事をジッと見ていた。遠目でも誰かは分かる。宮代さんだ。
あの人、僕が体育の授業を受ける為にグラウンドに来ていた時からこっちを見ていた。それから一秒たりとも途切れる事無く、あの人の視線を感じ続けていた。
(真面目に授業受けてくださいよ・・・)
別に見られるのが嫌という訳じゃない。ただ、圧が・・・シュートしろという圧が凄かった。僕にボールが回ってきた時なんかは特に酷く、背中を何本ものナイフで刺してきてるような感覚だった。
(あの人、僕には何も求めないって言ってたじゃないか)
何だか裏切られた気分だ。あの人とは昨日からの薄い関係の知り合いだけど、それでも嘘をつかれるとやっぱり嫌な気分になる。ちょっと嫌いになってきたな。
「あ・・・あの!」
宮代さんの視線から逃げる為に校舎に向かおうとした矢先、また声を掛けられた。振り向くと、そこには本が好きそうな眼鏡を掛けた女子がいた。
「えっと・・・」
「あ・・・私、本田美也子、です・・・」
「本田さん。ごめん、名前憶えてなくて」
「全然全然! その・・・あの・・・!」
本田さん、さっきからずっとモジモジしてるけど、どうしたんだろ? 何か言いたいけど言えないって感じだな。
「あの! か、かっこよかったです!」
「え? あ、ああ・・・うん、ありがと」
「ッ!? そ、それだけですからー!」
「え・・・行っちゃった」
訳も分からぬまま、本田さんは校舎へ走っていってしまった。かっこよかった、か・・・そんな姿を見れたのは、三階にいる宮代さんの所為なんだけどな。
「・・・あれ?」
宮代さんがいた三階の窓を見上げると、そこにはもう宮代さんの姿は無かった。あの人に見られていなくなったと分かった途端に、体が軽くなった気がする。
「はは、まるでお化けだな。」
「誰の事?」
「誰って、宮代さんの事だよ・・・は?」
「やっほ」
いつの間に、僕の隣には宮代さんがいた。どういう事だ? ついさっきまで、三階の教室にこの人はいたはず。あそこからここまで来るとなれば、走っても一分以上は掛かるだろう。
だが、気付いたらこの人はいた。まるで最初から僕の隣に立っていたかのように。
「・・・いつから」
「ついさっき!」
「ついさっきあなたがいた場所はあそこです。僕の隣じゃない」
「凄く良かったよ雄介君! 一人で5点も決めちゃうなんて!」
「聞いちゃいないな・・・大体、僕はあなたにやらされたんですよ」
「どういう事?」
「あなたの視線の所為でシュートせざる得なかったという事です」
「私、ただ雄介君を見てただけだよ? シュートを決めてだなんて思ってもなかったよ?」
まるで僕がおかしな事を言っているかのような、困惑した表情だ。なんだか無性に腹が立つが、この人が嘘をついている訳じゃなさそうだ。
という事は、僕の思い込みだったのだろうか? 今朝、宮代さんに言われた事が頭の片隅に残っていて、視線を感じた事でその記憶が色濃く思い出された・・・とか?
動機は宮代さんで変わりないが、そうだとすると、点を決めたのは僕の意思によるものだという事になる。
なんで僕は、そんな事をしたんだろう。この人を喜ばせてしまうような事を・・・。
「まぁ何にせよ! 私は雄介君のカッコイイ所を見れて、雄介君はクラスの人の注目の的になった! winwinって奴だね!」
「上手い事纏めないでください。それじゃあ僕はこれで」
「うん! 早く戻って着替えないとだね! 次は数学だけど、寝ちゃ駄目だよ~?」
「お気遣いありがとうございます。宮代さんもとっとと戻った方がいいですよ」
「うん! 一緒に行こ! あーあ、私も雄介君と同じ学年だったら良かったな! 隣の席で、一緒に授業受けて、一緒にご飯食べて、一緒に帰りの準備して、一緒に帰って!」
「僕は宮代さんが先輩で良かったです」
「え? なんで?」
「同じ学年だと何をされるか分からないので」
「え~! そんな酷い事しないよ~、多分ね!」
そう言いながら、宮代さんは僕と歩幅を合わせて、ミリ単位の誤差も無く並んで歩いてくる。ほんとに一緒の学年じゃなくて良かった。学年毎に階が違うように設計してくれた職人さんには感謝しきれないな。
「・・・北崎、くん・・・・・・。」
次回
「屋上にヤンデレがいる。」