衝突
体調が戻ったので再開します。
僕には兄弟がいない。小さい頃に面倒を見ていた弟分も、面倒を見てもらった兄貴分もいなかった。
そんな僕が、血の繋がらない同年代の弟になった。隣に座る百瀬さんと交わした姉弟関係だ。正直実感が湧かない。あの時は寂しさのあまり、百瀬さんの弟になる事を受け入れたけど、弟になるってどういう意味なんだ?
「……百瀬さん」
「あら雄介。もう家族も同然なのですから、姉さんと呼びなさい」
「姐さん。僕はこれからどうすればいいの?」
「今までと変わりなく接してくれればいいわ。お話したり、稽古をしたり、常に一緒にいてもらうわ。あと、姉さんよ」
「そんなのでいいの? それって、弟になる意味ある? 友達でいいんじゃん、姐さん」
「…今まで、欲しい物は力づくで勝ち取ってきた。地位も人も、物も金も。でも、たった一つだけ、手に入らなかった物があった。それが弟って事よ…あと、姉さんって呼びなさい」
「それって、僕じゃなくても良かったんじゃない? 百瀬さんなら、弟になりたいって男や女が沢山いそうだけど…姐さ―――むぐっ!」
姉さんと言うのが気恥ずかしくて姐さんと呼び続けていたら、百瀬さんは僕の頬を掴んで、顔を近付けてきた。なんでそんなに姉さんと呼ばれる事にこだわるんだ…。
「姉さん、よ。雄介」
「……へぇはん」
「フフ。早速、弟らしくなってきたじゃない。関心よ」
スッと唇にキスをして、頬を掴んでいた手を放した…え? 今僕にキスした? え、えぇ…僕まだキスした事無かったんだけど。というか、絶対運転手に見られたじゃん。後ろに座ってても、バックミラーで見えるんだよ。
そう思っていたが、今見ると、バックミラーの向きが運転席側に向けきっていた。多分、急いで動かしたんだろうな…あ、戻した。
「…普通、姉が弟にキスしますか?」
「あら? 可愛い子にはキスをしたくなるものでしょう?」
「…姐さんって、僕より男らしさがありますよね」
「また姐さんって…そんなにキスされたいの?」
「いや、もう結構です。それより、この車はどこに向かってるんですか? 記憶が正しければ、百瀬さんの屋敷は反対方向のはずですが」
僕らが乗っている車、および前後二台の車は、現在高速道路を走っている。明らかに百瀬さんの屋敷とは別の場所へ向かっているようだ。
「これからしばらくの間、東北にある私の持ち家で過ごしてもらうわ。早くて3年、遅くて…5年かしら?」
「東北って…僕寒いの苦手なんですけど」
「ワガママな弟だこと。でも、これはあなたの身を守る為よ。今頃、百瀬家の人間を殺した雄介を父が血眼になって探してる。見つかったら殺されるわ」
「そりゃおっかない……ま、死ねませんけどね」
「どういう事?」
「別に…」
危ない、バレるところだった。この人なら、僕が死ねない体と知っても怖がってはくれないが、その代わりに嫌というほど稽古に付き合わされる。この人の稽古に一週間付き合ったが、出来ればもう二度としたくない。痛いし、勝てないし、痛いし。
そんな事を思っていた時だった。後ろの方から、猛スピードで走ってくる一台の車がサイドミラーから見えた。高速道路だし、スピードが出るのは仕方がないが、それにしても速すぎる。まるで僕達に追いつこうとしているみたいだ。
その時、サイドミラーから見えていた車のライトが消え、一瞬どこに消えたのか分からなくなっていた間際、激しい銃声が鳴り響いた。
すると、後ろについていた百瀬さんの部下の車がよれだし、そのまま高速道路の外側へ突っ込んでいった。
「な…!? 後ろの車、どうしちゃったんですか!?」
「襲撃? 全く、こんな時に…」
そう言いながら、百瀬さんは助手席の後ろにあるダッシュボードを開き、ベルトで留められていた拳銃を手に取り、窓を開けた。
「雄介は頭を低くしてて。猿山! 襲撃してきた奴の隣に移動させなさい!」
「了解」
車は右車線に移り、前方にいた車も90度回転して、襲撃してきた殺し屋を狙い始めた。初日から物騒な目に遭っちゃったよ…と思いつつも、映画で見たような高速道路での戦闘に、少しだけ心が躍った。
すると、殺し屋の車を捉えたのか、百瀬さんは拳銃を躊躇なく撃ち始めた。
「…チッ。防弾仕様みたいね。面倒な」
「こっちも防弾仕様ですよ」
運転していた猿山という男がそう言った矢先、明らかに百瀬さん達の銃声とは違う銃声の音が鳴り、車が爆発した音が聴こえた。
「ッ!? あいつ! 防弾を貫通させやがった!?」
「あっちはプロの殺し屋って事よ。この車、拳銃しか置いてないの?」
「申し訳ありません。拳銃だけでも事足りるかと…!」
「全速力で逃げなさい。今の状況じゃ分が悪過ぎる」
「了―――」
その時、窓ガラスが割れる音と共に、車内が揺れ動いた。この車を撃ち始めたんだ、おそらく運転手は死んだだろう。咄嗟に百瀬さんが運転席に身を乗り出し、運転していた猿山を車から降ろして、代わりに運転し始める。
「あらあら、どうしましょうか雄介。護衛は全員やられ、私の手下が一人死んじゃったわ。残ってるのは、私と雄介だけみたい」
「絶体絶命?」
「まさか。ただちょっと焦ってるだけよ」
どうする? このままじゃ、この車もたちまち蜂の巣にされてしまう。僕は助かっても、百瀬さんは助からない。弾丸から身を挺して守る…いや、車を貫通させた弾だ、僕一人が壁になっても結果は変わらないだろう。百瀬さんを抱えて車から降りても、逃げる手段を失うし、車から降りたところを狙われる。
僕が必死に解決策を練っていると、ポケットの中に入れていた携帯が振動した。誰だよ、こんな非常時に電話掛けてくる奴は。
「すみません、今取り込んでるんで後で掛け直します!」
『やっほー! 雄介君、元気にしてたー?』
この声…間違いない、宮代さんだ。
「宮代さん? 今までどこ行ってたんですか!?」
『ちょっと調べる事があって。もしかして、寂しかった?』
「ッ!? 馬鹿言わないでください! あと、今ちょっと忙しいんで! また後で電話しますので!」
『知ってる知ってる! 隣、見てみて!』
「隣?」
顔を上げて隣にいる殺し屋の車を見てみると、ユラユラと左右に揺れ動いていた。すると今度は僕らの前に動き、90度向きを回転してライトをチカチカと点滅し始める。
「随分、お調子者な殺し屋ね?」
「あー……姐さん」
「姉さんって言いなさい!」
「あれ多分、宮代さんです…僕らの学校の先輩」
「…嘘でしょ」
自分達を襲ってきた凄腕の殺し屋の正体が、自分達が通う学校の先輩だと知り、流石の百瀬さんも苦笑いした。
『どうかしら雄介君! 私のドライビングテクニック!』
あー、頭が痛い。極道の娘さんの弟になったかと思いきや、ファーストキスを奪われて、更に殺し屋に襲撃されて、その殺し屋の正体が宮代さんで……駄目だ、情報量が多すぎる。というか、宮代さんも車の運転出来るのか、最近の学生は進んでるんだな。
『雄介君。少しだけ運転席にいる女に代わってもらえる?』
「百瀬さんですよ。会った事ありますよね……はぁ、分かりました。姐さん、代われって」
「もしもし…ええ……そんな命令聞くと思ってるの?……そんな事したら、雄介まで巻き込んで…大丈夫? 何がよ……チッ! 分かったわ、次の場所で降りる」
通話が終わり、百瀬さんは携帯を窓から投げ捨てた…あれ一応僕のなのに。
「次の場所で降りるわ。先輩の宮代さんが話したい事があるって」
そう言いながら、百瀬さんは運転を続けたまま拳銃の残弾を確認する。どんな話をしていたかは分からないが、面倒な事になるのだけは確信した。
次回
「深夜1時の密談」




