三匹の手下と支配者
百瀬桜が転校してきてから一週間が経ち、クラス…いや、学校自体に変化が起こっていた。僕の学校は、朝8時までに登校しなければならず、それ以降は遅刻として扱われる。ただでさえ早い時間に起きなければいけない中、全校生徒及び先生達も朝の7時30分までに登校しなければいけなくなった。登校したらすぐに校庭に整列して、とある人物が登校するまで待つ。
当然、その人物とは百瀬桜だ。彼女は校門前まで車で来て、左右に列を成した人々が頭を下げる花道を通って学校へ入っていく。この列に参加しなかった人物は有無を言わさず処罰を受ける。処罰がどういう内容なのかは、実際に受けた者しか分からないが、処罰を受けた者は二度と帰ってこない為、少なくとも僕らが知る術は無い。
現在学校から消えた人数は8人。その中には、宮代さんも含まれている。宮代さんがいつ消えたのかは定かではないが、恐らく消されたという事は考えられない。理由は僕の携帯に送られてきた一件のメールだ。
【しばらく姿を消します。いずれ、近い内に、すぐに会いに行きます】
このメールを最後に、宮代さんが僕の前に現れる事は無くなった。その為、学校内で百瀬桜から僕を守ってくれる人物がいなくなった。
「気持ちのいい天気ですね、雄介」
「…そっすね」
今日も今日とて、屋上に呼び出された。昼休みになると百瀬桜に屋上に呼び出され、昼休みが終わるまで付き合わされる。初めはこんな風に世間話みたいな事をするが、それもすぐに終わる。
「さて、雄介。今日は良い物を持ってきました。これを」
そう言って、百瀬さんは持っていた内の一本を僕に投げ渡してきた。投げ渡してきたのはズシリと重さを感じる一本の棒…刀だった。
「模造刀……にしては、重い」
持ち手を掴み、鞘から刀身を出すと、明らかにレプリカとは思えない殺意が籠った刀身だった。
すると、百瀬さんも刀を鞘から引き抜き、片手で構えた。
「勝敗は先に首に刃を当てた方の勝ち。刀を扱った事の無いあなたに配慮して、私は片手だけしか使いません。あと、突きもしません。私はただ振る事しかしません。どうです?」
「百瀬さんに怪我を負わせた場合は?」
「フフ、ご安心を。あなた程度、目を瞑ってでも勝てますので」
「それじゃあお言葉に甘えて、目も瞑ってもらいましょうか」
「フフフ、正直でいいですね。ええ、構いません」
本当に目を瞑った……まぁ、目を瞑ってもらったとして、僕が勝てる訳もないけど。1日目は素手で、2日目は蹴りで、3日目は柔術で、そのどれもに僕が勝てた事が無い。
そして今日は刀。下手をすれば切り刻まれかねない。だから目を瞑ってくれて助かった。僕の奇病が発症する瞬間を見られずに済む。切り傷が治っても制服には血がついたままだから、どうとでも誤魔化す方法がある。
なら、今集中すべきは、目の前にいる百瀬さんと勝負する事だけ。
「今日はどうしますか? 勝った時の約束は」
「私の家に遊びにきてもらいます。雄介は?」
「僕は、そうだな……勝ったら、もう僕に関わらないでください」
「いいですよ。俄然やる気が出ました」
「準備は?」
「ええ、いつ―――」
僕は不意をついて百瀬さんに斬りかかった。しかし簡単に防がれ、クルリと回られて背中を斬りつけられた。
「ッ!?」
「相変わらず勢いは100点ですが、考えなしに動くのはマイナス100点…いえ、200点ですね」
「お厳しいことで……ふッ!」
今度は一振りだけで終わらず、手数で斬りかかってみた。だが刀を完全に振り切る前に弾かれ続け、勢いよく振り下ろした一振りさえ、簡単に受け止められてしまった。
「今度は手数で押して追い詰めようとする。うん、いいね。太刀筋も素人にしては上出来」
「ぐ、ぐぐッ!!!」
「でも実力差を覆すには、心許ないね」
鍔迫り合いの最中、必死に刀を押す僕とは裏腹に、百瀬さんは涼しい表情で徐々に押し返していく。毎度思うが、この細い体のどこにそんな力が…いや、力ではなく、技術と言ったところか? とにもかくにも、このまま馬鹿真面目に戦っても勝ち目は無い。
「フフフ。」
「弱い者イジメ、そんなに楽しいですか…!」
「まさか。私はただ、嬉しいんです。雄介は弱いのに諦めない、そこが私の好きなところ。今こうして、目を瞑っても分かる程、あなたの必死さが肌に伝わってくる」
「気持ち悪いですね…!」
「そういうところも好きです……ねぇ、こんな話を知ってる? ある日、子供のいなかった夫婦の所へ、一人の子供が現れた。その子供は夫婦が思っていた以上に力を付け、その力を試す為に悪人退治へ向かった。その道中で拾った三匹の手下と共に、悪人達が住む島そのものを滅ぼした。その子供は滅びゆく悪人の島を見て、何を想ったと思う?」
少し話が変わっているが、確かにどこかで聞いた話だ。滅びゆく悪人達の島を見て何を想った、か……。
「…何も。何も感じなかった」
「っ!? そう、そうよ。何も、何も感じなかった。燃え上がる炎、逃げ遅れた人の悲鳴。それらを前にして何も感じない。」
「それが普通では?」
「フフフ。そうよね、それが普通・・・それなのに、育ての親は私を恐れるようになった。まるで異常者を扱うようにね」
私? という事は、今までの話は百瀬さんの話って事か。マジか…ちょっと血の気の多い人だと思ってたけど、本当におっかない人だったとは。
「雄介…あなたは、私が怖い?」
「刀で殺されかけてるのに怖くない訳ないでしょ?」
「フフフ…やっぱり、欲しくなっちゃうな」
「欲しくなるって―――うぉっ!?」
会話に現を抜かし過ぎて、足元を蹴られて倒されてしまった。すぐに立ち上がろうとした矢先、僕の首に冷たく細い金属が触れる。
顔を上げると、僕の首に刀の刃を当てながら、大きく見開いた目で百瀬さんが僕を見下ろしていた。その眼は、狂気的で、恐ろしく、縋る何かを求めていた。
「私の勝ち」
「…僕の負け」
「フフ、フフフフフ……!」
初めて見た百瀬さんの純粋な笑顔。それは笑顔と呼ぶにはあまりにも裏がありそうな顔だったが、百瀬さんも笑う事が出来る一人の人間だと知れて、少し安心した。
だが、そんな少しの安心を覆い尽くす程の大きな不安が出来てしまった。放課後、百瀬さんの家にお邪魔するという事だが…絶対におっかない人が大勢いる。ただ話すだけで済めばいいんだけど…。
次回
「主従の契約」




