もう一つの家族
今日は…というか、今日も両親は仕事で帰ってこない。ここ数日、仕事先で泊りがけで仕事をしている。別に僕の事を気にせず仕事を頑張ってくれればいいのに、父さんも母さんも毎日電話をくれる。1分くらいだけど、今日まで欠かさず。次からメールでいいと言ってるけど、それでもやっぱり電話をかけてきた。
鬱陶しさは感じない。でも嬉しさも感じなかった。なんというか、義務的に思えるからだ。愛はもちろんあると思う。でも、そこに【やらないといけない】という義務も感じる。
こんな事、今まで感じていなかったはずなのに。最近、色々疑問に思う事が多くなりつつある。自分の事や他人の事、何が本当で何が嘘か。
まぁ、今そんな事考えても意味は無いか。僕はまだ10代だし、考えても答えなんて出ないし、答えが出てもそこまで。そこからどうするべきか、行動に移す事は出来ないだろう。
だから、今は今の問題解決に努めよう。そう、このどうしようもなくどうでもいい問題に。
「…それじゃあ、宮代さんがピザで。神田さんがラーメンでいいですか?」
「待って雄介君。ピザっていうのは一緒に食べてこその物よ。なら、今夜の晩ご飯はピザだけでいいわ」
「ピザだなんて、洋風かぶれね。今は夜19時…いや正確に言えば今20時になったけど、こういう時間に食べるラーメンが一番美味しいの。それに年下は年上の意見に黙って従うものよ」
「年下の意見を優先するのが大人というものでは? あーそうでした、あなたは大人というよりオバサンですもんね?」
「まだ20代よ!!! それに今日の代金を払うのは私なんだから、黙って従いなさいよ!」
「…どっちも頼めばいいじゃん」
「「こいつの意見に賛同したくないの!!!」」
こんな風に晩ご飯に何を頼むか口論になってから、もう3時間は経った。せっかくだから神田さんも家に呼んで、一緒に晩ご飯を食べようと決めた僕が馬鹿だった。そもそも僕はどっちも食べたくない。まぁ、僕がコーヒーと食パン食べたいと言ったら「それじゃあお腹一杯にならないよ?」と二人に言われて却下になったけど。
どっちにせよ、早く決めてほしいものだ、どうせ腹に入れば一緒なんだから。
「ピザ!」
「ラーメン!」
「……じゃあこうしましょう。ジャンケンで勝った方にするって事で」
「…北崎さんがそう言うなら。それでいいかしら?」
「私は雄介君の命令に従うわ」
すると、二人は席を立って、向かい合わせに立って構え始めた。なんで立ったんだ?
「「最初はグー…」」
宮代さん、なんで拳を振りかぶってるの? あと神田さん、なんでサングラスに手を掛けてるの?
あ、そっか。こいつらジャンケンする気無いな。
「ジャン!」
「ケン…!」
「「ポォン!!!」」
神田さんは素早くサングラスを外して宮代さんを夢の世界に引きずり込もうとしたが、宮代さんは視線を下に向け、そのまま神田さんの腹部に拳を叩き込んだ。鈍い音が響き、神田さんはお腹を抑えながら、床に倒れ込んだ。
「ふっ。私の勝ちね」
「アガッ…! こ、このぉ…!」
何してるんだこの人達……あ。
「神田さんの勝ちですね」
「うぇ!? 雄介君! どういう事!? 見て分かる通り、私が勝ったのよ!?」
「そうですね。見て分かる通り、宮代さんがグーで、神田さんがパーですね」
「「え?」」
宮代さんは拳を握りしめたままで、神田さんは手の平を開いたまま。これをジャンケンと言ってもいいか怪しいが、早く終わらせたいので、そういう事にしとこう。
「それじゃあ、ラーメン頼んでおきますね」
「そ、そんなぁ~!」
「フ、フフ…北崎さんは正当なジャッジを下したのよ! あんたの負けよ! 宮代葉月!」
「はいはい、少し黙っててくださいね…あ、すみません出前を…え、味?」
ラーメンに味なんてあるのか。店主の話を聞くに、醤油と味噌があるらしい。へぇー、ラーメンなんて食べた事無かったけど、種類があるんだ。
「二人共、味どうしますだそうです。醤油と味噌、どっちですか?」
「「醤油」」
「そこは意見が合うんですね…あ、すみません。醤油を三つ。一つは少なめで…はい、お願いします」
ようやく晩ご飯の時間が訪れそうだ。持ってくるまで30分くらい掛かるって言ってたな。それじゃあ、先にお風呂を済ませておこう。
「30分で来るらしいので、僕は先にお風呂に行ってきますね」
「それじゃあ一緒に入ろ! 雄介君!」
「また外に放り出しますよ?」
「お背中流しますよ! 北崎さん!」
「神田さんあなたもですか。とにかく、入ってきたら容赦なく放り出しますので。あと、あんまり騒がないでくださいね?」
一応念を押しておいたが、僕が風呂場に入ると、リビングから二人の言い争いが聞こえてきた。あの二人、なんで仲良く出来ないんだ? いや、仲が良いのか?
「……はぁ」
お風呂の熱い湯が、疲れた体に沁みていく。最近は体も精神も疲れる事が多いから、前よりもお風呂に入る事が好きになった。不思議なものだ、ただ熱い湯に入っているだけなのに、疲れが溶けて無くなっていくように感じる。
「…百瀬桜、か」
学校に転校してきた彼女は、新たな悩みの種になり得そうな存在だ。今のところは特に何も無いが、あの時、眼を見られた時に嫌な予感を感じ始めた。それに彼女が僕と親睦を深めようとしてくる事も気になる。ただ単に仲良くなる為ならいいが、今朝の出来事があったからか、そうとは思えない。
『……雄介君。あの女には気を付けて。直感だけど、関係を築けばマズい気がする』
宮代さんの言っていた事を思い出した。鬱陶しいけど、あの人は人の本質を見抜ける。本田さんの時だって、僕よりも先に彼女の異常性に気付いていた。あの時は僕の好きなようにやらせて、結局本田さんの本質が変わらない事を見抜いて殺した。
でも今回は、初めから僕に警告してきた。それは百瀬さんが危険な存在だと言っているようなものだ。
「関わらないようにって言っても、関わってくるからな~」
まぁ、その時になってみないと分からないか。別に襲われても死なないんだし。僕は頭を洗い流しながら、そんな風に楽観的に考えていた。
体を拭き、着替えを着てリビングに戻ると、椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいる宮代さん…の足元に、神田さんがうずくまっていた。
「…一応聞きますけど、何があったんです?」
「二度目の勝利よ、雄介君」
「グガッ…ガッ…」
「あー…なんでもいいんですけど、もっと仲良くやってくださいよ」
「き、北崎、さん…こいつと、仲良くなんて…」
「死んでも無理ね」
いや、やっぱり仲良く見えるな。喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるし。多分その内、何かのキッカケで姉妹にでもなれそうだ。
その時、チャイムが鳴り、僕が玄関に行って扉を開けると、やけにピッチリとした白い服を着た笑顔の男が銀色の箱を持って立っていた。
「どうも! こちら、ご注文の品になります!」
「あ、出前。わざわざありがとうございます。えっと、そこに置いて―――」
「中に運びますので、失礼しますね!」
そう言って、男は靴を脱いで家の中に入っていった。出前なんて初めてだから分からなかったけど、家の中にまで入ってくるんだな。
男の後を追うようにリビングに行くと、男は銀色の箱から三つのラーメンを取り出し、それをテーブルに置くと、そそくさと家から出ていった。
「随分親切なんですね、出前って」
「出前の人が家の中にまで入ってくるなんて聞いた事無いですけどね。それより早速食べましょう、北崎さん!」
「そうですね……ん? どうしたんですか、宮代さん?」
宮代さんを見ると、彼女は玄関の方を鋭い視線で睨んでいた。あの男の人が気に食わなかったのかな……あれ? そういえば、僕あの人にお金払ってない。まぁ、食べ終わった食器を取りに来るだろうし、その時に渡せばいいか。
「雄介君。あの男の人、随分と服のサイズが合ってなかったわね」
「え? まぁ、確かに」
「…舐めた真似を」
「え?」
「何でもない! さ、晩ご飯にしましょ!」
宮代さんはニッコリと笑顔を浮かべ、席についた。宮代さんが呟いた言葉の意味、あれってどういう事だ? まぁ、今考えても仕方がないか。
「それじゃ」
「「「いただきます」」」
三人揃って手を合わせ、遅めの晩ご飯を食べた。初めて食べたラーメンの味の感想としては…味が濃かった、それだけだった。
次回
「三匹の手下と支配者」




