僕の前にヤンデレがいる
夏を知らせるセミの鳴き声。雲一つ無い晴天。不意に顔を撫でていく風の匂い。良い日だ、こういう朝だから清々しく一日を迎えられる・・・いつもなら。
そう、いつもならこんな良い朝は自然と笑顔になれる。だが今日は・・・。
「今日の体育はグラウンドでサッカーだね雄介君!」
僕の歩く先に宮代さんがいる。
「・・・そろそろ前を向いて歩きなよ。家からずっとじゃん」
「そうしたら雄介君の顔見れないじゃん!」
「・・・じゃあ隣にくれば―――」
「じゃあ隣に立つ! えへへ、並んで登校してくれるなんて優しいね!」
ほんと、何なんだこの人は。宮代葉月・・・僕の先輩らしいが、存在すら知らなかった。だがあっちは僕の事を知り尽くしているようだ。ここまでの道中、僕に関しての話ばかりで、しかもその全てが正確で正解だった。
「雄介君、今日は他人に見せ場を譲らないでね? いつも他人にばかり注目を集めさせるんだから。たまには雄介君のカッコイイ所見たいんだから!」
え、なんで分かってるの? 怖・・・というか、この人3年だよね? 授業中にずっと僕らの方ばかり見てるの?
「まぁ、それを決めるのは雄介君自身だけどね」
「・・・僕自身?」
「私はね、君に何かを求めない。ただずっと、君の事を見ていたいの」
そう言って、彼女はニコッと笑った。なるほど、この笑顔で多くの人を狂わせてきたのか。美人の笑顔というものは劇薬だと誰かが言っていたが、確かにそのようだ。
だが言っている事がストーカー気質で台無しだ! この人いつから僕の事を見てたんだ?
「あのさ、宮代さん」
「葉月でいいよ!」
「宮代さん」
「何かな?」
「その・・・宮代さんはいつから、僕を?」
「ずっとだよ」
「ずっとって?」
「ずっと。君の事をずっと知っていたよ」
ずっとって事は、高校生になる前から? 下手をしたら、僕が幼かった頃から僕を知っていたのだろうか?
そうだとしたら、あの事も知ってしまっているんだろうか・・・誰にも話した事の無いあの秘密を。
「宮代さん・・・あなたはどこまで僕を知ってるんですか?」
立ち止まって彼女に問いかけた。このまま歩いていけば、何かしらの理由をつけてはぐらかせる気がして。
だから僕ら以外いない一本道の間に聞いておきたかった。答えようによっては、彼女を生かしておく訳にはいかないから。
「・・・全部だよ」
僕よりも数歩先まで歩いて立ち止まった彼女がそう呟いた。そして振り返って、またニッコリと笑いながら僕を見つめてくる。
「私は君が好き。絶対に誰にも本当の自分を見せない君が」
「・・・でも、あなたは知ってる」
「どうだろ? 全部知ってる訳じゃないみたい。昨日だって、私の事を全然知らなかった事を私は知らなかった。色々頑張ったんだよ? 勉強や部活で目立って、君に私がいるって事を知ってもらう為に」
「僕の心臓が狙いですか?」
「ううん。私はただ、君が幸せになる為に頑張ってる。いつか君が誰かと本当に笑える日の為に」
「その為なら、人殺しも躊躇わない?」
「ええ、もちろんよ」
「僕が死んでくれって言ったら?」
「雄介君が望むなら、喜んで」
宮代さんは僕の質問に間髪入れずに答えていった。つまり、本心なのだ。この人は本当に僕の為、僕の幸せの為に生きている。
なんというか、勿体ないな。こんなに美人で他人を想えるのに、よりにもよって僕を選んだ。奇病を患っている僕を。
「・・・はぁ、分かりました」
「え? 一緒に住もうって!?」
「言ってません・・・まぁ、あなたが飽きるまで僕の事をストーカーすればいいんじゃないんですか。でも、昨日みたいに怖い事は控えてくださいね」
「うん! これからは連絡してから行くね!」
「いやだから控えてって・・・はぁ、この人に何言っても無駄か。それじゃあ連絡先の交換を―――」
そう思って携帯を取り出した時、僕は画面を見て背筋に寒気が走った。画面には未登録の相手からのメッセージが次々と表示されている。
携帯の画面から宮代さんの方へ視線を向けると、彼女は僕を見つめながら、黙々と携帯をいじっていた。
「・・・どうやって僕の連絡先を?」
「んふふふ!」
この人、やっぱり怖い。
次回
【窓からヤンデレが見ている。】