目覚め
石の壁に囲まれた世界に道が開き、僕は神田理子と共に夢の世界からの脱出を試みていた。しかし、開かれた道の先は迷路のように道が分かれてあり、何度も行き止まりに突き当たっては、先に進めない状況に陥っていた。
「・・・ここも行き止まりだ。夢から戻る時、いつもこんな迷路を辿っているんですか?」
「ううん・・・こんなの、初めて。いつもは目の前に扉が現れて、そこを通ると現実に戻れた・・・多分、私の中に残っている迷いの影響で迷路になっているんだと思う」
「迷いか。やっぱり、そう簡単に前には進めませんよね」
「・・・ごめんね」
「謝らなくていいですよ。神田さんがそうやって自分を責めると、この世界の気温が下がっていくんですから」
「そっか・・・ごめん」
「ワザとやってます?」
実際、結構ヤバい状況だ。このままゴールに辿り着けなければ、僕らのどちらかが寒さでやられてしまう。引き返そうにも、もうどの道を辿れば戻れるか分からないし、戻ったところで何も解決しない。一番手っ取り早いのは、神田さんが心の底から戻りたいと思ってくれる事だが、そう簡単にはいかないだろう。
何か、ほんの少しでも世界に何か変化が起きれば、この状況から脱する事が出来るかもしれない。
『―――くん』
「ん? 神田さん、何か言いました?」
「え? 何も言ってないけど・・・」
『雄介君』
また聞こえた、今度はハッキリと。しかもこの声・・・間違いない、あの人だ。
「宮代さん? 宮代さんですか!?」
『雄介君、聞こえたよ! 無事なんだね!』
「宮代さん生きてたんですね・・・チッ!」
『ちょっと!? なんで舌打ちしちゃうの!? そこは再会の感動のあまり、泣いてくれる所でしょ!』
「・・・あの、君は誰と話してるの?」
そう言いながら神田さんは、おかしな人を見るような眼で僕を見ていた。彼女には宮代さんの声が聞こえていないのか? それに、宮代さんは確かに死んだはず。流石の宮代さんと言えど、時計塔に押し潰されたら死ぬに決まってる・・・そうか、そういう事か!
僕が夢の世界に来たのは神田さんの眼を見てしまったから。でも、宮代さんは神田さんの眼を見ていない。あの人は勝手に僕の夢に入り込んできただけだった。こっちの世界で死んで、普通に目覚めたんだ。
「となれば・・・宮代さん! もう一度僕に呼び掛けてください! 今度はもっと大きく!」
『うん、分かった。スゥ・・・雄介君ー!!!』
すると、僕らの行く手を阻んでいた石の壁が崩れ、先へ通れるようになった。どうやら考えは合ってたみたいだ。今聞こえている宮代さんの声は現実からの声。宮代さんの強い僕への想いを乗せた声は、この夢の世界に届いて、現実への帰り道を創る。
「道が開いた、あとはこの道を進むだけ。行こう、神田さん!」
「うん! 何かよく分からないけど、行こう!」
開かれた道は長い一本道。宮代さんの想いのお陰で、今度は迷路のように入り組んでいない。帰れる・・・僕も、神田さんも、一緒に現実の世界に!
「ようやく帰れる・・・ようやく―――は?」
「あれって・・・」
宮代さんが創ってくれた道の途中に、一人の男が現れた。そいつの姿を視界に入れた途端、僕も神田さんも、意気揚々と進んでいた足が止まった。
その男は、僕だった。死んだ目で、僕をジッと見ている。
「あれって、君だよね?」
(いや、正確に言えば・・・)
あれは僕の中の怪物としての僕だ。その証拠によく見てみると、服の袖から黒い血が手に流れ、青白い肌はひび割れている。
何故怪物である僕が出てきたのか、何となく理解した。ここまで来て、僕は迷っているんだ。他人に自分の奇病が知られる事を恐れるあまり、ここで死んでしまった方が楽になれる・・・そんな事を僕は、心の隅で思ってしまっているんだ!
「・・・通してくれないか、そこを。」
「・・・」
「気色の悪い奴だ。なら無理矢理にでも―――」
その時、もう一人の僕の体に異変が起きた。体が膨れ上がったかと思いきや、中からおぞましい姿をした悪魔が姿を現した。悪魔は真っ直ぐに僕の方へと駆け、その長い腕を巨大な口に変え、鋭く尖った牙で僕を噛み殺そうとしてくる。
「化け物がッ!?」
この狭い空間では避けらない、かと言って対抗策も無い。僕は僕に殺される。
(殺される・・・宮代さん!)
噛み殺される間際、僕が最期に想ったのは宮代さんだった。何故彼女の事を想ってしまったのか、それは分からない。
でも、結果的にそれが僕を救う事になった。突然どこからともなく黒いレインコートを着た宮代さんが現れ、目の前に迫ってきていた悪魔の腕を剣で斬り落とした。腕を斬られた悪魔だったが、やはり腕は再生し始めた。
すると、宮代さんは僕と神田さんを掴み、空高く投げ飛ばした。当然上空に上がった僕を殺そうと悪魔も飛び上がるが、遅れて飛び上がってきていた宮代さんに後ろから刺され、そのまま二人は落ちていく。
床に着地すると、もうすぐ目の前には現実の世界へ帰れる扉が存在し、先に起き上がった神田さんが扉を開けた。
「さぁ早く!」
差し伸べてきた手を取る前に、僕は後ろを振り返った。そこには、自分諸共悪魔を剣で突き刺して足止めをしながら、宮代さんが僕をジッと見ていた。その眼は、とても優しい眼だった。
「何してるの! 早く!」
「・・・ああ。」
神田さんの手を取り、僕らは扉の先に広がる光に飛び込んだ。
・
・
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「・・・ん・・・んぁ、は~」
重い瞼を開け、アクビをかきながら目を覚ました。ボヤけた視界に見えたのはひび割れたコンクリート、そして宮代さん。
「・・・おはよう、ございます」
「おはよ。待ってたよ」
宮代さんは微笑みながら、僕の頭を優しく撫でた。とても心地よいのだが、このままではまた眠ってしまいそうなので、僕の頭を撫でる宮代さんの手を払い、起き上がる。
橋の下から出ると、陽はまだ昇っていた。どうやら僕が眠りについてからあまり時間が経っていないようだ。それでも僕の体は何日も眠っていたような感覚になっており、首や肩を動かすと、ポキポキと骨が鳴る。
「なんだか、凄い長い間眠っていた気がする・・・」
陽の光が身に染みて気持ちいい。だんだんと目もハッキリと覚めてきたし、あと2日は寝なくても大丈夫そうだ。
「そうだ。神田さんも一緒に目覚めたはず―――って、えぇ・・・」
神田さんの事を思い出し、彼女も一緒に目覚めたか確認しようと振り返ると、神田さんは綺麗な土下座をしながら目覚めていた。
「あの、神田さん。顔を上げてください」
「ごめんなさい!」
「いやごめんじゃなくて。別にもういいですから」
「でもやっぱりちゃんと謝りたくて! だから、ごめんなさい!」
謝らないといけないのは僕もなんですけどね? 多分あっちで色々あって忘れてると思うけど、結構神田さんに悪口を言ったし・・・まぁ、忘れてくれてるなら、そのままでいいか。掘り返したらますます機嫌が悪くなって、また夢の世界に連れて行かれるかもしれないし。
そう思っていると、宮代さんが僕の傍に近付き、尚も土下座し続ける神田さんを睨みながら耳元で囁いた。
「雄介君、なんであの女も一緒に目覚めてるの?」
「まぁ、色々あって」
「色々って・・・また夢の世界に連れて行かれたらどうするの?」
「う~ん・・・その時は、その時ですよ」
「む~。雄介君がそう言うなら、いいけど・・・」
宮代さんが不満げなのも分かる。僕は神田さんを殺さず、一緒に現実の世界で生きようと言った。こうして一緒に帰ってきた所を見るに、神田さんも現実で生きてみようと決心してくれたと思う。
でも、彼女の奇病の能力は、未だ彼女の眼に宿っている。いつか何らかの出来事で、再び神田さんの眼を見て、夢の世界に連れて行かれる可能性も無くは無い。
そうならない為にも、なにか彼女の奇病を防ぐ方法があればいいんだけど。
次回
「一触即発」




