夢現
巨大なモール内にある街。迷路のように入り組んだ道。絢爛豪華な狂気のパレード。狂人の宴。常人に戻った自分。現実ではありえないこれら全ては、夢の中の出来事だという。
(・・・傷をこんなに長々と見れたのは、何年振りだろうか)
久しぶりに見る傷跡を眺めながら、在りし日の、奇病を患う前の8歳の自分を思い出していた。今でこそ、常人なら即死と判断される怪我を負っても、奇病の能力で瞬く間に元に戻す事が出来る。
そうなる前の僕は、極端に怪我を恐れていた。紙で指を切るのも、転んで膝を擦り剥くのも、ありとあらゆる可能性から生じる怪我に怯えていた。物を見るだけで、それでどういう怪我を負ってしまうかを考えてしまい、部屋の隅に丸まって、それが目の前から消える事を願う日々。
しかし、そんな臆病な僕の体に、ある変化が訪れる。最初に気付いたのは、爪を噛んだ時だ。親指の爪の端を噛み、深爪になっている自分の指を見ていると、深爪だったはずの爪が生え始めた。
更に一週間後、僕は学校の階段から派手に転がり落ちた。全身に感じる痛みを声に出して叫びたかったが、背中を強く打って上手く声を出せなかった。だが不思議と痛みを感じない部分があり、それは右手首。痛みを感じていない右手首を見ると、曲がるはずのない方向へ曲がり切っている。その様子に恐怖を感じた瞬間、動かせないはずの右手首が勝手に動き、元の状態へと戻った。
(そこから奇病の存在をニュースで知って、自分が原因不明の奇病を患っていると分かったんだっけか・・・もう何十年も前の話に思えてくるよ)
だが、僕はもう一度常人に戻った。これが元の世界での出来事なら嬉しい事なのだが、残念ながら夢の世界。おまけに外には僕と同じか、それ以上の化け物が山ほどいる。
「宮代さん・・・もしこっちで僕が死んでしまったら、僕はこの夢から覚めるんでしょうか?」
「んー・・・どうだろうね。夢は見ている人の願望や不安を現すとは言うけれど、少なくとも雄介君は死にたくはないのでしょ?」
「もちろんですよ。死ねなくなったからって、死にたい訳じゃないですから」
「そう思っているのなら・・・いや、でも」
宮代さんはまるで推理中の探偵のような構えをしながら、僕の周りを歩き回り始めた。何故僕の周りを回るのかは分からないし、鬱陶しいが・・・少なくとも、この人は僕を夢から現実に戻そうと必死になって考えてくれているようだ。
そういえば、どうして宮代さんもこっちにいるのだろう? おそらくだけど、この世界は僕が見ている夢。すなわち、僕が無意識に作り出した世界だ。その世界にいるのは、僕と僕の無意識が生んだ存在だけのはずなのに。
「宮代さん。宮代さんはどうしてここにいるんですか?」
「え? だって、雄介君が起きないから」
「いや、そうじゃなくて、え~と・・・あなたは僕が知っている宮代さん? それとも、夢の中の宮代さん?」
「・・・ふふ、どっちだと思う?」
口元をニヤつかせながら、宮代さんは僕をからかうように言った。間違いない、正真正銘本物の宮代さんだ。こんなに僕をイラつかせるのだから、本物に違いない。そうじゃなければ、まるで僕が宮代さんを常日頃から想っているという事になってしまう。
「そんなにイライラしないでって。ごめんごめん、私は本物だよ! 雄介君の永遠の味方! 雄介君の幸せを第一に考える乙女! 雄介君の敵を排除する騎士だよ!」
「騎士っていうより野良犬みたいなものですけどね」
「それじゃあ首輪をください!」
「飼いません。僕の家はペット禁止なんですよ。とにかく、ここから・・・夢の世界から出る方法を考えないと」
「あー、それについては大体の見当がついたよ」
「・・・いつ頃に?」
「雄介君と運命的な出会いをした時から!」
「最初から気付いてたならもっと早く説明してくださいよ!」
おかしい・・・いつも通りだが、やっぱりこの人おかしいよ。つまり着ぐるみ姿で僕の前に現れた時から、夢の世界を出る方法の見当がついていたという事でしょ? 何故さっさと事情を説明してくれなかったんだ? というかさっきまでの真剣に考えていた雰囲気は何だったんだよ!
「・・・はぁ。今すぐ怒りたいですが、状況が状況なので後にします。それで、方法は?」
「夢の主を倒す!」
「・・・え、終わり? 夢の主を倒すって事は、僕を殺すって事ですか?」
「違う違う。雄介君じゃなくて、もう一人の方よ。あのストーカー女の方!」
「宮代さんの事?」
「私はストーカー女じゃないよー。ほら、あの印象に残らない見た目をした女!」
「えーっと・・・あの人、か?」
この夢の世界に来る前、つまり僕がまだ目を覚ましていた時。宮代さんに橋の下で迫られている所に、一人の女性が宮代さんに襲い掛かってきた。顔は憶えていない、というか憶える前に宮代さんが女性を吹っ飛ばした。
もしかしたら助けに来てくれた人だったかもしれないと思った僕は、倒れている女性に近付いて・・・それで、女性に眼を見られて・・・それで・・・こっちに来た?
「つまり・・・僕はあの女性と一緒に眠っている?」
「多分だけど、あの女も雄介君と同じ奇病を持っている人だと思うの。眼を見た相手を強制的に眠らせる、とか?」
「そんな無茶苦茶な・・・って、他人の事言える立場じゃないんだったな僕は」
だが、もしそうだとしたら、宮代さんの言う夢の主を倒す事は有力かもしれない。僕は今、あの女性に強制的に眠らされている。言わば鎖で繋がれたような状況だ。鎖である女性を倒せば、僕は夢から覚める事が出来る・・・はず。
「大体は分かりました。でも、肝心の女性の姿は何処に? 僕は憶えていないので、宮代さんしか知りませんよ?」
「任せて。確かに印象には残らない平凡な女だったけど、この夢の住人達はみんな派手か化け物。平凡な方が却って目立つ」
「見つける為にも、どこか高い場所から見下ろした方がいいかもしれませんね。どこかに建物の屋上に上れる階段があればいいんですけど」
「雄介君、体重ジャスト50だよね?」
「当たり前のように当てるな・・・それが何か?」
すると、宮代さんは扉の前に置いていた棚をどかし、僕の体をヒョイと抱えると、扉を蹴り破って外に出た。外に出ると、僕らを襲ってきた狂人達が突然出てきた僕らを見て固まっているが、今にも襲い掛かってきそうである。
「何か考えがあっての行動ですよね!?」
「もちろん! 上に行くんだよ!」
宮代さんは助走をつけて飛び上がり、狂人達を踏み台にしながら更に高く跳び上がっていく。四度目に跳躍した時、宮代さんが跳んだ方向は建物の壁に変わり、壁に激突する間際、壁を蹴って反対側の建物の壁へと飛ぶ。そうやって交互に飛んでいき、建物の屋根へと飛び移った。相変わらず常人離れした身体能力だな。
屋根に辿り着いた僕らは辺りを一望し、奇々怪々な狂人の群衆の中から平凡な女性を探していく。
「どうです? 見つかりました?」
「う~ん、見つからないなー。平凡だからすぐに見つけられると思ったんだけど」
「さっきから平凡って言ってますけど、具体的にどんな感じなんですか?」
「えっと、こぅー・・・地味ではないけど派手でもない。顔が悪い訳じゃないけど、美人ではない・・・感じ?」
「余計分かんなくなってきましたよ・・・一体どんな人なんだ?」
「こんな人だよ」
「「ん?」」
後ろを振り向くと、いつの間にかそこには平凡な服を着た平凡な女性が立っていた。
「この人ですか?」
「そうそう! こいつこいつ!」
「あ、そっか! この人なんですね!」
「「ぶっ殺す!!!」」
僕と宮代さんは同時に女性に襲い掛かった。無論、僕も宮代さんも殺すつもりで。しかし、僕らの攻撃が女性に届く前に、異変が起こった。飛びかかった僕らの体が、突然横に落ちていった。
奇妙な現象に訳も分からずにいると、宮代さんが空中で僕をキャッチし、建物の壁に着地した。
「雄介君、どこにも怪我は!?」
「宮代さんのお陰で無傷ですよ・・・それにしても、妙な感じですね」
「うん・・・これは、気を引き締めていかないとマズいかも・・・」
まるで伏せていた物を立たせたかのように、世界が傾いた。道を練り歩いていた狂人達や、拘束されていた巨人達が、雨のように世界から放り投げられていく。
そんな中、あの平凡な女性だけが、未だ屋根に立ったまま微動だにしていなかった。
次回
「侵食される夢」




