着ぐるみの中にヤンデレがいる
今日は土曜日。学校の退屈な授業から解放される貴重な休日だ。しかし、休みの日だというのに、特にやる事もやらなければいけない事も無い。だが、このまま休日を寝て過ごすのは勿体ない気がする。
という事で、現在僕は最近出来たばかりのショッピングモールに来ていた。なんでも、このモール内には生活に関係する全ての物が揃っているらしい。それだけでなく、飲食店も多彩に揃っているようで、開店前から話題になっていた店もあるという。
しかしそんな事はどうでもいい。僕にとって重要なのは、どれだけ建物がデカいかという事だけだ。そして、実際目にしてみた僕の率直な感想は。
「・・・ワクワクするな」
滅茶苦茶デカくてテンションが上がる。おまけに外観が物凄い違法建築っぽい見た目だ。大昔に存在していたと言われる伝説の街、九龍城を彷彿とさせる。
もうすっかり虜になってしまった僕は、尚も湧き立つワクワク感を胸に秘めながら、中へ入っていく。
「じゃーん!」
「・・・凄」
中に入ってみて、僕はまた度肝を抜かされた。モール内も滅茶苦茶だったのだ。天井の高さは雲の上かのようで、プロペラが付いた巨大な戦闘機の模型が、実際に空を飛んでいるかのように天井から吊り下がっている。通路も大勢の人が行き来できるように広く、横に100人並んでも余裕そうだ。そして特に注目したのは、このモール内に建物がある事に衝撃を受けた。一つ一つが普通の家くらいの大きさで、そこで各々が店を構えている。
正直、期待以上だ。建物のデカさも気に入ったが、何よりも一番気に入ったのが、安全面なんか全く考慮していない所。吊り下げられている戦闘機の模型が一機でも落ちれば大事故だし、奥に行けば行くほど入り組んでいるようなので、最悪二度とここから出られない可能性がある。
「まさに最高の馬鹿が作った最低な建物だ・・・よし、帰るか」
このショッピングモールの魅力は十分堪能したし、何か問題が起きる前にさっさとここから離れた方がいいな。他の客も入った途端に慌てて帰っているし、みんな危険を察知しているんだろう。
「お~い! お~~~い!」
この様子じゃ、明日にでも閉鎖されそうだな。これだけデカい建物を建てたんだ、莫大な金が掛かったんだろう。なら早めに閉鎖して、少しでも赤字が増えるのを阻止した方がいい・・・まぁ、それでも大赤字に変わりないだろうけど。
「あれ~? 聞こえないのかな~? お~い!」
「・・・」
敢えて見ないようにしていたが、さっきから僕の傍にいる熊の着ぐるみは何なんだ? 客引きにしては限定的過ぎるし、何より僕が歩く方向に立つものだから邪魔だ。というか、こいつの所為でモール内から出られない。
「・・・なんですか?」
このまま無視し続けても出られないから、仕方なく着ぐるみに返事をしてみた。そしたら、着ぐるみはジッと僕を見下ろしたまま動かなくなってしまった。身長が僕より一回りも大きいのもあって、滅茶苦茶怖い。顔も着ぐるみにしてはリアルに寄り過ぎていて、恐らく熊なのだろうが、眼が真っ黒に染まっていて、少しだけ開いている口から見える牙がゾッとする。
「あの・・・用が無いなら、帰ってもいいですか?」
再度着ぐるみに尋ねてみた。すると、着ぐるみからジーッという音が聴こえ、視線を着ぐるみの顔から体部分に移すと、着ぐるみのチャックが徐々に下がっていた。
チャックが完全に下がり切ると、着ぐるみの中から腕が伸びてきて、僕の腕をガッチリと掴むと、着ぐるみの中へと飲み込んだ。唐突に視界が暗闇で一杯になり、半ばパニックなってしまった。
「だ、誰だ! なんでこんな事!」
声を震わせながらも、僕は着ぐるみの中にいた人物に怒鳴った。正直、今まで生きてきた中で一番怯えている。僕の事を殺しにくる人間には何度か会っているが、それらの人らには常識が存在していた。
だがこいつは違う。目的が全く分からない不気味さと非常識さの両方を兼ね備えている、言わば狂人だ。
「ちょっと待ってて・・・え~と、どこにあったっけ?」
女性の声だ・・・しかも、どこかで・・・いや、間違いない! 今僕の目の前にいるこの人は、こいつの正体は!
「宮代さ―――」
「ばぁ!」
宮代さんの名前を呼び掛けた時、着ぐるみ内で明かりが点き、顔の部分だけが青白い光に照らされた宮代さんが、暗闇の中から突然現れた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!」
「きゃあぁぁぁ!」
僕の情けない悲鳴に釣られて宮代さんも叫び声を上げた。しかし、宮代さんはただ単に僕の真似をしたようで、表情は笑ったままだった。
「あははは! 雄介君ビックリし過ぎだよー!」
「ッ!? この馬鹿!!!」
度が過ぎている悪戯に苛立ち、僕は宮代さんに頭突きを放った。しかし、宮代さんはヒョイと躱し、僕を身動きさせないようにキツく抱きしめてくる。
「雄介君から抱きしめにくるなんて、今日は良い日ね・・・!」
「抱きしめにいったんじゃない! あんたの顔面叩き割ろうとしたんだよ!」
「相変わらずのツンデレね!」
「誰がッ! 離せ! くっそ、動けない・・・!」
体を抱きしめられている事に加え、着ぐるみの中という狭い空間の為、上手く体が動かせずにいた。おまけに暑苦しく、もう既に全身汗まみれになっている。
「雄介君~、どうしてメールを返してくれなかったの~?」
「あ!? メール?」
「もー! 今朝から沢山送ったのに!」
そういえば、4時くらいから携帯の着信音がうるさかったな・・・って!
「あんたの仕業かー!!!」
「そうだよ!」
「朝の4時は早いんだよ!!! おかげで睡眠時間はたったの3時間だったよ!!!」
「雄介君、いつも24時に寝るもんね?」
「分かってるなら送るな!!!」
「だってだって! 休みの日に雄介君とデートしたかったんだもん!」
こいつ・・・! 本田さんの一件から、ますます鬱陶しくなってる! 人前でも抱き着いてくるし、家の晩ご飯を一緒に食べる事が当たり前になってきているというのに、休日まで絡んでくると、過労死しそうだよ・・・いや、死ねないけどさ。
「・・・夢みたい。こうして雄介君と二人だけの空間で、こんなに密着し合えるなんて」
「暑いだけですよ」
「私の汗と雄介君の汗が混ざり合って・・・このまま一緒に溶けちゃいたいな」
「宮代さんは溶けるかもしれませんが、僕は暑さに苦しみ続けるだけですよ」
「もー! 少しはロマンチックな雰囲気になろうよー!」
「ならこっから出してくださいよ! 暑くてさっきから冷静になれないんですよ!?」
「それじゃあここから出してあげたら、私とデートしよ?」
「なっ・・・!?」
その条件は僕に何の利点も無い。このまま密着され続けても地獄、ここから出れても密着されて地獄。完全に宮代さんだけが得をする。
まさか、これを狙っていたのか? 宮代さんは今朝、僕にデートのお誘いのメールを送っていたと言っていた。でも返事が来なくて、強制的に僕をデートに引きずり込もうと、こんな真似をしたというのか?
「・・・卑怯ですよ、宮代さん」
「ん~、何の事か分かんないな!」
その反応で確信した。完全に狙っていたな。もうこうなってしまえば、僕が取る選択は一つしかない。
「・・・分かりました。デート、しましょう」
「ッ!? ええ、喜んで!」
なんか僕から誘ったみたいになったけど、これで解放されるなら仕方がない。背中から気持ちのいい冷房の風が撫でていくのを感じる。どうやら着ぐるみのチャックが開いたようだ。
着ぐるみの中から出ると、僕の体は予想よりも汗まみれで、着ていたシャツやパンツに汗が染み込み、体に密着している。
すると、宮代さんも着ぐるみから出てきて、僕以上に汗まみれになっていた。汗で密着しているシャツで体のラインがくっきりと表れ、下着や白い肌が透けていた。それは最早下着姿と同様で、男の僕が平気で見れるものじゃなかった。
「・・・とりあえず、着替えを買いに行きませんか?」
「・・・そうだね」
僕らは汗を拭くタオルと、着替えの服を買いに服屋を目指した。幸いなのは、僕らが着ぐるみ内で言い争いをしている間に、モール内に残っていた客が一人残らず消えていた事だ。
次回
「ヤンデレとの初デート」




