お茶会
本田さんがクラス中で話題になってから一週間が経った。本田さんの人気は衰えるどころか増していき、今では後輩や先輩からも声を掛けられる程の人気になっていた。もう既に何人かの男子から告白を受けたらしく、その中にはファンクラブが出来る程モテモテの先輩もいたとか。
しかし、本田さんはそれらの告白を全て断っている。その理由は「他に好きな人がいるので・・・。」との事。学校の連中は本田さんの想い人が誰なのか予想し、噂では賭けをしている人達もいるらしい。
「本田さん・・・ちょっと、時間いいかな?」
僕が帰ろうと廊下に出た時、教室に一人の男子が本田さんに声を掛けた。握りしめた手は震え、顔はトマトのように真っ赤になっている。
(おそらく告白だろうな、人気者は忙しくって大変だね)
なんて思っていた矢先。
「ごめんなさい。今日は、予定があって・・・」
そう言って、本田さんは僕に視線を向けた。続いて教室中のクラスメイトも僕に視線を動かし、呆然と立ち尽くす僕を見ていた。
「北崎君」
僕から視線を外さずに、本田さんが僕の前に近付いてくる。すると、カバンから眼鏡ケースを取り出し、中にある眼鏡を着けてニコッと笑った。
「今日、家に来て欲しいな。またお茶でも飲んで、お話したい」
その発言に、ザワザワとざわめくクラスメイト達。困惑や怒りの声や視線が、一点に僕へ向けられる。調子のいい奴らだ。以前までの本田さんだったら、そんな感情湧かなかったはずだというのに。
だから僕は、ワザと大きな声で返事を返した。
「いいよ! また前みたいに本田さんのお茶飲みたいな!」
「ほ、ほんとですか! 嬉しいです!」
一層ざわめくクラスメイト達。ざまぁみろ!・・・と思ったのだが、僕は重要な事を忘れていた。
「私も行っていいかな? 本田さん?」
「ッ!? あなたは宮代・・・さん・・・!」
そうだった・・・僕は宮代さんに付き纏われてるんだった。もうすっかり放課後まで一緒に帰る事になって、一人の時間が授業中と就寝の間だけになっている。
突然の宮代さんの登場に、クラスメイトは声を上げて驚いた。まぁそりゃそうだ。今ここに、男女問わずモテる二人がいるのだから。そしてその二人が僕と知り合いだと分かれば、そりゃ声も出るよ。
「雄介君ー、私も一緒に行きたいな~!」
「抱き着くな!・・・はぁ・・・という事なんだけど、いいかな?」
「え・・・その・・・」
「一人増えても同じよ・・・それとも、雄介君と二人っきりじゃなきゃ駄目だったかしら?」
「ッ!?・・・わ、分かり、ました・・・!」
「やった! それじゃあ早速行こーう!」
そう言って、宮代さんは僕の腕を引っ張って走り出した。この人、足が異様に速いから合わせるの大変なんだよ・・・。
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「ここが、私の家です」
「へぇー。結構良い家なんだね?」
「北崎君は、前にも来たから良く知ってるよね?」
「いや、よくは知らないけど・・・まぁ、良い家だと僕も思いますよ」
といっても、それは外側の話だけど。中の荒れっぷりを見て、宮代さん帰ってくんないかなー。そんな淡い期待を寄せつつ、僕らは本田さんの家にお邪魔した。
家の中に入ってすぐ、僕は違和感を覚えた。以前来た時に見たゴミや割れた食器が散乱した廊下や、絵の具でグチャグチャな壁が全て無くなって綺麗になっていた。
「・・・綺麗になってる」
「業者さんにお願いして綺麗にしてもらったの。さ、北崎君」
なるほど業者さんか、流石はプロだな。あの荒れ果てた家の中を新築同様に綺麗にした業者さんの腕に感激しながら、本田さんが出してくれたスリッパに履き替える。
「ん? 宮代さんの分は?」
「ごめんなさい。二人分しか用意出来てないんです・・・宮内さん、いいですか?」
「別に私はいいよ。無理言って参加したんだから」
なんだろう・・・凄く、空気が悪い。さっきから見えない戦いが始まっているようだ・・・気のせいかな?
廊下を進んでいき、奥の部屋へと入っていく。部屋の中は綺麗に片付かれており、以前来た時にもあったテーブルが残っている。
僕が前に座った時と同じ席に座ると、本田さんも以前と同じく僕の隣に座った。
「宮代さんは前の席に座ってください」
「ありがとう・・・その前に、お手洗いを貸してもらっていいかな?」
「ええ。構いません」
「それじゃあ・・・すぐ戻ってくるから心配しないで、雄介君」
「僕に構わず、ゆっくり行ってきてくださいよ」
宮代さんが部屋を出ていき、僕は束の間の休息を得られた。まぁ、ほんとに束の間なんだけど・・・。
「北崎君」
僕が椅子にグデッとしている間に、本田さんはお茶の準備をしていたようで、テーブルの上に二人分のカップと紅茶が入ったポットが置かれていた。
「宮代さんの分は後にして、先に始めましょう」
「うん、そうだね」
紅茶が注がれたカップを手にし、火傷に注意してゆっくりと飲んでいく。前の時もだったけど、やっぱり飲みやすくて美味しい。これなら後何杯でも・・・ん? なんだろう、何か違和感がある。
美味しい・・・そう、美味しい紅茶だ。だけど、前の時に感じた心地よい風のような風味の中に、僅かに苦味がある。その苦味は風味を消し飛ばし、僕の体に残り続けていた。頭がフワフワとし始めて、視界がどんどん閉じていく・・・薬、か?
「なんか・・・眠く、なってきた・・・」
「あら? 無理しなくてもいいんですよ、北崎君」
立ち上がろうとしたが、上手く力が入らず、派手に床に倒れていく。だんだんと体から力が抜けていき、声を出すのも困難になってきた。
「本田・・・さん・・・!」
「睡魔に身を委ねてください。あの人を片付けたら、その後はゆっくりと二人で楽しみましょう・・・ね、北崎君」
間違いない・・・盛られた、薬を・・・! それに、本田さんの言った事が本気なら、宮代さんの身が危険だ。なんとかして、伝えないと・・・駄目だ、もう目を開ける事も辛くなってきた。
睡魔に耐えられなくなり、目を閉じかけたその時、黒いレインコートを着た人物が部屋に入ってきた。
「・・・宮代・・・さん?」
駄目だ、もう・・・限界・・・だ―――
「・・・ん・・・んん・・・あれ、ここは・・・?」
目を覚ますと、僕はアスファルトの壁に囲まれた部屋に横になっていた。気だるさが残った体を無理矢理起こし、冷たいアスファルトの壁にもたれながら、扉へと向かう。
扉を開けた先には階段が上に続いており、階段の先には鉄製の扉があった。僕は階段を犬のように手と足を使って上っていき、鉄の扉に身を寄せながら開けた。
「わっ!?」
扉の先にある柔らかい何かに受け止められた。その何かにしがみつきながら顔を上げると、僕のすぐ目の前に、宮代さんの顔があった。
「宮代、さん・・・?」
「起きたんだね。おはよ、雄介君! ギュ―!」
「く、苦しい・・・離し、て・・・!」
「もうちょっとこのまま!」
「起きたばっかで呼吸が上手く出来なくて・・・どっか、座れる所に・・・!」
すると、宮代さんは僕に抱き着いたまま、ソファの上に倒れ込んだ。普通に座らせてほしかったし、座るのは僕だけで良かったんだけど・・・。
「うぅ・・・ここって、どこですか・・・?」
「私の家、かな? 一応。なんにせよ、ここは安全だよ!」
「安全って・・・あー、思い出してきた。そういえば僕、本田さんに一服盛られたんですね」
まさか紅茶に睡眠薬を盛られるとは。本田さんも大胆な事をする。というか、ここにいるって事は、宮代さんは本田さんの家から僕を連れ出してこれたって事だよな?
「本田さんはどうしたんですか?」
「まだ殺してないよ?」
まだって、殺すのは確定なのか・・・いや、宮代さんならあり得るな。自惚れだけど、僕の身に危険が迫ったのなら、迷わず殺しにかかるだろう。
だとしたら、どうして宮代さんは本田さんを見逃したんだろうか?
「雄介君。雄介君は、本田美也子を殺したいって思ってないでしょ?」
「そりゃそうでしょ。別に殺したい程憎んでる訳じゃないですし」
「でも薬を盛ったんだよ? 未遂で終わらせたけど、あの後どうなってたのか、分かるよね?」
「・・・僕を食べる、ですか?」
「そうだね」
「そっか・・・助けてくれてありがとうございます、宮代さん」
宮代さんに感謝を伝え、ソファから立ち上がる。まだ体は鈍っているが、動けない程ではない。
「あの子の所に行くの?」
「はい。今度こそ、本田さんを変えてみせますよ」
「変えられないよ・・・と言っても、雄介君は行くんでしょ?」
「もちろんです。本田さんは普通の幸せを掴みかけてるんです。このまま放っておいたら、せっかく掴みかけた幸せが無くなってしまう・・・化け物になんか、僕がさせませんよ」
僕がそう宣言すると、それから宮代さんは何も言わなくなった。宮代さんの家から出ると、もう夜になっていた。
「・・・行くか」
まずは鈍くなっている体をほぐす為に、無理矢理にでも体を動かして走っていく。話すだけで済むなら良いが、おそらく手荒な真似をする事になる。
僕が羨む程まで変われたんだ。絶対に彼女を僕のような化け物になんかさせない! だって彼女は、あんなに綺麗なんだから!
次回
「人間と化け物の境界線」




