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山神  作者: 勠
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山神対黒葉

「覚悟は出来てるか?」

 

 石勝高校に暴力団が侵入したという速報が流れた時には、死体が足の踏み場が無いほど転がっていた。

 この事件で生き残った人数はたった十名であった。前代未聞の大事件は歪んだ愛情によって引き起こされた。

 

 事件を起こした人物は佐々木という。動機は愛娘の奪還。

 佐々木は愛妻家であり、娘が産まれた際に妻を亡くした。死因は出産時の出血多量。だが、佐々木は愛娘が死因だと思い込んだ。

 最愛の妻を亡くした佐々木は凶変する。

 順風満帆な生活が借金まみれの貧乏生活に変わった。元々は、真面目で仕事熱心だった。上司も部下も厚い信頼を佐々木に寄せており、稼ぎも多かった。一軒家に住みながら、多額の貯金もあった。だが、その信頼も貯金も凄まじい早さで無くなった。

 ギャンブル、たばこ、酒にどっぷりハマり娘の育児はせず、家事もせず、仕事も辞めた。金に困るとかつての部下から金を巻き上げ、金融機関で受けられる支援を根こそぎ不正使用し続けた。

 ある日、佐々木は元部下達から告訴され、逮捕にまで至った。捜査により、支援の不正利用も発覚した。

 ところで、佐々木の娘は生まれたばかりだ。一人で生活など出来ない。佐々木の家を捜索すれば、赤ん坊の遺体が見つかりそうだが、家はごみで溢れているだけだった。

 警察は佐々木に娘がいる事は分かっていた。当然、娘の行方は掴んではいる。しかし、掴んだ時点で娘の居場所は最悪だった。その居場所は山に神と表記する「やまがみ」と名乗る組織であった。

 警察はこの山神を野放しにしていた。そして数多にある他組織の存在を分かっていながら、何一つ解決策を見出していない。

 組織によって起きた事件がニュースになれば万歳。遺体が見つかれば奇跡。年間多くの行方不明者がいるが、闇に葬られる。

 佐々木には心当たりしかなかったので、愛娘の捜索を警察に頼みもしなかった。

 部下を脅し、支援を不正利用しても金が足りず、ヤクザから金を借りていたからだ。

 自分の居ない間に借りたヤクザに誘拐されたのだと思い愛娘を奪った復讐を決意した。

 

「はぁ?あの家に赤ん坊!?」

 山神の組長、藤町ふじまちが焦りながら部下に思わず怒鳴った。

「おい。落ち着けフジ。」

 藤町をフジと呼んだ男は副組長で山上やまがみという。

「お前、もうちょい詳しく。」

 藤町にビビっている部下に山上が冷静な口調で呼びかけた。

「そうだ!詳しく言え!」

 藤町が興奮気味に大声で急かすので部下は声を出せずにいた。

「フジ、黙れ。」

「いや!だってよ!ほんとに居たらどうすんだよ!」

「黙れって。」

「落ちつけねぇ!なんでヤマはそんな冷静なんだ?それでも人間かよ!

「黙れよ!今は情報を聞くのが先だろ!」

 しつこい藤町に山上がとうとう怒鳴った。藤町はビクッとしてから黙った。

 部下によるといるのは確実らしく、藤町の命令で、情報を報告してきた部下に加えて、いつも佐々木家に訪れている部下二名と山上で行くことになった。

 翌日、容赦なく佐々木家のドアを蹴破って家の中に入ると、虫の息になっている赤ん坊がいた。

 急いで山神の傘下である病院に連れて行くと、この赤ん坊を助けたければ、大きいしっかりとした病院でなければ、助からないと言われた。

 傘下の病院長の紹介された総合病院に連れて行くと奇跡的に命に別状はなかった。

 ちなみに、佐々木が居ようが居まいが、赤ん坊が居れば連れ出す気でいた。藤町はヤクザのくせに子供が好きだという一面があった。

 藤町が赤ん坊の世話を自分からやりたいと申し出た。組長に反抗する者は当然いない。

 藤町は赤ん坊に「桜」と名付けた。

 桜は組全員で愛情込めて育てた。

 

 「山神」という組織名は当時の組長である「山上」が由来だ。現在、組長が山上でないのは、組で唯一の既婚者であり、子持ちであったからだ。山上と藤町は子供の時からの仲で親友と呼べる間柄だ。

 この、組長の変更が桜を迎え入れる二か月前のことだった。桜は保護した時、産後一か月程らしかったが、藤町は迎え入れた日を誕生日とした。山上の子と桜は同い年であり、誕生日はたった二か月差だ。

 山上の子供は男の子で、名前は「龍」という。鍛え上げられるのは生まれて性別が分かるとすぐに確定した。目的は「弱すぎる組長の用心棒にする事」。だが、この目標は「桜を守る為」に変わった。

 

 山上は強過ぎることから組織一個分の力があると警察からも他組織からも恐れられていた。そんな山上による龍への指導は厳しいもので高校入学時に山神№2の強さになった。しかし、強さと引き換えに感情を失った。

 

 龍は高校に入学するとすぐに、やたら絡んでくる男に会う。佐島臣斗さとう じんとだ。桜が山神に保護された日から一か月後に佐島という部下にも息子が誕生していた。出来ちゃった婚ではあるが、夫婦円満で愛情一杯に臣斗を強くした。目的は「龍の用心棒にする為」。

 龍は積極的に絡んでくる臣斗が何者かすぐに気づいた。親交が深まるのに暫く掛かったが、山上と藤町によく似た仲になった。

 

 桜は高校に入っても中々周りに馴染めなかった。極度の人見知りなのだ。

 桜には秘密があり、幼い頃から龍の姿を見て、密かに好意を抱いていた。

 ずっと龍には話しかけたいと思っていたが、タイミングが合わなかったり、話しかけられても龍が山上に呼ばれてしまって会話が出来なかったりと絡めなかった。

 ある日、好きが溢れて我慢出来なくなった桜は龍に当たって砕けろ精神で告白を行った。龍には「好き」という感情がよく分からず、あっさりOKした。

 

 桜が高校生になるまでの時間、佐々木は組長に成り上がっていた。愛娘を奪還することだけを考え、かつての自分を取り戻し、組織に貢献した。佐々木の属した組織は黒葉くろばという。

 黒葉に属して十五年間、ひたすらに使われた。何度も死にかけ右の小指は根元からない。地獄を味わい続け組長になった日は泣き崩れた。

「やっと取り戻せる⋯⋯」

 

 叫び声が下から近づいてくる。非常事態なのは誰もが感じ取り、死を覚悟した。女子生徒は泣き喚き、男子生徒は死んだ魚の目をして絶望した。

「ジン、手を貸してくれ。」

 龍が落ち着いた声で臣斗に声を掛けた。

「おう!」

 臣斗が元気よく応えた。

「桜、俺から離れるな。」

「うん⋯⋯」

 桜が龍の傍に近寄る。

 バン!

 教室のドアが蹴飛ばされた。教室内の生徒大半が蹴破られた黒板側ではなく、反対側のドアから廊下に飛び出て行った。極数人は窓から飛び降りたが、教室は四階だ。

 教室に男達が次々と入り込んだ。

「机も椅子も邪魔だ。」

 男が一人、ボソッと呟いた。すると他の男達が何も言わずに窓に向かって机と椅子を投げ飛ばした。

 黒板側に臣斗がいて、その隣に龍が立った。二人共、教室の真ん中に立っている。龍の後ろには桜が震えながら龍の腕を掴んで何とか立っていた。投げ飛ばされた机や椅子は龍や臣斗に向かって来たが、腕で龍は右に臣斗は左に跳ね返した。適当に投げられるので、教室の窓側に残っていた生徒は机に潰された。

「黒葉がここに何の用だ?」

 龍が問いかける。

「まさか今更、娘に会いに来たのか?佐々木さんよ。」

 更に臣斗が問いかける。

「うちの娘がお世話になったな。山神よ、返して貰うよ。」

 佐々木が答えると黒葉が襲い掛かってきた。

 龍は動かなかった。臣斗が全て一撃で倒していく。

「流石、山神。強いな。」

 急速に懐に飛び込んできた佐々木に臣斗は対応出来なかった。重い一撃を腹部に喰らった臣斗は白目を向いて倒れそうになる。佐々木はすかさず臣斗を後方へ背負い投げた。佐々木の部下が気絶している臣斗をリンチし始めた。

「お仲間一人死んだぞ。」

「あんなんで臣斗が殺れると思うな。」

 龍は佐々木と至近距離で向き合い睨み合った。臣斗は未だに殴られていたが、意識は既に戻ってきていた。

「桜に触れるな。」

「何故、貴様の様なガキに命令されなきゃならんのだ。」

「俺はお前より強い。実力主義なのはよく分かっているだろ?」

「あぁ。お前は下克上とやらをしているか?」

「それをしに来たのか。」

「いいや。お前の下克上を俺が受けてやるって話だ。」

「何言ってやがる?」

「すぐに分かる。」

 パンッ!

 佐々木の平手打ちが桜の頬を捉えた。桜はコート掛けに頭を打って倒れた。

「おや?触れさせないんだろ?」

「覚悟は出来てるか?」

 龍の目から殺気が放たれる。相手を見くびり、己を過信した。とことん自分が嫌になった。

(俺って好きなのか⋯⋯)

 自分に呆れると同時に桜を殴った佐々木を殺したいと強く思った。そして初めて桜が好きなのだと気付いた。

 

 人は命に関わると必死に生き延びようとする。これは当たり前のことであり、人間が強くなれる一番の近道だ。

 佐々木はこの近道により、黒葉の組長に相応しい強さを手に入れた。

 山神は佐々木の動きをずっと追っていた。これは藤町の命令であった。藤町はいずれ佐々木が桜を奪いに来る気がした。龍はこの嫌な予感を藤町に会う度に口酸っぱく言われていた。

 

「俺の桜だ⋯⋯お前なんかに奪われて堪るか!」

「俺の桜?奪う?元はと言えばお前らが俺から奪ったんだろ!」

「ろくに育てもしないで、被害者ぶるな!」

「何故、その子が生きているか分かるか?育児をしなかったって?ふざけるな!」

「桜は瀕死で見つかった!それでも育児していたと胸を張って言えるか?!」

「俺の娘を返せぇ!」

 興奮状態の佐々木が龍に殴り掛かった。龍と佐々木の拳が交わり激しい殴り合いになった。

 若干、佐々木が優勢の様だったが、年齢による体力や筋力の差は圧倒的で、何より強くなるまでの努力が佐々木よりずっと龍の方がしていた。その差は年齢の差より歴然であった。

 血の滲む努力を龍は僅か三歳の時からずっとコツコツ行ってきた。佐々木は死を意識し続ける過酷な環境下ではあったが、多少強くなればその環境は変わる。一時の努力が長年の努力に敵うはずがない。

 

 死闘は長く続き、両者共に限界を超えた。佐々木が倒れ、その後すぐに龍が倒れた。実力はほぼ互角だが。実践経験は佐々木の方が勝っていた。しかし勝敗を決めたのはやはり、努力の差であった。

 

「俺の桜!って言われたの凄く嬉しかった。カッコよかったよ!」

「お前、聞いてたのか。」

「うん!龍、大好き!」

「⋯⋯」

「えー言ってくれないの?」

「す⋯⋯俺もだ。」

「あっ!何で言いかけたのに⋯⋯」

 龍の唇が桜の唇に触れた。

「桜、大好きだよ。」

「⋯⋯龍、大好き。」

 二人は手を繋ぎながらその場を後にした。

「あいつら、帰りやがった。しかもイチャイチャしながら⋯⋯」

 二人から離れた位置に密かに臣斗が立っていた。二人のイチャイチャを目撃していたのは臣斗の他に警察もいた。割と早く石勝高校に到着していた警察は何もできずに正面玄関で指を加えていただけだったが、臣斗の呼びかけにより、事態収拾の為ようやく動き出した。

 ちなみに臣斗は佐々木と龍が一対一を行えるように黒葉の部下を全員気絶させていた。この事に龍も桜も気付いていなかった。龍は佐々木に夢中で、桜は龍に夢中だったからだ。陰で活躍し後処理も臣斗が協力した。この功績として、佐島は山上を同じ副組長の座を獲得した。

 

 努力は報われる。この言葉は果たして本当なのだろうか⋯⋯

 

 

連載予定です

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