第4話「目覚め」
「・・・今日も月の光が染まっているな。不愉快だ」
『黒須学園生徒会に所属している真剣少女』
――――― 南郷 雹華 ―――――
「おやおや、これは“生徒会の忠犬”で有名な南郷さんじゃないですか~」
『『刺激的』な毎日を求めた黒須学園高等部二年の少女』
――――― 矢吹 十美歌 ―――――
「本当だ~イケないなぁ。いい子がこんな夜中にしかもこんな危ない場所で~」
『『衝撃的』な出来事を望んだ黒須学園高等部二年の少女』
――――― 西院 菊里 ―――――
・・・・目覚メロ・・・
・・・吾ヲ見ヨ・・・
・・・吾ヲ・・・使エ・・・
サスレバ・・・絶大ナ力ガオ前ニ授カル・・・
・・・サァ・・・叫号シロ・・・呼応シロ・・・覚醒シロ・・・
・・・吾ノ名ハ・・・
※
「・・・・またあの夢かよ・・・」
零は布団から上半身を起こし、つい最近になって見始めた“夢の声”に目を覚まされた。男の声でも女の声でも、老人の声でも子供の声でも、悪意ある声でも善意ある声でも無い、虚空に消えてしまんじゃないかと思わせる脆くも力強い矛盾した“夢の声”。確信持てない夢だけあって今まで気にしないでいたが、今回のケースは別物だった。
(今回のは・・・はっきりと聞こえた・・・・)
夢なんて最後まで覚えていたことなんて極稀なこと以外記憶に無い。それに、あそこまでハッキリと明確に聞こえ、その上ちゃんと覚えている。若干の悪寒を感じ取りながらも、ふと時計を見ると午前三時、まだ夜中だ。
「・・・こちとら寝不足になっちまうよ・・・・・・・・・」
零は頭をポリポリと掻いて、しばらくすると考え始める。何かの予兆? 何かって何? ・・・・・分かる筈無い。
「・・・考えても分かんねぇや、寝よ・・・・・・・・・・・・・・」
先程から襲ってきている睡魔に負け、すぐに寝た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場所は変わり、零たちが住んでいる町《帝黒町》のとある廃棄された工場跡地、そこには生徒会の“何らか”仕事を受けた南郷雹華が一人佇んでいた。破損された工場の屋根から零れる月の光が、雹華の浅葱色の髪が流麗に見える。
「・・・今日も月の光が染まっているな。至極不愉快だ」
雹華は夜闇を照らす月を睨みながら独り呟くと、雹華の後ろから二人の少女がやって来た。
「おやおや、これは“生徒会の忠犬”で有名な南郷さんじゃないですか~」
「本当だ~イケないなぁ。いい子がこんな夜中に、しかもこんな危ない場所で」
二人の少女はまるで雹華をからかうように喋ってきた。雹華の綺麗に伸びた髪をしたポニーテールを靡かせてその二人の少女を見た。
制服を臆さず隠さず堂々と着ており、それはつまり雹華たちが通う《黒須学園》というイメージを堂々と夜遊びをしている学園だとアピールしているといると同義だ。
「そんな危ない場所に黒須学園の生徒が出入りをしていると情報があったのでな。来てみればソコにお前達が居たんだよ。黒須学園高等部二年三組、雷山迅風先生が担任の矢吹十美歌、西院菊里」
「はっ・・・呼び捨てかよ」
「トミカの苗字初めて聞いたわ〜」
何とも二人の調子はバラバラで、お互いを見て笑って言っている。
反省の色も、焦る様子も無い二人の生徒に、雹華は度し難い気持ちで睥睨する。そして同時にどのような方法で隠していたのか突如、背中から己の背丈より軽く越している長い漆色の鞘に納めている『長太刀』が出現し、その鞘に納刀したままの状態で柄と鞘を握り、二人に見せるようにして告げる。
「即刻、自宅に帰れ。事情等は明日じっくり学園で聞かせてもらう。もしそれを拒否、或いは否定をすれば・・・・・」
雹華は静かにそう言うと、長太刀を目線の高さまで伸ばし、二人に鯉口を切ってみせる。鉄色に輝くハバキに銀色に輝く刀の棟が剥き出しになり、『刃物のよる恐怖』でここで終いしようと考えていた雹華だったのだが、予想がまたしても反して彼女を裏切らせる。
だが二人は全く動じておらず、逆に少し刺激を与えてしまった。
「強制的ねぇ〜、全くそれは構わないんだけど、私らのリーダーが大人しくしてアンタの言うこと聞いてくれるか・・・・・・・・・・分かんないよ?」
十美歌は笑う、だがその笑いにはけして戯れた笑いでは無かった。まるでリーダーの強さに対して“絶対的な強さ”に自信がある。そんな様子の笑みだった。
ならば、と雹華は仕方なく別の方法で二人を納得させることに変えた。
「・・・なるほど・・・・・・・・そのリーダーとかいう者がお前たち二人をたぶらかした者なのだな」
雹華のその一言で一瞬にして、その場の温度が急激に下がったことを感じ取った。十美歌と菊里の様子も変わってきていた。
「・・・たぶらかした・・・・・ね・・・・・・・こっちの事情も知らないで何言ってんのかしらね、生徒会の犬さん」
十美歌はゆっくりと雹華の元に歩いて行く。十美歌はさっきのふざけてる様子も無くなり、真剣な表情と変化していた。
「・・・キクリ、コイツ殺ろうよ。リーダーの楽しみを邪魔するってコイツ」
あきらかにまともな思考じゃない事を言動で察知した雹華は『長太刀』を前に出す。そしてそんな雹華の動作と同じ速さで十美歌は黒須学園特有の制服である黒いブレザーの内側から何やら薄い紙を出してきた。市販では無く、まるで呪詛を文字と紋様にしたような羅列で並んでいる紙。そしてその紙を雹華目掛けて、
「・・・・蛇縛符!」
十美歌の言葉と同時に紙を飛ばすように投げれば、明らかに空気抵抗など物理法則を嘲笑うが如く“ソレ”が雹華に向かって容赦なく襲う。その紙から吹き出すように表れたのは黒い蛇らしき縄が雹華の手足を縛り付け、拘束する。
「くっ!? 何だこれは!!」
雹華は手足など四肢を縛り締める黒い蛇縄を解こうとするが、すればするほど逆にギシギシと、四肢を締めていく。
「私は『符術師』だ、普通の学生と思って舐めて掛かると・・・・・・死ぬよ?」
十美歌はさっきのふざけてる雰囲気はすっかりと霧散しており、今は辺りが凍りつきそうな程の殺気を出している、菊里は縛りついている雹華を眺めながら笑っている。
「アハハハハハ!! そっちから“強制的”にやって来ておいて早速捕まるとかバカじゃないの~♪ それとも縛られるのがスキだったりするんですかぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雹華は縛り付けられながらも二人を睨む眼光は衰えない。十美歌と菊理を睨みつけてくる雹華を見てまた笑う菊理。十美歌はまた懐から新しい符紙を取り出している。
「・・・符術なんて一体何処から学んできたんだ、しかもこんな高度な術まで使いこなすなんて・・・・・」
雹華は二人を睨み続けながらも疑問に思ったことを問う、だが答えるハズも無かった、だが西堂は少し驚いた顔をしていた
「・・・・・何故この符術が高度な術だと分かった?」
「いやなに、符術とは元々、中国から伝わり風水符など、病気を無くす為に使う写紙としても使っていたハズだろ? それなのに攻衝型の符紙があるとはいえあんな短縮で、しかも呪文を唱えただけで私を縛りつけるなど…高度な術しかあり得ないと思ってな」
「・・・・ふん、大した自信だな。私が使った符術は日本古来から伝わる陰陽術を用いた符術の一つだ。まぁ、話す必要はないがな」
十美歌は縛られている雹華を見ながら軽く笑い言い放つ『お前ごときが分かるハズが無いだろ』といった感じで。だが最後の止めを刺そうとする為に雹華に近付いて行くと・・・・、
「・・・・・!?・・・・・」
雹華に近付いていた十美歌が動きを止めた。理由は実に簡単で、真後ろから明らか〝剥き出しの敵意〟を感じ取ったからだ。十美歌は静かに符紙を落し、背後に居る人影に抵抗の無いことを示す。
「・・・何故だ・・・・何故私の後ろに立って居る、〝南郷雹華〟!!」
十美歌は怒鳴りながら背後に立っているであろう相手の名を叫んだ。それもそのハズで、縛り付けている相手が何故か自分の背後に立っていたのだから驚愕ものだ。
しかも雹華が持つ《長太刀》を十美歌の背中に突きつけている。
「・・・・甘いな矢吹同級生、私が何の準備も無しでお前達の前に姿を見せると思ったか?」
雹華は《長太刀》を十美歌の背中に突きつけたまま笑う、十美歌は持っていた筈の掌に空を力強く握りしめるように、視線だけ雹華に向けた。
「クソ・・・・こっちは偽物か!!」
十美歌は縛りつけていた偽物の雹華の〈蛇縛符〉に念を送ると偽物だった雹華の身体を、黒き蛇縄が絞め、身体の骨が砕けていく音と肉が締め付けられていく音が静かな廃工場に響いていった。
雹華は自分の身体が無惨になる様子を見ながらゆっくりと太刀を十美歌の首筋に移動した。
「ふふふ、やはり良いものでは無いな。偽物とはいえ自分の身体が肉の塊になるのは」
と雹華は言いながらも不適な笑みを浮かべている。
「クソっ!! キクリぃ!! 何やってんだ、お前も手伝・・・え・・・・」
十美歌は首筋に太刀が向けられていることにも関わらず大声で矢吹が居る方向を見ると・・・・・、
「ハハ・・・・加勢は無理かな~トミカぁ」
錆れた椅子に座っている茶髪に染めた矢稲の頭に、後ろから《長太刀》を突きつけられた南郷雹華の姿があった。十美歌はまさか〝三人目〟までいるとは思わなかったのか、驚愕の眼差しで思考が停止してしまう。
菊里は涙目で十美歌を呼んでいた。
「もうやめておけ、無駄な抵抗だ」
矢稲の後ろに立っている雹華が静かに言う、だが何処か威圧感のある言い方で、停止していた十美歌の脳が燃え滾る怒りの炎が再火する。
「《妖刀育生計画》に邪魔なる火種は早く消し去るのみ、お前達が言うリーダーと言うのは〝霧崎鎖刀流〟では無いのか?」
“霧崎鎖刀流”と言う名前に二人いち早く反応した。恐らく二人は知ってるいる。・・・・あの気まぐれで戦闘狂のアイツを、雹華は苦水を飲んだ顔になりながら静かにそう思った。
「あっ、なっ・・・・何でリーダーの名前を・・・・・」
十美歌は口を開けてポカンとしているだけで、変わりに西院菊里が十美歌に代わって雹華に質問した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だが返ってきたのは雹華は無言の姿勢。菊里がチラッと後ろに立っている分身たるもう一人の雹華も見ると、とても寂しそうな顔をしていた。
するとそんな静寂が包む夜の廃棄工場に、無機物な機械音が鳴り響いた。ピピピーと鳴り響いている根源は菊里のポケットから聴こえてきた。
菊里はビクッ! としたがすぐにポケットに手を入れた。
「貴様・・・私の太刀が突きつけているのだぞ、勝手な行動して・・・・・」
「リーダーからなんだよ! 携帯に出ないと後でボコられんだよ、私とトミカが」
雹華は「むぅ・・・」と唸るだけで収まり、携帯の会話を許可した。
「ハイハ~イ! リーダー♪ 私だよ〜♪ 西院菊里ちゃんだよー!」
菊里はテンションちょい高めで携帯に出た。雹華の不思議な分身術を目の当たりにしても動じなかった菊里も、自分の命が関わるとやはり人間なのでかなり動揺してしまっていたのだ。雹華がどこまで本気なのか知らないが、内心菊里はかなりビクビクしながら電話にでている。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「アハハ・・・・・・・・・・・・・・ごめん」
相手の無言の威圧感で思わず謝ってしまう菊里だが、自分の置かれた状況でパニックしていたことに正気を取り戻す。雹華も軽く菊里の背中に太刀をくっつけるかくっつけないかの間で突っつき、話を促す事を進ませる。
「ひっ!!」
『・・・・・・お前何やってんだ?』
菊里の怯えた声に訝しく思った相手の主は、一体何があったのかを聞き出そうとし居る所で、携帯の音量を大にしていたことで少し雹華も聞いていた為に、無言で『誤魔化しなさい』の睨みで大人しく従う菊里。
「あっ、いや、その〜あぁ! そう言えばリーダーは今日来ないの? 廃工場に」
菊里は戸惑いながらも相手の動向を聞いてみるが、無言が続くばかりで不安だけが募っていく。
「何で来ないんだよ〜! 十美歌と私こんな時間から来てるのにさ〜」
『・・・あぁ・・・わりぃな。さっきまで飯食べてたんだよ・・・・所でよォ、相変わらず“妖力”で作った『分身』が得意みたいだな・・・・“雹華ちゃん”』
ゾクンッッ!! と雹華は背筋を震わせる。
コイツ、何処からか眺めてるのかと。だが雹華はたとえ電話越しや遠くから眺められてたとしても、悠然と構える姿勢を見せる。
『くくく・・・相変わらずあのクソ会長の言いなりになってンのか、南郷雹華』
雹華は菊里から携帯をぶんどる形で奪い、そして携帯に向かって叫んだ。
「白月会長の愚弄は赦さんぞ〝霧崎鎖刀流〟!!」
『ヒハハハハハ!!! やァっぱ居たか雹華ちゃ〜んよォ! 本当にまァ簡単に引っかかるな単細胞ォ、それに良く慕うねェ。それよりもよォあんなS野郎なんかより俺とつるもうぜェ、ひょう・・・・・・』
「黙れ・・・・逃避者が・・・・・」
霧崎であろう男が言い終える前に、雹華は携帯を宙に投げると一瞬にして切り刻まれた。
「きゃあああああっっっっ!! 私の携帯ぃ〜!!」
菊里は切り刻まれた携帯の残骸を拾おうと飛び込むが、バラバラになってしまった残骸を全て拾えるハズもなく、そしてもうバラバラになっちゃってるから拾っても意味無くね? という考えが瞬時に脳内で木霊打っているように思い浮かんだのだが、派手に転んだ際にはもうどうでも良くなった。
「リーダーとアンタってどんな関係なんだ」
ずっと首筋に太刀を付けられながらも先程の怒り以外全く動じないでいた十美歌が、雹華を睨みながらも質問した。
先程の男、〝霧崎鎖刀流〟と交流を持つ矢吹十美歌と西院菊里。何かの事件に巻き込まれたわけでも、自分から進んで霧崎鎖刀流と交流を持ったわけでもない。ただそれは単純で、些細な出来事で出会った。
矢吹十美歌は『刺激』を求めた毎日を求めていた。現代社会において《符術師》なんてゲーム職みたいな家系を持って生まれてきた割に、何の変哲も無い平和な毎日を歩んだと美歌はいつのまにか『刺激』を求めてしまったのだ。
そんな『刺激』を求めて、小学校から危ない行動を進んでやってきた十美歌は、世間から疎まれるような部類の人間にへと成り下がった。家柄だけが唯一美点だな、なんて言われたような記憶もまだ新しい。そんな風に言われてはきたが、本人である十美歌もさして気にしないで『刺激』を求めた行動を赴くまま従い、高校生になるまでに成長していった。さんな折に“あの男”と出会ったのだ。
あの男に出会えたことで、まるで命を救われたかのように、渇いた喉を潤すかのように『刺激』に惹かれた。
そんな男を、目の前の雹華は知っていると言う。
「・・・・・お前らには関係の無いことだ、それよりも」
十美歌は思う。この雹華という女は〝霧崎鎖刀流〟を知り、“耐えられなかった”のだと理解した。十美歌から見た、目からでも分かった。雹華の表情が語っていたから、だから。十美歌は雹華のその音場を最後に黙った。
しして、雹華も転んでいる菊里を掴み、十美歌の背に太刀を突きつけて力強く言った。
「まだ闘るのか?」
二人は『・・・・ふっ、何を分かりきったことを』と不敵な笑みを浮かばせて、ただ言った。
「「遠慮しときます」」
※
「えええええ・・・・・えれぇモン見ちまったぁ〜」
そして、その廃棄された工場の様子を茂みから覗いていた一人の少年が居た
。
「なんでも廃棄した工場跡地に奇妙な音や女の霊の笑い声が聞こえるらしいから確かめて来いって、言われて来てみれば・・・・・ええええれぇモン見ちまったぁ・・・」
ツンツンと刺々しく尖った髪に、黒縁眼鏡を掛けている少年は、コソコソと静かにその場を離れて行った。
2013/12/24 改善終了!
本当に改善されたのかと言われえたら、とりあえず、苦笑いを送ります。