第百三十五話 ヒューイとリュシュ
「ヒューイ……」
ヒューイは広げていた翼を閉じ、真っ直ぐにこちらを見詰める。
『俺の力が必要だろ?』
からかっているわけでもない。落ち着いた声からもヒューイが真剣な気持ちでそう言葉にしているのが分かった。
ヒューイと相棒に…………。
周りの皆はヒューイの言葉が分からなくとも、おそらくなんのことか分かっているのだろう。空気が重くなるのが分かった。
「お、俺は…………」
怖い…………キーアのことを思い出すたびに、未だに苦しくなる。辛い、苦しい、そんな想いばかりだ。
しかし、確実にキーアとの楽しかった思い出も思い出せるようになってきた。時間が解決しているのかもしれない。俺にルドの記憶が蘇ったからかもしれない。ただ、俺が忘れていってしまっているのかもしれない……。
でもだからと言ってあの竜人化試験をもう一度やれと言われても、そう簡単に出来るほど単純でもなければ回復しているわけでもない。
「怖い……怖いんだよ。また同じことになったらどうしようってずっと頭にあるんだよ! そんなことが頭のなかを占めていたら、絶対成功なんてしない!! 最初から無理だと分かっているものを出来るはずがないじゃないか!!」
ヒューイに向かって叫んだ。
『乗り越えろ』
「無理だよ!」
『俺は死なない…………信じろ!!!!』
ヒューイは咆哮を上げた。
「リュシュ、頑張れ」
フェイが泣きそうになっている俺の肩に手を置いた。
「ナザンヴィアへ行くのにはヒューイの力も借りたほうが良い。乗り越えるには今しかないよ」
「フェイ……」
「そうね、今乗り越えないと、一生乗り越えられないわよ。私たちも見守るから、リュシュ一人で乗り越えなくて良いから。私たちも最後まで見届けるから……頑張りなさいよ」
「アンニーナ……」
「だな。俺も傍で見届けてやる!」
「ネヴィル……」
「今度は俺も見届けよう」
ヤグワル団長も腕組みをしながら言った。
ログウェルさんも切なそうな、なんとも言えない表情だが、皆のその言葉に頷いた。
「皆……」
乗り越える……キーアを殺した俺が? 乗り越えるなんて出来るのか? 未熟だった俺自身を乗り越える…………。
ヒューイを見ると、真っ直ぐにこちらを見詰めたままだ。声を荒げるでもなく、睨み付けるでもなく、ただひたすら……ひたすら真摯な眼差し。
信じろ…………俺がクフィアナ様に言った言葉と同じだな…………。
俺も、絶対に死なないから信じろ、と、そう言った。
クフィアナ様は信じてくれた。俺を信じて送り出してくれた。俺は? 俺はヒューイを信じられているのか? 同じことを繰り返し、ヒューイを死なせてしまう、とそう自分に言い聞かせ、怖がり逃げてばかりで、ヒューイの言葉は聞いていたか? ヒューイを信じることは出来ていたのか?
キーア…………俺、ヒューイと相棒になっても良いかな…………。お前のことを忘れるわけじゃない。でも…………俺は前に進まないと…………ごめん、キーア……。
「ヒューイ……俺と、相棒に……なってくれ……」
『グォォォォオオオオオオオ!!!!』
ヒューイは真上に向かって、さらに大きく咆哮を上げた。
「準備をする! 演習場から離れろ!」
ログウェルさんは事務所へと戻るとなにやら魔導具を持ち出して来た。手にした二つの魔導具を地面に離れた距離で置き、跪いたかと思うと、魔導具に手を翳し、なにやらブツブツと呟き出した。
ログウェルさんが立ち上がると魔導具は紫色に光り出し、眩い光を放ったかと思うと、一瞬にして地面の上に巨大な魔法陣を描いていた。
ドクンと心臓が跳ねた。
あのときもあった魔法陣。巨大な二つの魔法陣。
あぁ、駄目だ……吐きそうになる。ドクドクと心臓の音が耳にうるさい……。
俺はまた…………。