分かりづらくても好きなもの
「……楓さん、最近何かあった?」
「うん?いきなりどうしたの?」
「あ、いや、なんか今日はいつもと違う雰囲気を醸し出しているなと思って」
「あー、多分仕事とかのストレスとかが溜まってしまっているんだろうな」
「ストレス……ですか。確かにそれは精神的に堪えますよね」
「うん、行きたくもない飲み会とかに連れていかれたり、同期とかともあまり反りが合わなかったり……」
「……ホント、会社員の皆さんが抱えそうなストレスですね」
「あぁ、だが多分様々な人たちがこういったことに関して我慢しているのだから、そんな気にすることでもないのかもしれないが……」
そう言って、楓さんは「ふぅ」と少しため息をついて、読書を続ける。
うーん、でもストレスはずっと溜めておくのも辛いからな。
「それなら、楓さん。久しぶりにどこかデートに行きませんか?」
「デート?」
本をぱたんと閉じて、彼女は尋ねてくる。
「えぇ、今日は二人ともお休みですし、息抜きにでも」
「なるほど、それは確かに良いな。それでどこに行く?」
「うーん、そうですね……あっ!」
僕は机の上に置いてあるチラシを手に取る。
「最近、近くで水族館がオープンしたようです!ここ、行ってみませんか?」
「ふむ、水族館か、いいね。そうしよう」
「それでは出かける準備をしましょうか」
「そうだな」
そうして、僕たちは出かける準備を始める。
久しぶりのデートだからなんだかドキドキしている僕がいた。
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「デートもそうだが、なんだか二人で出かけること自体久しぶりな気がするな」
水族館へと向かう道中、楓さんはそう話しだす。
「確かにそうですね。まぁ、最近は休みが同じ日になることも少なかったですし、休みの日でも疲れて寝たりダラダラ過ごすことが多かったですから」
「そうだね、最近はホント忙しかった。忙しい事は良い事ではあるのだが、君と過ごす時間が少なくなるのは少し悲しい」
「それは僕もです。ですから今日、楓さんと一緒に出掛けられてとても嬉しいですよ」
僕がそう言うと、彼女は優しく微笑む。
……そんな顔を見れてもう僕は満足。
そんなことを考えていると、件の水族館へと着いた。
やはり、オープンしたばかりというのもあって、結構人でにぎわっている。
「ほー、結構人がいるな。やっぱりオープンしたばかりだからか」
「そうですね。まぁ、この辺にはあんまりこういう施設が無かったというのもあると思いますが」
そう言いながら僕は、入り口に置いてあるパンフレットを手に取る。
「結構広いようですね。今日一日で全部回れるでしょうか?」
「別に今日一日で全部回らなくて良いんじゃないか?なんなら、この水族館は家の近くにあるのだから、また2人で一緒に来ればいい」
「アハハッ、そうですね。そうしましょうか」
そうして、僕たちは水族館の中を見て回ることにした。
そもそも、水族館に来ること自体が凄く久しぶりなので、自分が20代であることを忘れて結構はしゃいでしまった。
「あっ!楓さん見て下さい!たくさんのクラゲがゆったりと泳いでいますよ!すごく綺麗ですね!」
「あぁ、そうだな」
「こっちではすごく大きなエイがこちらを飲み込まんと迫ってきますよ」
「おぉ、凄いな」
「あっちでは、可愛いペンギンさんたちがぴょこぴょこと……って、あはは、すいません一人で盛り上がってしまって」
「うん?いや、大丈夫だ。盛り上がっている君のことを見るのは凄く楽しいからな」
「うぅぅ、それはそれでまた恥ずかしいのですが……」
僕の少し赤面をした顔を見て、彼女は「ふふふ」と笑う。
その状況にもう一層顔を赤く染めていると、大きな影が僕らの目の前を真っ黒に染める。
『!?』
よく見てみると、100匹、いや1000匹を超えるほどの鰯の大群が水槽の中をまるで自分たちが主役だと言わんばかりに悠々と泳いでいる。
「うわぁ……凄いですね……」
「そうだな……これは圧巻だ……」
目の前の光景に言葉を無くし、目を奪われる。
「……こんな迫力的な光景、僕見たこと無いです」
「私もだ。まさか、こんなに凄い光景を見られるなんて思ってもいなかった……」
未だに注目を集め、泳ぎ続けている鰯の大群を見ながら、僕らはそう呟くのだった。
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「いやー、楽しかったですね。途中で見た魚の大群も凄く迫力があって、良かったです」
「そうだな、とても良かった」
「それに……どうでしたか。少しは気分転換になったでしょうか?」
「あぁ、すごく楽しかった」
「それは良かったです。……でも、実は自信が無かったですよ」
「というと?」
「いや、いつもデートをするときは今回も含めて僕の行きたいところとか、気になっているところを行っているじゃないですか。……今回もそれで良いのかなと思ってしまって」
「ふむ、なるほど?」
「と言っても、楓さんはあんまり明確に好きな物があるというイメージが僕の中に無くて……。それでたまたま目の前にあった、この水族館に行こうと思ったんです」
「うーん、なるほど……それは心外だな」
「えっ?」
「君には私がどう見えているかどうかわからないが、私だって何かを好きになることぐらいあるぞ」
楓さんは少し頬を染めた顔で僕の服の裾をキュッと掴みながら、そう言う。
「あっ……えへへ、そうですよね。すいません。」
「いや、大丈夫だ。まぁ、私は特段行きたいところ所があるわけでもない。と言うか、そもそも私は楽しそうにしている君のことを見るのが好きなのだ。だから、君と居れるのならどこでもいいのだよ」
「……楓さんってそう言う恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言えるのだからすごいと思います」
「事実だからな。まぁ、そういう訳だからこれからもよろしく頼むぞ?」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
僕たちは何故かお辞儀をするのと同時に顔を見合わす。
「ぷっ、あははっ!」
「ふふふっ」
そして、一瞬の間を置いて同時に吹き出すと、肩を震わせて笑い合う。
「行きましょうか」
「あぁ」
そうして、僕らは手を繋ぎながら家までの帰路を着くのだった。
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
今回は「分かりづらくても好きなもの」を読んでいただきありがとうございます。
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