第14話 距離感バグはやわらかい
「さっきはごめんなさいなのです」
砂浜に向かう道すがら、俺がお小言を口にする前にすばるが謝ってきた。
出鼻をくじかれた俺は、軽く頭をかきながら小さくため息を吐く。
「誰も怪我しなかったんだから良しとしよう。でも、気を付けろよな」
「はいなのです」
しょんぼりとした様子を見せるすばるの頭を軽く撫でやって、元勇者の成長に俺は少しばかりほっとする。
かつての勇者プレセアは謝罪など絶対にしない女だった。
超然とした絶対正義として、あらゆる行動と犠牲は全て俺への殺意の一端であったが故に。
「しかし、このところ落ち着いてたのにどうして急にぶっ飛んできたんだ?」
「い、いろいろあるのです……!」
その『いろいろ』部分について尋ねたんだが。
ま、反省しているなら良しとしよう。
「あれ、そういえば吉永さんと麻生さんはいいのか? 待ち合わせてるって聞いたが」
「えっと、わたしだけ抜け出してきたのです。蒼真がすごく困ってたらって、不安になって」
「あー……」
あんなことがあった後に、麻生さんが俺のところに向かったとなれば不安にもなるか。
「大丈夫だ。何とか誤魔化しておいた」
「よかったのです」
「まあ、いざとなれば適当な魔法で関連情報を忘れてもらうこともできるしな」
俺の言葉にすばるが首を振って小さく笑う。
なんだろう、俺ったら何か妙なことでも言ったか?
「蒼真はいつもそんなことを言いながら、記憶に関する魔法を使わないのです」
「……まあな」
「真理の時もそうだったのです」
記憶を操る魔法は、いろいろと繊細だ。
なにせ、思い出というやつは『生きてきた証』でもある訳で、少しいじっただけでバタフライエフェクトのように、何もかもを変えてしまう可能性がある。
例えば、さっきの記憶を麻生さんから抜き出せば、もしかすると、記憶の齟齬を修正するために夏休みの記憶がすっぽり消える……なんてことにもなりかねない。
それはできれば避けたいというのが、俺の希望だ。
「魔王レグナは優しいのです」
「元、な。それにしても……疑われてたなぁ。まさか、ヨガの神秘で乗り切れないとは」
「それはさすがに無理があるのです」
「そうだろうか?」
「そうなのです」
そうらしい。
まあ、ヘッポコ勇者にすらこう言われてしまうということは、無理があったのだろう。
まだ、種のある手品を装ったほうが説得力が増していたかもしれない。
「ま、次からは気を付けてくれってことで。ほら、合流して来いよ」
「何を言ってるのです。わたしは蒼真をむかえにきたのですよ?」
「へ?」
俺の手を取って、ぐいぐいと引っ張るすばる。
最近、こいつの無防備さにも少し慣れてきたと思ったが……こうして、触れられてしまうとやはり少しばかり意識してしまう。
しかも、本日はお日柄もよく水着姿での行動だ。
もう少し、自分のガワがいいことに気を遣ってほしい。
「まてまて、引っ張るな」
「騙されないのです。手を離した瞬間に脱兎のごとく消えるに決まっているのです」
「ダイジョウブ。マオウ、ウソツカナイ」
「絶対に逃がさないのです」
く、なんでバレたんだ!
おのれ勇者め、妙なところで勘のいい。
「わたし達と遊ぶのは嫌なのです?」
「そういう訳じゃないが」
むしろ、すばると二人というならまだ気安いと思うが……麻生さんや吉永さんと合流されると、やや気後れする。
麻生さんはさっきの件があるし、吉永さんは昨日盛大にからかわれたところだ。
俺のような純情コミュ障には、少しばかり気まずい空気になること請け合いだ。
「蒼真はちょっと周りと距離をとり過ぎなのです」
「それほどでもない。適切な距離感を保っているぞ、俺は」
「……」
少しばかり眉を吊り上げたすばるが、俺の腕を抱きこむ。
突然触れる柔らかさに固まる俺に、すばるが少し早口で告げる。
「わたしの場合は、このくらいが適切な距離なのです!」
「ん、な……!?」
「わかったのです?」
「わかるか! いや、これはどう考えても違うだろう! 近過ぎだ! 格好を考えろ!」
「服を着ていればセーフなのです?」
「そういう話ではないんだよ、勇者プレセア……」
いくら何でも近過ぎだ。
もう距離感ってレベルじゃないぞ?
もうくっついちまってるんだから。
「ふふ、このくらいがいいのです」
焦る俺とは裏腹に、すばるはなんだか悪戯っ子のように上機嫌に笑う。
そんなすばるを見てしまうと、無理やり引きはがす気もなくなってしまった。
あの陰惨とした殺気を放っていたプレセアがこうして、悪戯などして笑っている──そう思えば、少しばかりこれに付き合うのもいいだろう。
俺の理性が、残っている内は。
「まあ、いいか」
「いいのです?」
「いいのです」
そう返事して、いくつかの強化魔法を無詠唱で施しておく。
主に、防御系の奴を。
あとで自分の痴態に気が付いて、ボディブローを放つ可能性を考慮しておかなくてはな。
「それで、二人はどこにいるんだ?」
「えっと、向こうなのです。遠浅の場所を見つけたので、蒼真も安全なのです!」
「なるほど」
みんなに気を遣わせてしまったことに少しばかり心苦しく思いつつも、ありがたく思う。
ここのところで俺も少し慣れてきて、足がつくところではそこまで水に忌避感がなくなってきているし、満喫させてもらおう──同級生の水着とやらを!
などと考えていると、岩陰の向こうから小さく悲鳴が聞こえた。麻生さんの声。
それに、吉永さんと何者かが言い争う声も。
「放してよ! あっち行ってくんない!?」
「いいじゃんいいじゃん」
「ここで会ったのも運命だって、な?」
「夏の思い出、作っちゃお? ね?」
すばると二人、急いで砂浜を駆けると……見知らぬ男たちが、麻生さんと吉永さんを囲んでいた。
よく焼けた肌に、金色のアクセサリをじゃらつかせた若い男が三人。
少し沖合には、白い小型船が停まっていた。
「そこまでなのです!」
飛び出すすばるを目にした男の一人が、表情を崩す。
鼻の下を伸ばす、なんて表現があるが……本当になんだな。
「かわいこチャン、一名追加hoo!」
「陰キャ男も一名追加だ。悪いけど、そのかわいこちゃんは俺の連れなので、遠慮してもらえないだろうか?」
現われた俺に、男達が剣呑な目を向けた。




