第11話 無人島に逃げ場はない。
無人島キャンプツアー。
晴美島の周辺には大小さまざまな島がいくつも存在していて、その内の一つをレンタルすることができるサービス。
晴美島リゾートの誇る、人気アクティビティだ。
こちらもきちんとリゾート開発の手が入っていて、ガチ目のキャンプからグランピングまでいろいろなコースがある。
今回、俺達が向かうのは小規模の島で、固定設置された大型テントがあるタイプのツアー。
「船の乗るのは初めてなのです!」
「はしゃいで落ちたりするなよ?」
船に乗り込むすばるに、軽く注意を飛ばす。
というか、俺としても初めてなので何に気を付ければいいのかわからないのだ。
知らない土地、知らないロケーションで、このうっかり勇者がどんなトラブルを引き起こすのか、全く想像できない。
「ナバちゃんパパ、相変わらずだね」
「本当に口うるさいのです! わたしは大丈夫なのです──はわっ」
言ってるそばから足を踏み外してたたらを踏むすばる。
そんなすばるを軽く引き寄せて、そのまま抱えて船に乗り込む。
「気を付けろって言ったろ?」
「はしゃぐなとは言われたですけど、気を付けろとは言われてないのです!」
「……」
「落ちてもいないのです!」
腕の中で文句を言うすばるをため息と一緒に開放して、俺は設置されたベンチ部分に腰を下ろす。
ここで態度について注意なんてすると、また周りから「お父さんみたい」などと言われるに決まっているからな。
この残念勇者にその手の小言が通じるとも思えないし、事実として海に落ちてもいなければ、転倒の衝撃で船が沈むなんてこともなかった。
まぁ、フォローとしては成功だし。
ハプニングとしては常識の範囲内だ。
セーフ、セーフ。問題なし。
そう納得して、しばし心落ち着ける。
なにせ、俺の足元にはすでに海が広がっているのだ。
足がつかない深さの。
すばるのフォローついでに大したことないつもりで乗り込んでみたものの、なんだか揺れてるし……ちゃぷちゃぷと音も聞こえるしで、落ち着かない。
さりとて、ここで怖がる顔などみせればみんなの楽しい気分を台無しにしかねない。
結局、船が動き始めるまで俺はじっと黙っているしかなかった。
「お……怒ってるのです?」
「ん?」
船が出発してしばし、風を受けながら海上を行くという体験にようやく慣れてきたころ。
すばるが俺の裾を引っ張りながら、こそりと耳打ちしてきた。
あまり顔を近づけるな、このヘッポコ美少女め。
「何が?」
「さっきは悪かったのです。助けてもらったのに」
「ああ、そのことか。気にするな」
俺の返事に、すばるが表情を緩める。
しくじった。どうやら、俺ってやつは不機嫌そうに見えたらしい。
ただ、水へ忌避感を我慢していただけなのだが。
「もしかして、船酔いなのです?」
「それは大丈夫。ちゃんと対策して来てるからな」
大っぴらに魔法を使うのも何なので、市販の酔い止めを飲んできた。
いざとなれば、魔法だって使えるが……ウニバーサルの件で色々思うところがあったので、こうして仲間で遊ぶときはできるだけ魔法を使わないようにしている。
「何をコソコソしてるのかなぁ? ん?」
「コソコソはしてないのです!」
「そ? で、何の話? あたしも聞きたいんですケド!」
吉永さんが俺の隣に腰を下ろして、こちらを覗き込む。
すばると吉永さんに挟まれてしまった俺は、助けを求めて耀司を見るが……目を逸らされてしまった。
こういう時助けてくれるのが親友ってもんじゃないのか?
「俺が船酔いしてないかって話だよ」
「ナバちゃん、乗り物弱い系?」
「まぁね。ウニバーサルでジェットコースターに乗ったときは、わりとひどい目に合った」
俺の言葉に小さく笑いつつも、吉永さんが何か思いついたような顔した。
「あ、ウニバって言ったら! おべんと食べたんでしょ?」
「ま、真理! その話はトップシークレットなのです!」
「え、そなの? なんでカナ~?」
慌てる元勇者殿に、何やらにやにや顔の吉永さん。
あの弁当に何か問題があったのだろうか?
普通に、おいしかったけど。
「そろそろ到着でーす! お忘れ物ないようにしてくださいね」
結局、話はうやむやのまま……俺達は本日の目的である無人島に到着することとなった。
◆
「わぁ、広いですね!」
「電気もとおってるし、冷蔵庫もエアコンもついてるのです!」
「んー、でも電波ははいんないみたい」
女子三名がテントを覗き込んではしゃいだり、落胆したりしている。
電波が入らないのは些か俺も残念だけど、それはそれでキャンプ感があっていい。
「こっちが女子用テント、ちょい離れた向こうにあるのがオレら用のテントな」
「ああ、荷物はどうする?」
「メシの準備はこっちのキッチンがあるとこですっから、そこでいいんじゃね?」
「わかった。じゃあ、そこにまとめて置いておく」
耀司と二人、軽く段取りを確認しておく。
この無人島キャンプツアーは一泊二日。
昼食は荷物と一緒に持ち込んだお弁当、夕食はバーベキュー、明日の朝食はパンケーキの予定で食材を持ち込んでいる。
全てツアーガイドが準備してるサービスもあるが、今回は自分たちで準備することにした。
「しっかし、おばさんさまさまだぜ。今のシーズン、なかなか取れないんだぜ?」
「ああ。ありがたいな」
そう、リゾートは今がシーズン真っ盛り。
そして、この人気のキャンプツアーは予約が取れない上に、料金も高い。
俺達のような高校生が、おいそれと手が出ないアクティビティだ。
しかし、ホテルでの一件を聞いた女将さんが「お詫びに楽しんできて」と予約をねじ込んでくれたのだ。料金込みで。
「じゃあ、俺は軽く準備しとくからお前らはシュノーケリングを楽しんで来いよ」
「え、マジでいかないの?」
耀司の驚いたような問いに、俺は深々とうなずく。
人間、分不相応なことをするべきではない。
えら呼吸を失った生物は、足のつかない水深の場所に行ってはいけないのだ。
「そうはさせないのです!」
「です!」
「っしょ!」
背後からの声に、ぎくりとした振り向く。
どうにも、嫌な予感がするぞ?
「なせばなるなのです!」
「私もお手伝いするから、一緒に行こうよ」
「浮き輪もあるから平気っしょ!」
なにやら自信満々な美少女たちが、俺を手招きしている。
その背後には、広がる海。
「だってよ、魔王レグナ」
「魔王は逃げてもいいって相場が決まってるんだよ」
「ばっか、お前! イベント戦は逃げらんないんだぜ?」
その言葉に、俺はうなだれて頷くしかなかった。