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第9話 夏は全てが許される。

「どうよ? 楽しんでる?」

「おかげさまで」


 パラソルの下で一息ついていた俺に、耀司が冷えたコーラを差し出す。

 それを受け取って一口飲みつつ、俺は軽く首を傾げて相棒に尋ねた。


「なぁ、耀司」

「どったの?」

「この状況にたどり着く確率って、いったいどのくらいなんだろうな?」


 俺の視界には、信じがたい光景が広がっている。

 まさに、楽園とか天国とかと表現するべきなにかだ。


 水を掛け合ってはしゃぐ三人の美少女。

 若干一名……えぐい水流を起こしているヤツがいるが、それはそれとして、およそ俺の人生にあるとは考えられない青春の一幕である。

 いくら俺が自称『ラブコメの主人公』だとしても、あまりにご都合主義が過ぎるのではなかろうか。


「オレは頭わりーから統計とかよくわかんねーけどさ、なるべくしてなった……ってことで、100パーじゃね?」

「どういう意味だ?」


 頭が悪いと前置きしておきながら、なかなか哲学的なことを言うじゃないか。

 もしかして、陽キャというのは日の光を浴びると頭が良くなるのか?


「あー、日月ちゃんだろ、インチョだろ、吉永ちゃんだろ?」

「うん? うん」

「で、三人とも、オレっちには興味なしと」

「ふむ?」


 どうにも要領を得ない耀司の話に、俺は首を傾げる。


「なら、どうしてここにいると思うよ?」

「友達だから?」

 

 俺の返答に、がくりと耀司が項垂れる。

 おかしい。そこまで落ち込むような返答ではなかったはずだ。


「どうかしたのです?」


 耀司が口を開こうとした瞬間、こちらに水滴を飛ばしながらすばるが駆けてきた。

 身体を濡らしたままのすばるから、ぽたぽたと水が滴り落ちている。

 水も滴る何とやら、なんて言葉があるが……これは些か刺激が強い。


「親友の鈍さに頭を抱えてたとこ」

「わかるのです。この男はときどき鈍感のスキルがカンストするのです」

「お、わかってくれる?」


 和気あいあいとした様子で、俺の悪口で盛り上がるすばると耀司。

 陰口は陰で言うように。

 パラソルの下でという意味ではなく、俺に聞こえないところでという意味である。


「はー……こんなに遊んだの、久しぶりかも!」

「アタシは初めてカモ?」


 すばるに続いて、委員長と吉永さんもパラソルの下に入ってくる。

 実はちょっとした魔法をかけてあるので、このパラソルの下は比較的涼しい。

 バレない程度にというのはなかなか難しいのだが、今回はうまくいった。


「お疲れさん。何か飲む?」


 そう声をかけて、クーラーボックスのふたを開ける。

 覗き込んだ吉永さんが、小さく指さす。


「アタシ、レモンスカッシュ」

「オーケー。いいんちょは?」

「……む」


 吉永さんにペットボトルを差し出す俺を、委員長が小さく頬を膨らませて見る。

 なかなか可愛らしいので見ていて飽きないが、そういう訳にもいくまい。


「いいんちょ?」

「今は委員長じゃないですよ? 私には、麻生優子という名前がありますし?」

「大変失礼いたしました」


 深く頭を下げて、そっとオレンジジュースを差し出す。


「あれ? どうして私が欲しいのがわかったんですか?」

「キャンプの時、よくオレンジジュース飲んでたから好きなのかなって」

「──!」


 ペットボトルを受け取った麻生さんが、少し驚いたような不思議な顔をしてから、くるりと後ろを向く。

 さて、俺は何か失礼を重ねただろうか?


「そういうとこだぞ、安っぽいラブコメの主人公め」


 耀司の笑いをかみ殺したような声に、俺は再び首を傾げてしまうのであった。


 ◆


「やっほー。ナバちゃん、いるー?」


 リゾートの海を存分に楽しんだ日の夜。

 突然、俺と耀司の部屋に吉永さんが訪れた。


 俺はというと、夕食後の満腹感に任せてだらだらとスマートフォンをいじっていたわけなのだが、突然現れた彼女に大いに驚いた。

 なお、こういう場合の対応に強い耀司は出かけてしまっている。


「こんばんは、吉永さん」

「あ、いた。ね、ちょっと散歩いかない?」


 にこりと笑う吉永さんに、少し圧されつつも俺は頷く。

 美人な同級生と夜の散歩というのも、なんだか青春っぽい感じだ。


「えへへ。それじゃ、いこいこ」


 俺の手を引いて、吉永さんがご機嫌そうに笑う。

 その力は弱くはあるが年相応で、すっかり彼女が良くなったことを物語っていた。

 まぁ、俺が魔法で治癒したので当たり前だが。


「さすがリゾート。夜も明るいな」


 晴湯旅館を出て少し。

 海岸線に続く道路を歩きながら、俺はライトアップされた砂浜や煌々と灯りが灯る飲食店街を見やる。

 灯りなんてなにも持って来やしなかったけど、まったく困らないほど、晴美島の夜は明るかった。


「キレーだよねぇ」

「電気代がすごいことになりそうだ」

「ちょっと、ナバちゃん! 今のは減点だよ?」


 俺の手を握ったまま、吉永さんが苦笑する。

 なんとなく言い出しにくくて握ったままここまで歩いてきたが……正直言うと、緊張が半端ではない。


「あはは、意識してるっしょ?」

「確信犯だった!?」


 驚きつつ手を放そうとしたが、それを見越してか吉永さんはぎゅっと手を握る。


「いいじゃん、いいじゃん。夏だし、誰もいないし」

「そういう問題?」

「なに? アタシとは手も繋ぎたくないってワケ?」

「わかってて言ってるよね?」


 俺の言葉に、からからと笑う吉永さん。

 どうにも調子が狂う。

 吉永さんという女の子は、もう少し俺から距離をとった人だと思っていたのだが。


「たまにはアタシと二人っきりも悪くないっしょ? お礼もまだちゃんとできてないし」

「お礼?」

「感謝してるんだよ? すごく。アタシの命を救ってくれた魔王サマには」


 ぎくりとして固まる。

 まさか、すばるの奴……余計なこと話してないだろうな?


「えーっと、魔王レグナだっけ? 設定では」

「そういうのは中学時代に置いてきたので覚えてないですね。ははは」

「でも、昴みたく不思議なこと、できるっしょ?」


 おい、元勇者。

 モロバレじゃないか。

 ああ、でも……あの迂闊さでバレない方がおかしいか。


「警戒し過ぎ。アタシ、信用なさすぎで笑う」

「……日月の事を知ってるならわかるだろ? タネのない手品はトラブルの元なんだよ」

「なのに、アタシを助けてくれた」


 静かに笑う吉永さんが、足を止めて俺の手を両手で包む。


「どうして?」

「そうするべきだと思ったから。あいにくと、俺は悲劇とか好きじゃないんだ」

「かっこつけすぎ!」


 明るく笑う吉永さん。

 この笑顔だけでも、助けた価値は十分にある。

 それに、彼女はすばるにとって必要な人間だ。

 あいつが『普通の女の子』でいるためには、吉永さんという友人は欠かせないだろう。


「んで、ナバちゃん」

「うん?」

「お礼、何がいいか決まった?」

「たしか、その件はクレープ代で手を打ったはずだけど?」


 首を傾げる俺に、吉永さんがぽかんとした顔を見せる。

 さて、俺は何か妙なことでも言ったか?


「あー、もう。ホントそういうとこだよ?」

「どういうところ?」

「鈍いところ!」


 鈍くはないはずだ。

 むしろちょっと鋭いくらいだぞ、俺は!

 とはいえ、吉永さんが言いたいことはよくわからないが。


「もー、ちょい強敵すぎ! 笑うしかないっしょ」

「そりゃ、魔王だからな」


 おどけてみせると、いよいよ耐えられなくなったらしい吉永さんが腹を抱えて笑い出した。楽しそうで結構なことだ。


「あー、笑った。一生で一番笑ったかも!」


 いまだに小さく噴き出す吉永さんが、もたれかかるようにして俺をハグする。

 不意打ちのようなそれにおどろいて、細い身体を咄嗟に支えると、ふわりといい匂いがした。


「夏だから、ちょいサービス……みたいな?」

「そういうのは、彼氏にするものでは?」

「いまだけカレシってことで。夏だし?」


 なるほど。

 夏ならいいのか。


 ……いや、ダメだろ!?


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