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第8話 眼福に満ち溢れた地、海岸。

「今日も暑くなりそうだぜ」

「ああ、今年一番の暑さとかって言ってたな」


 『晴湯旅館』での労働期間(アルバイト)を終えた俺達は、いよいよ本格的な夏休みに入ろうとしていた。

 いや、夏休みではあるんだが真の休暇という意味で、だ。

 今日から三日間──俺達はアルバイト先でもあった『晴湯旅館』に逗留して、この『晴美島リゾート』を満喫する予定となっている。


 それでもって現在は、ビーチに先行して本日の拠点を設営中だ。

 前回はすばると二人だけだったが、今日は総勢五人。

 ある程度しっかりと、休憩場所を設営しておかなくてはならないだろう。


「おまたせなのです!」

「めっちゃ海きれいじゃん! アガるー!」

「二人とも、任せちゃってごめんね」


 設営を丁度終えるころ、すばるたちが姿を現した。


「お、かわいこちゃんたちの到着だな?」


 爽やかに笑う耀司。

 こんな言葉がさらっと口から出てくるなんて、この男は本当に俺と同じ種なのだろうか。

 もしかすると、別の生き物の可能性がある。


「荷物とか、ここに置いて大丈夫だから。こっちのクーラーボックスは飲み物ね」

「お、ナバちゃん。アウトドアだめっぽいのに手際いいじゃん」

「そりゃどうも。暑くなりそうだし、吉沢さんは無理しない様にしてくれよな」


 彼女に巣食っていた病魔は俺が魔法で消し去ったが、長年に及ぶ闘病での体力低下はどうしようもない。

 多少ぶっ倒れても魔法と魔法薬(ポーション)で何とかしてやれるが、そもそも倒れないようにするのが肝要だ。


「聞いて、すばる。ナバちゃんが優しいんですケド!」

「きっと、今日はパルチザンの雨が降るのです」


 槍の雨なら降らせることもできんことはないが、流石に三刃槍(パルチザン)を振らせるのは難しいな。


「しっかし、こうしてみるとすげぇな……」


 はしゃいだ様子でレジャーシートに荷物を置く三人を見ながら、ひそひそと俺に耳打ちする耀司。

 言わんとすることは、わかる。

 客観的に見て、今この場所は非常に眼福の満ちた場所と言えるだろう。

 この地上で最も眼福に満ちた、場所かも知れない。


 よく噂に上がりがちな美人系の吉沢さん。

 親しみやすく、チャーミングな麻生さん。

 それでもって、ついでにすばる。


 学年トップクラスのかわいい女子達が、水着で目の前にいるという現実はなかなか現実感と乖離している。

 俺が弱体魔法に完全耐性を持つ元魔王でなければ、幻惑系の魔法にかけられているのではないかと疑うところだ。


 今年の夏は一体どうしたと言うんだ、現実。

 大丈夫か? 現実。

 高校生になったからって、いきなりサービス満点に壊れなくていいんだぞ?

 程々でいいんだ、程々で。


「誰に語りかけているのです?」

「時間的概念と起動されたイベントスケジュール?」

「意味がわからないのです……!」


 もう早速にパーカーも脱ぎ去ったすばるが、苦悩する俺の顔を覗き込む。

 お前は無自覚に可愛いんだから、水着の時は少しその天然を抑えろ。


 視線を逸らした先で、今度は吉沢さんと目が合った。


「ナバちゃん、どうよ? アタシの水着姿は」


 グラビアアイドルのようなポーズをとって見せつけてくる吉永さん。

吉永さんが身につけている水着はやや布面積がタイトで、彼女のスタイルの良さをさらに際立たせている。

 ……逆に言うと、カバー部位が少なくて目のやりどころに困る。


 しかも、俺がそれを選んだという事実があるので気恥ずかしくなってしまう。


「いい反応すぎて笑えるんですケド」

「からかうのはよしてくれ。でも、いいとおもい、マス」

「マジで? んふふ、やったね」


 ぎくしゃくする俺に、少し照れた様子で笑う吉永さん。

その横で、すばるが頬を膨らませて俺をビシリと指さす。


「わたしを差し置いて真理を褒めるとはいい度胸なのです!」

「理不尽がすぎる!」

「すばるはこないだ褒められたんでしょー? 先にお披露目なんて、ずるくない?」

「アルバイトの先行体験(アーリーアクセス)特典なのです、ノーカンなのです!」


 ゲームの特典みたいに言うのはやめよう。


「あ、あのね! わたっ、私も……」


 じゃれつくすばると吉永さんの隣から、麻生さんがすすっと進み出る。

 着てきたと言われても、麻生さんはオーバーパーカーを羽織ったままで全容が掴めない。

 ……と思っていたら、気恥ずかしそうにオーバーパーカーのジッパーを降ろしはじめた。


 その様子がすでに、健康的な色香があって思わず耀司と二人ゴクリと喉を鳴らす。


「ど、どう……かな?」

「──……!」


 水色のフリルビキニ。

 ショッピングモールでこれを選んだときは、その控えめなシルエットが麻生さん(いいんちょ)にぴったりだと思ったのだが、いざその姿を目の当たりにすると、想像以上に破壊力がデカい。

 彼女は思った以上に着痩せする性質であるらしく、ぎりぎりまでオーバーパーカーに隠されていた秘密のボディは、健全な男子高校生の理性を削り取るのに十分だった。


「な、何か言ってよ!?」

「──……SUGOI」


 俺の言葉に顔を赤くして、おろおろとする麻生さん。

 そんな俺をジト目で見るすばると吉永さん。


「思ったよりも強敵なんですケド……?」

「ラスボスなのです……!」


 ひそひそ声が聞こえてるぞ、二人とも。


「ほら、蒼真。ここはいいからみんなと遊んで来いよ」

「え、俺は荷物番をしようと思っていたんだが?」

「ここに来て、まだ陰キャムーブとは根が深すぎんだろ……」


 小さくため息を吐きながら、耀司が俺の背中を押す。

 その先には、水着の三人娘。


「オレちょっと設営でつかれたんで、もうちょい後で合流するわ。三人とも、蒼真を頼むぜ」

「任されたのです!」


 この瞬間(とき)を待ってた──と言わんばかりに、すばるが俺の右腕を掴む。

 と、同時に麻生さんが俺の左腕を掴む。


「いこっか、青天目君」

麻生さん(いいんちょ)!?」

「夏休みだから委員長じゃないもんね。ほら、行こ!」


 二人に腕を取られ、俺は波打ち際に引っ張られていく。

 ちらりと後方を振り返ると、吉永さんは今まさに俺の背中にダッシュしてくる直前で、その背後では耀司がしてやったりという顔で笑っていた。


 気を回しやがったな、あの野郎。

 悪い気はしないが、これはさすがにキャパオーバーだ!


 そんな俺の心の悲鳴は、背後からの柔らかい衝撃……そして、全員でもみくちゃになって倒れ込む水音に掻き消された。


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