第6話 期間限定若女将は忙しい。
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
アルバイト終了を迎えた日。
従業員休憩室で明日からの予定について話す俺達を前に申し訳なさそうにするのは、『晴湯旅館』の女将、克子さんである。
何を困っているとかというと、本日でアルバイトを終える俺達──いや、正確にはすばるに用事があるようだ。
「日月さん、申し訳ないんだけど……アルバイトを一日延長してもらえないかしら?」
「どうかしたのです?」
「ちょっと、頼まれちゃってね。断りにくいのよ」
克子さん曰く。
この『晴美島』の開発を一手に引き受けた『駕央リゾート』主催の懇親会が明日開催されるらしい。
名目としては、この晴美島リゾート成功を祝しての懇親パーティーで、各ホテルや旅館のオーナーや女将などが招待され、お互いの親睦を深めるというもの。
その招待状がすばるにも届いているというのだ。
すばるは晴美島を紹介するローカルな紹介動画で『期間限定女子高生若女将』などとソシャゲ風味に紹介されたこともあり、主催者である『駕央リゾート』が把握していてもおかしくはない。
「もちろん、私も参加するしアルバイト料も弾むわ」
少し唸った後、すばるがちらりと俺をみる。
「こういう時、どうしたらいいのです?」
「俺にふるな。行くなら明日の予定はずらすし、自分で決めていいぞ」
「お願い、日月さん。もし受けてくれるならお友達の分も含めて、お部屋を三日延長しちゃうから」
その言葉に、思わず驚く。
アルバイトが終わってからの三日間、俺達はこの晴湯旅館に客として三日間逗留することになっていた。
老舗の高級旅館、本来なら俺達高校生が泊まれるような場所ではない。
そこを耀司が相当に交渉して──麻生さんと吉永さんの件も含めたらおそらくかなり無理をして──押し切ったらしい。
そのことはすばるもわかっていたらしく、やがてこくりと克子さんに頷いた。
「わかったのです」
「ありがとう! 助かるわ。それじゃあ、明日はお願いね」
ほっとした様子で、克子さんが休憩室を出ていく。
『駕央リゾート』はこの島の開発を一手に担うような大手のリゾート開発会社だ。
『晴湯旅館』が老舗とはいえ、パワーバランス的に頭があがらないのだろう。
「すまねぇな、日月ちゃん。おばさんが無理言ってよ」
「大したことないのです。それに、女将さんとみんなにはお世話になっているのです」
そう小さく笑うすばる。
初めてのアルバイトに挑むすばるに『晴湯旅館』の従業員はみんな親切だったし、それが理解できる程度には前世よりもずっと精神的に成長していた。
『勇者プレセア』ではなく『日月 昴』として、そして『普通の女の子』として、こんな風に前向きなのはとてもいい傾向だと思う。
「でも、一人はちょっぴり不安なのです」
「だろうな」
すばるの不安もわからないでもない。
なんなら、本人以上に俺も不安だ。
フォローのいない状況で、VIPが数人ばかり命を落とすかもしれないと思うと気が気じゃない。
「俺達は同伴できないのか?」
「いやー、さすがに無理っぽいぜ? 日月ちゃんにしたってわざわざ招待状を寄越してゲスト扱いにするくらいだしな」
『晴海リゾート』の経営者や責任者ばかりが顔を出すパーティーだ。
たかだかアルバイトである俺が気安く参加できる場ではあるまい。
そうかと言って、そんなかしこまった場所にすばるを一人というのも心配ではある。
調子に乗ることはないと信じたいが、逆に緊張したすばるが暴走する懸念はぬぐえない。
「ま、送迎くらいは付き合うさ」
「んだな。パーティーは『駕央ホテル』でやるみたいだし、俺達はラウンジで軽く一杯やっていようぜ」
当然、ソフトドリンクの話だ。
お酒は二十歳になってから……まぁ、俺の場合は〈解毒〉あたりの魔法で即座にアルコールを吹き飛ばすことができるし、そもそも魔力のおかげで毒耐性が高すぎるので酒に酔えるのかどうかすら不明だが。
「がんばるのです」
「そう固くなんなくても、ただ飯食うくらいのつもりでいいんじゃね? 例年、結構いい料理が並ぶって聞いたぜ」
「それは楽しみなのです!」
食い意地の張った元勇者の顔がさきほどと一転、とても明るいものになる。
まったく。現金な奴だ。
だが、まあ……不必要に緊張するよりはいいか。
「それよりも、明後日からのことを考えようぜ」
「そうだな」
奇しくもすばるが件のアルバイトを引き受けたおかげで滞在日数が増えた。
日数的に消化不能だったアクティビティだって選択可能になる。
「真理たちと相談しなくていいのです?」
「それな! オレ達だけで決めるもんじゃねーし、あとで集まって相談しようぜ」
すばるに頷いてから、耀司が立ち上がる。
「んじゃ、オレはコンビニ行ってつまむもん買ってくるわ。日月ちゃんと蒼真は二人に声かけといてくれ」
「了解なのです!」
元気に返事するすばるの背後──俺に向かって軽くウィンクしてみせる耀司。
なんだその「気を遣ってやったぜ」みたいなムーブは。
やれやれ、どうも耀司というヤツは俺とすばるについて誤解を深めているようだ。
従業員休憩室を出ていく耀司に小さくため息を吐きつつ、俺の気も知らないでご機嫌そうなすばるに向き直る。
「ホントに大丈夫か? パーティー」
「不安なのです……!」
即答かよ。
「でも──蒼真が近くにいてくれるから、安心なのです」
「お、おう」
時々こうして妙に素直だから困ってしまう。
そんな風にいい顔で笑うな、俺の心臓がうっかり過稼働したらどうしてくれる。
止まったところで自動蘇生の魔法はかかっちゃいるがな。
「魔法とスキルは使用禁止だ。いいな?」
「はいなのです」
「殺気をぶちまけるのも禁止」
「善処するのです」
なんだか雲行きが怪しい気もするが、基本この二つを守っていれば大事にはなるまい。
それど、やはり心配だ。
「しかたない……これを渡しておこう」
位相空間から、指輪を一つ取り出してすばるに手渡す。
銀色のシンプルなもの。
この魔法道具は魔族が子供に持たせるポピュラーな防犯グッズだ。
正確な位置情報が魔力経路と一緒に送信されるので、即時に〈転移〉などで、保護者が現地に駆け付けることができる。
「魔法道具の発動方法はわかるな?」
「……ぇ、あ、はい、なのです」
……? 何をもじもじしているんだ。
「これを発動させると、位置情報と一緒に緊急事態であることを俺に知らせることができる。使うと壊れちまうけど、マジでやばくなったら使うといい。すぐに向かうから」
「わ、わかったのです! じゃぁ、わたしは真理たちの所に行ってくるのです!」
「お、おい」
急に立ち上がったすばるが小走りで従業員休憩室を出ていく。
なんだ? お花でも摘みたくなったのか?
まぁ、男で元魔王の俺には伝えにくいかもしれないな。
「……俺も行くか」
明日の心配は明日することにして、俺はお世話になった従業員休憩室を後にした。




