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第5話 真夏に桜の匂いがした。

「やっほー! 来ちゃったんですケドー!」

「お邪魔します」


 すばると二人で過ごした休日から四日。

 『晴湯旅館』でのアルバイトもそろそろ終わりというその日に、珍しい組み合わせの宿泊客が現れた。


「麻生さん?」

「真理?」


 中庭を掃除していた俺とすばるの前に現れたのは、同級生の二人。

 一人は、俺のクラスの学級委員長である麻生さん。

 そして、もう一人はすばるの親友である吉永さんである。


「きゃー! すばる、着物じゃん! 似合うー!」

「きゃー! ありがとうなのです!」


 かしましげに手を取ってはしゃぐすばると吉永さんを傍目に、俺は麻生さんに向き直る。


 少し大きめのキャップにダボッとした薄手のオーバーパーカー。

 裾からちらりと見えるホットパンツ。そこから伸びる健康的な脚。

 アクティブな夏の装いの彼女に、少しばかり心が浮足立つ。


「驚いた。二人ともどうしたんだ?」

「灰森君に誘ってもらったの。ほら、テストの打ち上げできなかったからって」

「ああー……」


 夏休みが始まる前──期末テストの打ち上げをしていた俺達は、ちょっとしたトラブルに巻き込まれ、楽しい時間の中断を余儀なくされた。

 その埋め合わせ企画を考えている、とは耀司から聞いたが……なるほど。

 さすがは陽キャマスター。

 なかなか粋なことをしてくれる。


「アタシ、こういう旅行って初めてかも? めちゃアガる」

「そうなのです? いっぱい楽しむのです!」


 すばると吉永さんがはしゃいだ様子でハグを交わす。

 吉永さんは持病のこともあっただろうし、今までこういう機会も少なかったのだろう。

 俺としても、すばるのフォローをする人間が増えたのは有難い。


「青天目君、迷惑じゃなかった?」

「いやいや、大歓迎だよ」


 そう返事をしながら、思わず麻生さんに魅入ってしまう。

 いつものきっちりと制服を着こなす委員長スタイルも似合っているが、今日のようなラフな格好の彼女はなんというか、少しアクティブな印象があって新鮮だ。


 そうか、これがギャップ萌えというヤツか……!


「蒼真! その目つきはアウトなのです!」

「青天目な。だが、忠告はありがとう」


 すばるの言う通りだ。

 いくら気安いクラスメートで友人とはいえ、女の子相手に不躾な視線が過ぎた。

 これではセクハラに問われても言い訳できない。

 節度と距離感はきっちりと意識しておかねば。


「あははは、二人は相変わらずだね。どうかな? 似合ってる?」


 小さく笑った麻生さんが、オーバーパーカーの裾を小さくつまんで俺を見る。

 その仕草に思わず生唾を飲み込んだものの、さて──ここは正直答えていいものかどうか。

 そもそも、俺みたいなコミュ障の陰キャには、些か難易度の高い問いすぎるのでは?


「似合ってるよ」

「バッチリなのです!」


 すばると被って、お互いに顔を見合わせる。

 俺にだけ向けられた問いかと勘違いして、内心赤面しているのは秘密だ。

 そんな俺達を指してけらけらと笑う吉永さんが、麻生さんの隣に並ぶ。


「カブってるし! 息ピッタリなんですケド?」

「それは息が合ってると言うんだろうか……」

「とーこーろーでー? ナバちゃん? アタシにはなんもなしなワケ? ん?」

「え」

「え、じゃないんですケド! アタシだって、オシャレ、してきたのになにもないワケ?」


 そう期待のこもった目で俺を見ないでもらえるだろうか。

 そういうのをサラっとするのは耀司の仕事なんだ。


「どう? どう?」


 白のチューブトップにオーバーオールという装いは、正直ドストライクなのだ。

 上半身と下半身のメリハリがしっかり効いてて、スタイルのいい吉永さんをさらに魅力的に見せている。

 かと言って、それをつらつらと口にできるほど、俺の口は高トルクではないのだが。


「い、いいんじゃないかな? 良く似合ってるよ」

「もう一声」

「あー……えっと、かわいい?」

「何で疑問形なワケ?」


 頬を膨らます吉永さん。

 だが、その様子はもはや病弱を隠していた以前とは違って、とても自然だ。

 これほどまでに手強くなるとは予想外だったが。


「真理、あまり近寄ってはいけないのです。この魔王は、視線で服に穴を開けかねないのです」

「マジで? ぱねーッ」

「ジョークではないのですよ?」


 いや、ジョークだろ。

 さすがの俺もそんな芸当はできない。


 ……できないか?


 待てよ……魔法で工夫すればなんとかできるかもしれない。

 実用性はまるで皆無なので、今まで考えたこともなかったけど。

 なんだか、そう考えると開けてみたい気もしてきたぞ。


「これは胡乱でえっちなことを考えているときの顔なのです」

「まさか。ははは」


 笑ってごまかしておいたが、なぜバレたんだろう。

 やはり、勇者というのは油断ならない。


「ほら、ここは俺がやっとくから二人をフロントに案内してこい」

「了解なのです! こっちなのです!」


 二人を置いてけぼりにして、すばるが小走りで駆け出す。

 おいおい、客を置いていってどうする。


「元気そうでよかった。すばるがバイトって聞いたときは、ヤバみしかなかったケド」

「あれでなかなか毎日頑張ってる。今のところ問題なしだ」


 やや過大評価だが、事実として俺がカバーしきれないような致命的でクリティカルな失態は今のところない。

 ここのところは、客寄せパンダ(若女将風味)も少しばかり板についてきて、愛想笑いもできるようになってるしな。


「ふぅーん? それで……? 水着、どうだったワケ?」

「返答に困る質問はよしてもらおうか」

「かわいかったっしょ?」

「……まあな」


 俺の返答に、吉永さんが麻生さんと頷き合って小さく笑う。


「次はアタシらも一緒に行くし。ナバちゃんにチョイスしてもらったヤツ、着ていくかんね!」

「楽しみにしててね、青天目君」


 軽く手を振って、すばるの後を追う二人。

 吉永さんはともかく、麻生さんはこんな風だったろうか?

 そして、俺は何を楽しみにすればいいのだろうか……?


 これはもしかして──春の気配か?

 ……夏だけど。


「お、なかなか攻めてきたねぇ。さすが、夏……だよな」


 首をひねっていると、サプライズ成功を近くで楽しんでいたらしい耀司が俺の隣に並んだ。


「したり顔で何言ってんだ、耀司。お前はあいさつしなくてよかったのか?」

「バッカ、お前。あの空気の中でて行けるかよ。しっかし、蒼真……お前ってマジにラノベの主人公みたいだよな」

「実はそうなんだ」


 様式美な答えを返して、俺はやはり首をひねるのであった。


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