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第3話 いろいろと0距離すぎる。

 カラフルなストライプのビキニに、デニムショーパンを合せた水着。

 メリハリのあるすばるのしなやかな肢体が、太陽に照らされて輪郭を強くしていた。


「な、なにかコメントはないのです!?」

「──……」


 言葉のでない俺に、すばるが両手を広げてみせる。

 そこはお前、「いやらしい目つきなのです」とか何とか言って、隠すところじゃなかろうか。

 おかげで、視線が逆に吸い寄せられてしまったぞ。


「似合ってないのです?」

「いや、うん。よく似合ってる」


 自分で選んでおいてなんだが、本当によく似合っている。

 これは眼福と言って過言ではなかろう。

 これが元勇者(すばる)でなければ、一撃で心を奪われてしまっていたところだ。


「む、反応が悪いのです」

「いやさ……本当によく似合ってて、少し驚いた」

「そ、それはありがとうなのです」


 照れた様子で、小さく笑うすばる。

 それを見て、俺は少しほっとした。

 こいつがこうして喜んでくれているなら、俺だって嬉しい。


 元魔王が元勇者の水着を選ぶだなんて、ちょっとシュールだな、などと思っていたが……こうしてみると、普通の高校生らしくていいじゃないか。

 うん。悪くない。この水着を選んで正解だった。


「蒼真も脱ぐのです! 一緒に海にだいぶなのです!」


 自分だけ水着でいることに気恥ずかしくなったのか、俺のTシャツを引くすばる。


「少し待て、まだパラソルを立てたところだぞ?」

「十分ではないのです?」

「他にもいろいろやることがあるんだよ。それに、日焼け止めもまだ塗ってないしな」


 夏休み明けに、陰キャが日に焼けて登校して「お、一皮むけちゃった?」みたいな空気になるのはまっぴらごめんだ。

 俺は自らの生っちょろい美白を維持したまま夏を終えて、変わらぬ日々に戻りたい。


「日焼け止め、塗ってないのです」

「そこの鞄に入ってるから塗っておけ。まあ、肌を焼きたいなら話は別だが」


 持ってきたスポーツバッグを指さして、俺はビーチパラソルとレジャーシートに軽く盗難防止用の魔法を付与する。

 周りから見れば少し神経質にそれらを微調整しているようにしか見えないだろうが。


「蒼真、蒼真」


 しばしして、俺のシャツの裾をすばるが引く。


「はいはい。なんだ?」

「背中、塗ってほしいのです」

「おうよ」


 と、軽く返事してから、ギクリとして止まる。

 今、こいつは何と言ったか?

 この魔王レグナに日焼け止めを塗れと……!?

 美少女(すばる)の背中に?


「よし、背中のことはもう諦めないか?」

「後ろだけ焼けてしまったらどうするのです!?」


 おいおい……!

 こんな展開、現実にあるわけないだろ。

 安っぽいラブコメじゃあるまいし。


「ラブコメなので問題ないのです」

「いや、まあそうなんだが。いや、そうなのか?」

「四の五の言ってないで塗ってほしいのです」

「ああ、もう。わかったよ! 貸せ」


 差し出された日焼け止めを受け取って、それを手に絞り出す。

 軽く手のひらで伸ばしてから、すばるの背に触れた。


「ひゃぅ」

「変な声を上げるな」

「思ったよりもくすぐったいのです」


 くすくすと笑うすばるの背中に、日焼け止めを塗り広げていく。

 ……なんだか、ちょっと、やってはいけないことをしている気持ちになってきたぞ。

 普通、友人同士の男女というのはこんな距離感なのだろうか?

 友達と海に行った経験などないからわからない。やはり、耀司を連れてきた方がよかった気がする。


「ほら、塗ったぞ」


 せめてもの照れ隠しに軽くぺちんと背中を叩いて、俺はため息を吐きだす。

 いくら腐れ縁の相手と言えども、俺も健全な男子の端くれである。

 こうも軽々に肌に触れさせるのは、いかがなものか。

 これは吉永さんに説教の一つでも依頼しておかねばなるまい。


「今度はわたしの番なのです」

「んん?」

「お返しに日焼け止めを塗ってあげるのです」

「あ、結構です」


 日焼け止めを手にしたすばるから、そっと数歩離れる。

 俺が美少女(すばる)に触れるのは、百歩譲って役得だと納得もしよう。


 だが、すばるに触れられるのは、何かおかしい気がする。

 そういうのは、なんだかアレみたいじゃないか。


「む、借りを返さないのは勇者の名折れなのです!」

「バカ言え。そんなことを言い出したらお前は負債で倒産してしまうぞ」

「では、ここで返せる分は返しておくのです」


 両手にしっかりと日焼け止めをのせたすばるの姿が、一瞬で視界から消える。

 直後──【縮地】で俺の懐に踏み込んだすばるが、そのまま正面から抱きつくようにしてTシャツの中に手を滑り込ませ、俺の背中に日焼け止めを塗り始めた。


「魔王、破れたりなのです!」


 得意げにそうのたまいながら、ご機嫌に俺の背中をまさぐる元勇者。

 ちなみに、俺はというと、完全に固まってしまっていた。

 なにせ、すばるが俺の背中に手を回せているということは、完全に密着状態であるという事でもある。

 シャツ越しとはいえ、すばるのたわわでダイレクトな柔らかさが──俺の思考を、ポンと吹き飛ばしてしまった。


「……蒼真?」

「も、もう十分なので、少し離れてくれないか。勇者殿」

「……? ──ッ!」


 次の瞬間、顔をみるみる赤くしたすばるから放たれたゼロ距離ボディブローが俺の腹部を直撃した。


 ◆


「ごめんなさいなのです! ごめんなさいなのです!」

「よしよし、今回は【聖撃】を使わなかったな。えらいぞ」


 衝撃で肋骨が折れたし、内蔵もちょっぴりダメになった気がしたが、聖なる気が含まれていなければ治癒魔法で回復可能だ。

 以前、記念館で受けた【聖撃】コミコミのボディブローに比べれば随分と優しい。

 元勇者殿の成長には目を見張るものがある。


「わざとではないのです……」

「わかってるよ。大丈夫だ、気にするな」


 こういう時のための、元魔王──俺である。

 これが夏に浮かれた一般ナンパメンであれば、今頃は砂浜を赤く染める凄惨な事故になっていたに違いないが、俺に放たれる分にはジョークの範疇と言っても過言ではあるまい。

 昨今はあまり見なくなったが、「きゃーえっちー」などと言いながらあからさまな重撃を放つ女子というのは、日本のサブカルチャーにおける伝統だしな。

 さすがに100トンの衝撃を受け止めるのは文字通り骨が折れるかもしれないが。


「さあ、日焼け止めも塗ったし。海に行くか」

「はい、なのです」


 しょんぼりとした様子のすばる。

 これでなかなか気にするタイプなんだよな、この元勇者は。

 こういうとき、耀司や吉永さんみたいな陽キャテイストなのがいれば、フォローも容易いのだろうが、あいにく今日はすばると俺のダブル陰キャ構成だ。

 ……しかたない。ここは俺がはしゃいでみせようじゃないか。


「隙あり」

「はぇ!?」


 うつむくすばるをひょいと抱え上げて、そのまま海に全力ダッシュする。


「な、なにをするのです!? 蒼真!」

「魔王は勇者を返り討ちにするもんだろ?」


 波打ち際を通り過ぎた俺は、勢いそのままにすばると共に海にダイブした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まさにラブコメ!
[一言] 青春!
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