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第2話 目には毒だが心には薬である。

 『晴美島』のバイト五日目。

 どんどん発生する大量の雑用をさばいて、本日の仕事を終えた俺の肩を親友が軽く叩く。


「おっつかれーい」


 学校での様子と変わらず、妙に軽いテンションの親友。

 どこにいても変わらん奴だ。

 もしかすると、うっかり異世界に行ってもこの調子なのかもしれない。

 ……その時は、俺が連れ戻しに行くが。


「ああ、おつかれさん」

「いい仕事っぷりだって、伯母さんが褒めてたぜ?」


 耀司の伯母である克子さんは、この老舗旅館『晴湯旅館』の女将だ。

 初日にあいさつしたっきりだが、お役に立てているならアルバイト冥利に尽きるってものである。


「大したことはしてないけどな」

「こまごました雑用だって仕事だっつーの。たまってくると人手が足りなくなんのよ」


 まぁ、俺がこっそり魔法を駆使してタスクを処理しても一日ひっきりなしに何か仕事があるくらいだ。

 耀司の話もあながち俺のへのリップサービスってわけでもなかろう。

 

「んで、明日はどうすんよ?」


 従業員用通路を軽く雑談しながら歩く。

 そろそろ部屋につくというところで、耀司がそう切り出した。


「海に、逝く」

「そこは『行け』よ。決死の覚悟するとこじゃねーから。んでも、どういう心境の変化よ?」

「日月と約束しちまってな」


 俺の返答に、耀司が口角をあげる。


「へぇ……? んじゃ、オレっちは席外した方がいい系?」

「日月に確認しておくよ」

「いやそこは即答しろよ。デートなんだろ?」

「は?」


 思考が一瞬フリーズする。

 これがもし戦闘中ならやばかった。一瞬の油断が命取り。


「そんなわけないだろ」

「じゃあ、何だってんだ?」

「普通に遊びにって話じゃないか?」


 俺の返答を、妙にニヤニヤしながら聞く耀司。

 どうにも誤解がひどいようだな。

 何か恐ろしい呪いの詰め合わせでも提供してやろうか?

 夏は怪談の季節だからな。とびきり恐ろしい目に合わせてやるのもやぶさかではない。


「カナヅチのお前が無理して海に行くってくらいだぜ? 普通なわけね―じゃん」

「そうだろうか?」

「そうしかねーだろ。だからオレはパスらせてもらうぜ。日月ちゃんと二人で行って来いよ。健闘を祈る」


 それだけ言って、耀司が去る。

 何か大きな誤解がある気もするが、耀司が来ないと言ったことに妙にほっとした自分に俺は首をひねった。


「うーむ……?」


 部屋に入ってからも気にはなっていたが、しばらくすると俺は考えることをやめた。

 わからないことを延々考えていたって答えなどでやしないのだ。

 それよりも、明日──『晴美島』に来て初めての休暇──の準備をしなくては。


 ◆


「お待たせなのです」


 『晴湯旅館』から砂浜までは徒歩五分。

 着替えた宿泊客が水着のまま海水浴に向えるロケーションというのは、この旅館のウリの一つである。

 つまり、俺達もそうすることにしたという訳で……目の前には、薄手のパーカーを羽織ったすばるがいた。

 再会時より少し伸びた黒髪は小さくヘアピンでまとめられ、パーカーの裾からはすらりと生足が伸びる。

 相も変わらず無駄に美少女な元勇者の視覚的攻撃力に思わず目を逸らす。

 ……これはどうにも目に毒だな。


「お天気に恵まれたのです」


 俺の苦悩など微塵も知らないすばるが、空を見上げて眩しさに目を細める。

 それが、あまりに絵になりすぎていて、思わずどきりとさせられてしまった。


「あ、ああ……そうだな。暑くなりそうだ」

「どうしたのです? はしゃぎすぎて眠れなかったのです?」

「なんてことない」


 よし、落ち着け、俺。

 そりゃ水着女子というのは全男子の憧れであろうが、目の前にいるのは俺をバッサリと叩き斬った元勇者殿だ。

 確かに美少女ではあるんだろうが、そういった目を向ける対象ではない。

 夏の魔力に呑まれるんじゃない。

 いかなる魔力とて俺の前では制御下となるはずだ。

 そうとも、腐っても元魔王のはずだろ? 俺は!


「どこに向かって確認をしているのです?」

「気にしないでくれ」

「まあいいのです。蒼真が変なのはいつものことなのです」


 非常に失礼な納得の仕方をしたすばるが、俺の手を取って引っぱる。


「さぁ行くのです! 海がわたし達を呼んでいるのです!」

「お、おい」


 まったく、この距離間の近さはなんだというのか。

 俺を『男』として認識していないという証左でもあるので、邪険にするわけでもないが、もう少しは自重というものを覚えてほしい。

 こんな風に手を握られたら、勘違いしてしまうヤツがいてもおかしくないんだぞ?


 少なくとも、これが俺でなければ完全に恋に落ちていただろう。

 そのくらいに、この元勇者殿は可憐で可愛らしい容姿をしているのだ。

 懐かれて悪い気はしないが、慣れた俺であっても時々ドキリとさせられてしまうので、本当に気をつけてほしい。


「そう急ぐな。ころんだらどうする」

「子どもではないのです! それにそうなっても蒼真が助けてくれるのです」

「また俺をボディブローで殺す気か……!?」


 あのような事故が起こらないように俺も気をつけはするが、事故(イベント)というのは起きるべくして起こるものなのだ。


「む、今度は殴らないように気をつけるのです」

「そういう問題じゃないんだぞ、元勇者殿」

「あの時とは違うのです。蒼真にならちょっとくらい触られたって大丈夫なのです」

「そういう事でもないんだぞ、元勇者殿……」


 肩を落として、小さくため息を吐きだしてしまう。

 まったく、なんてことを言い出すんだ。

 おかげで、うっかり感触を思い出してしまったではないか。

 まあ……確かに、あの事件があった頃はお互いに再会した直後で、今とは少し違う距離感であったが。


「大丈夫、転んだりなんかしないのです──あぅ」

「おい」


 さっそく軽い段差を踏み外してバランスを崩したすばるの腰を支える。

 よそ見をしながら歩いたりするからだ。


「ほら、大丈夫だったのです!」

「なんでお前さんが得意げなんですかね……」

「細かいことはいいのです!」

「はいはい」


 やけに上機嫌なすばると、軽い世間話をしながら歩く。

 まだ比較的早い時間だというのに、周囲にはすでに多くの海水浴客が思い思いに楽しんでおり、なかなかに盛況だ。

 さすがはリゾートってところか。


「久しぶりの海なのです! 遊び尽くすのです!」

「そうなのか?」

「パパとママは売れっ子なので、お休みがあんまりないのです……」


 確か、すばるの両親は漫画家と小説家。

 夢のある仕事の夢のない事情を知ってしまった気分だ。


 だが、なるほど。

 そんな負い目があれば、危なっかしい一人娘のフォローを俺に丸投げして、リゾートバイトに送り出そうという気にもなるか。

 砂浜を少しばかりうろつき、とある一角で俺達は立ち止まる。

 海にも売店にもトイレにもそこそこ近くて、なかなかいいロケーションだ。


「この辺りでいいか?」

「ここを我々の拠点とするのです!」

「はいはい。それじゃあ、パラソルとか設置するから遊んでおいで。あんまり遠くに行っちゃだめだぞ。あと、知らない人に声をかけられてもついていかないように」

「蒼真は一体なに目線でわたしを見ているのです……?」


 俺の言葉に一瞬意気消沈したらしいすばるであったが、すぐに気を取り直していそいそと準備を始める。

 早速にくしゃくしゃにしたパーカーを広げたレジャーシートの上に放り出したすばるに、俺は小さくため息をついた。

 おのれ、元勇者め。もう少し整理整頓を心掛けるがいい!

 ……などと心で魔王風味なことを思いつつ、それを手に取る。


「せめて軽く畳んで置けってば」


 そう小言を言いながら、すばるに顔を向けた瞬間……俺は固まってしまった。


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