第1話 そんなの、似合うに決まってる
書籍版、本日発売('ω')!
これを記念して、改稿を経た「夏休み編」を順次公開してまいります!
「納得いかないのです!」
夏休み。
耀司の親戚が経営する旅館でのアルバイト四日目、その夜。
本日の業務をつつがなく終えた俺の部屋にすばるが踏み込んできて、二時間。
「納得いかないのです!」
「それはもう聞いた」
俺の返答にも納得がいかないのか、少し頬を膨らませたすばるがこちらをジト目で見つめる。
まぁ、何に納得いっていないのかは昨日も一昨日も聞いた。
言いたいことはわかる。
「適材適所というやつだ。これも経験だ。しっかり励めよ」
「わたしは疲れてしまったのです」
「おいおい、疲れるのが早過ぎやしないか?」
とはいえ、すばるの気持ちもわからないでもない。
雑用その他と聞いて、人生初のアルバイトと張り切っていたのも束の間、すばるに与えられた仕事は出迎え対応。
夏の華やかさを演出する『期間限定高校生若女将』のポジションである。
客寄せパンダのように扱われれば、さすがにストレスもたまることだろう。
「蒼真は気楽で羨ましいのです」
「俺は完全に裏方だしな」
裏方は裏方でそれなりに忙しくはあるのだが、そもそも、俺のような高校生アルバイトにできる仕事はそう多くない。
つまり、雑用全般だ。
その雑用にしたって『誰にでもできる』ものがほとんどであり、例えば宴会場の清掃やセッティング、あとはゴミ出しなど。
宿泊客と接触する機会はほとんどなく、ここ四日だとせいぜい数回ほど道を尋ねられたくらいだ。
……だが、すばると耀司は少し違う。
まぁ、耀司はこの旅館の親戚筋の人間なので、それなりにこなれた風に仕事をこなしている。
そもそも元より陽キャであるためか、リゾートに繰り出そうって連中と相性も良い。
コミュ力お化けなあいつは、サービスマンとして高い適応能力を持っているのだ。
で、問題は目の前で可愛くむくれる元勇者殿だ。
中身は極めてポンコツ勇者な残念ガールではあるが、被っているガワは非常に良い。
端的に言うと、すばるという女の子は美少女と言って差し支えない容貌の持ち主なのである。
それ故に、だ。
俺と同じ陰キャ属性にもかかわらず、すばるは表舞台に配置されることとなった。
制服代わりに着物を纏い、笑顔でお客様をお出迎えするのは、人見知りをするこいつにとっては些か高難易度な仕事に違いない。
それでも、ここのところを見ているとこなれてきたのか少し余裕があるようにも見えたが。
「毎日気疲れがやばいのです。時給アップを要求するのです」
「俺に言うな。耀司を詰めるんだな」
「そんなことできないのです……」
しょんぼりとするすばるを見て、俺は軽く笑う。
前世──〝勇者プレセア〟からは想像もつかない姿だ。
友人である耀司が困るであろうと理解して口をつぐみ、何を言っても許されるだろうと俺に愚痴る。
こいつが望む『普通の女の子』に随分と近くなった。
「なかなかできない体験だ。勉強だと思って楽しんだらどうだ?」
「それはそうかもしれないのですけど、予想と違ったのです」
「いいじゃないか。似合ってるぞ? 着物」
俺の言葉に顔を上げて、不思議そうな顔をするすばる。
「本当なのです?」
「俺が嘘を言ったことがあるか?」
「元魔王の言葉を鵜呑みにするほど愚かではないのです」
おっと、突然の前世ディスはやめてもらおうか。
まあ、俺の言うことをそうやすやすと信じられないのも仕方あるまい。
腐っても元宿敵同士。そのくらいの緊張感と距離感はあってしかるべし、だ。
「それよりも、明日あがったら明後日は休みだな」
「なのです!」
一転、すばるの顔が明るくなる。
この十日間のリゾートバイト……六日目は中休みとして一日休みをくれる約束になっていて、その間は自由に遊んでいいという約束なのだ。
もともと『晴美島』は、歴史ある温泉保養地だった。
しかし、最近は少しばかり寂れてしまっていて、一時は廃業の危機だったらしい。
そんな『晴美島』だったのだが、とある企業が町おこし事業に巨額の資金を投じたことにより、今や日本でも有数のリゾート観光スポットに変貌を遂げていた。
いまやこの島は『晴美島リゾート』と名前を変えており、若者の『夏、一度は行ってみたい場所トップ10』にも入る場所となっている。
そのような場所で夏休みを過ごす機会を得たのだから、耀司には感謝しなくては。
「それで、蒼真はどうするのです?」
「んー……まだ決めてないが、のんびりと本でも読むかな」
真っ白な砂浜にビーチパラソルを立てて、潮騒を聞きながら積ん読となっていたラノベを嗜む。
うん、これはなかなか贅沢な時間の使い方だ。
「……ドン引きなのです!」
「えっ」
悦に入っているところに、すばるの言葉が突き刺さる。
俺がどんな風に過ごしたって、お前にドン引きされる筋合いなどないはずなんだが?
「海なのですよ、海!」
「そんなことはわかっている」
しかしだな、愚かなる勇者よ。
そこに海があるからと言って、なにも絶対入らねばならないという決まりはないだろう?
「いいか、すばる。夏休みというのはな、誰にも邪魔されず、自由で……」
「思い出したのです。蒼真はカナヅチなのです!」
「泳ぐ必要がないだけだッ」
元勇者の失礼な発言を強めに修正しておく。
水の上を歩くこともできるし、何なら海を割って海底を散策することだってできる俺が、なぜ泳ぐ必要があるというのか。
あんなものは、水を自由にできない人間どもが編み出した苦肉の策に過ぎない!
そうだ、決して泳げないわけじゃないんだぞ!
「誰に向かって力説しているのです?」
「気にしてはいけない」
すばるに首を振って応えて、俺は小さくため息を吐く。
「なぁ、なにも海だからって泳ぐ必要なんてないだろ?」
「普通は海に来たら泳ぐものなのです」
「そうだろうか?」
「そうなのです。それに──」
何かを言いかけて、すばるが口をつぐむ。
常に考えなしに突っ走るお前が言葉を止めるなんて、大した自制心じゃないか。
なかなかの珍しい光景に、思わず興味が口から飛び出す。
「それに、なんだ?」
「……」
答えずに目を逸らす、すばる。
こうなると、俺だって気になってしまう。
「なんだよ、気になるじゃないか」
「蒼真が海に行くと約束してくれるなら、なら話すのです」
「卑怯だぞ……! 元勇者」
「なっ……わたしは卑怯者ではないのです!」
俺の言葉に、すばるがすっくと立ちあがる。
勢いが過ぎて浴衣がはだけそうだぞ、すばる。
ちゃんと隠しなさい。
ちらつく肌色を直視しないようにそっと目を逸らす俺。
その前にするりと回り込んで、すばるが口を開く。
「……水着、が、ちゃんと似合ってるか、見てほしいのです……」
「な、なるほど……?」
少し頬を赤く染め、囁くような声のその言葉を聞いた瞬間──俺は、何故だかこくりとうなずいてしまっていた。




