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童貞にしか抱けない女

作者: 南野小路

芥川賞を狙って書きました。応援よろしくお願いします。感想がいただけたら嬉しいです。

 時は元禄。常憲院様(徳川綱吉)の御代なれば、その当時の江戸は世界一華やかな都市といっても過言ではないでしょう。


 江戸の外れの寒村に七人の童貞たちが住んでおりました。


 名をそれぞれ、チャリ一郎、チェリ二郎、チェリ三郎、チェリ四郎……。


 童貞たちは気持ち悪い童貞ながらも互いに互いを助け合い、仲睦まじく暮らしておりました。


「ワンフォー童貞、オールフォー童貞!!」


 ある晴れた朝のことです。冬の寒さも去りかけた弥生(旧暦三月)のことです。

 今日も今日とて、チェリ二郎は素人もののエッチビデオを見ながら、股間を甘いじりしようとしていた時です。外から慌てた様子で一人の童貞が長屋に駆け込んで来たのです。


「てえへんだ、てえへんだ!! チェリ二郎のアニキ、てえへんだぞ!!」


 見れば、身体中を汗でびっしょり、股間をギンギンにしたチェリ五郎がハアハアと息を荒く、まるで発情した犬のような様子。尋常ならざるその様子に流石にチェリ二郎も手淫は後回し。弟分のチェリ五郎のためによく冷えたカルピスを出しながら尋ねました。


「なんでえ、なんでえチェリ五郎。俺はちょっとやそっとのことじゃあ驚かねえぜ。で、なんだい? 何があったってんだい。え? お気にのセクシー女優でもそこらに歩いていたか? もったいぶらずに教えろよ」

「おいおい、アニキ。勿体ぶるもぶらねえもスク水ブルマもねえんだよ!! 隣の角の茶屋に、んもう、この世のもんとは到底思えねえようなベッピンがいんだよ」

「んなあに!? あのジジイしかいなかった茶屋にか!? そいつはことだ、見にいかねえとな!!」


 と、勢い勇んだチェリ二郎。弟分のチェリ五郎をどんと突き飛ばして茶屋へと急ぐのです。


 すると、そこにはもう既に他の童貞義兄弟たちがずらりと並んで、パシャリパシャリ、とスマートフォンのカメラで必死に店内を撮影していました。


「てめえら、どけどけ!! どこだ。どこに件の女はいんだよ」

「あそこだよアニキ」


 末弟のチェリ七が指差す先には、確かに、これは天女かと見まごうほどの美女がおわしました。となってはさあ大変。たちまちチェリ二郎の股間におわします愚息がムクムクムクムクと奮い立ったのです。


 その女の名はお満と申しました。

 歳の頃は十七。

 戦国大名弓矢で殺す。お満さんは目で殺す。とはよく言ったもんで、男の、特に同定の心を射殺すのには十分ずぎるほどの魅力とダイナマイトボディを備えた完璧な女でした。


「おいおい、ああいうのをスイカップっていうんだろうなあ。あのスイカみたいなおっぱいのむしゃぶりつきってえもんだぜ」


 とは長男チェリ一郎の言。

 チェリ二郎はひと目でお満さんにフォーリンラブでした。


「女の子は恋をすると綺麗になるのよ」とはかの小野小町の言葉として名高いものですが、童貞とは恋をするとその気持ち悪さを増すものです。気持ち悪さ倍増。イカ臭さ5倍増といった具合でしょうか。


 それからのチェリ二郎は連日、茶屋の前のコンビニエンスストアーから望遠鏡でお満さんを観察する日々でした。当世風の言葉で表すならばまさに「ストーカー」になったということです。


 お満さんに告白をする勇気など30年以上童貞を貫いているチェリ二郎にある訳ございません。ただひたすら観察し、時には撮影をし、夜中、それらの記憶を思い出しては布団の中でゴソゴソゴソとするだけの日々でございます。


 そんなある日、チェリ二郎は弟分のチェリ四郎の様子がおかしいことに気がつきました。

 ははあん、さてはこいつ海外のアダルトサイトでエッチ動画を閲覧しようとしてスパムを踏みやがったな、と最初は思いましたが、どうやら違う様子。ソワソワ、モジモジ、しております。


「なんだてめえ、さっきから気持ち悪い。悪いもんでも拾い食いしたのか?」


 チェリ二郎が問い詰めると、最初は言い澱んでいたチェリ四郎ですが、観念したように頭をかきながら白状し始めました。


「実は俺、童貞を卒業したんだ」


 言い切る前に、飛ぶのは長男チェリ一郎アニキのゲンコツでした。


「てめえ、おいこらてめえ!! チェリ四郎よ、てめえまさか、まさかとは思うが義兄弟の契りを忘れたってんじゃねえよな!! 我ら生まれた時は違えども、童貞を失う時は同じだと、誓ったよな!! てめえのツラなんてもう二度と見たくねえ!! 今日限りでてめえとの兄弟関係は終わりだ。とっとと失せな!! このヤリ四郎が!!」

「ち、ちげえんだよチェリ一郎アニキ。俺はお満さんに誘われたんだ」


 と、次に飛んだのはチェリ二郎の拳でした。それは目にも止まらぬ速さでチェリ四郎改めヤリ四郎の頬を貫く高速のストレートでした。


「てめえは俺が殺す!! ここで殺す!! いうにことかいてお満さんがお前を誘っただと!? 寝言は死んでから言え!! どこの誰がてめえみてえな包茎チンカス短小クソ野郎に抱かれるってんだ!! お満さんは千両つまれたっててめえの誘いなんか断るだろうよ!!」

「ほ、ほんとうなんだよ。あいつ、土下座すれば誰にでも股を開く色狂いなんだよ。もちろん一銭だって渡してねえ。町内の噂だぜ。試しにアニキたちも頼んでみればいい。すぐにヤらせてくれるさ」


 それを聞くや否や、チェリ二郎以外の義兄弟たちは長屋をサッと飛び出しました。アズスーンアズポッシブル。可及的速やかに義兄弟たちはお満さんのもとへ走るのです。


「お、おい」


 チェリ二郎が静止する暇もありませんでした。風のように去った兄弟たちを茫然と見送る他ありませんでした。


「俺はお満さんを愛しているのだ。決して邪な気持ちで見ているわけではないのだ。性欲を発散する対象にしたいわけではないのだ。これは、この気持ちは真にプラトニックな恋なのだ」


 チェリ二郎はそう自分に言い聞かせながら、fanzaでお満さん似のセクシー女優の出ている企画もののエッチ動画に課金するのでした。


「ああ、気持ちよかった」

「ああ、最高だった」

「ああ、あれが女体か」


 帰ってきた義兄弟たちは口々にそう言い合っています。今や、この長屋においてはチェリ二郎以外の義兄弟たちは皆、お満さんの穴兄弟と成り果てたのでした。


 もはや、ここではチェリ二郎こそがマイノリティであり、非童貞こそがマジョリティなのです。


 チェリ二郎は一人、枕を涙とカウパーで濡らすのでした。


 それから数日が経ち、ある昼下がりのことです。チェリ二郎と、その他義穴兄弟たちはすることもなく惰眠を貪っておりました。

 そこに「ごめんください」と声がしました。

 誰も起き上がる様子がなく、仕方なく、といった具合にチェリ二郎が立ち上がり長屋の戸を引くとそこには見覚えのある顔がありました。


「あ、あ、あ、こりゃ、お、お満さんじゃねえですか!! ど、どうしたんですかい!!」


 童貞特有のコミュ障ぶりを発揮しながらも、チェリ二郎はなんとか美女に会話を試みます。


「今日はチェリ次郎さんに御用がありまして参りました」

「へ!? いやあ、そりゃ光栄だ!! ささ、こちらにどうぞ。きったねえ貧乏長屋ですが立ち話もなんでしょう。おい、ヤリ七、座布団持ってこい。ヤリ五郎、てめえはカルピスを持ってこい」


 チェリ二郎は兄弟たちにを出しますが、どうにも要領を得ません。非童貞の義兄弟たちは何やらチェリ二郎を哀れみのこもったような目で見ているのです。


「おい、どうしたんだよ、てめえら。お満さんがいらっしゃったんだぞ。ほら、おもてなししろよ」


 はあ、と深いため息は長男ヤリ一郎のものでした。


「とうとう、童貞を拗らせすぎて幻覚を見始めたようだ可哀想に。気でも狂ったのか。誰もいないじゃないか。お前も早く頼んでお満さんに童貞を貰ってもらえ。三十路を越えて童貞だなんて、どこか問題のある人間なんじゃないかと思われるぞ」


 はて、これは? と鈍いチェリ二郎もそこで気がつきます。どうやら他の兄弟たちにはお満さんの姿が見えていないようなのです。首をひねるチェリ二郎に、お満さんは天使のような微笑をたたえて言うのです。


「チェリ二郎さん。どうか怒らないで聞いてくださいましね。あたくし、童貞の方にしか見えないの。貞操を失った殿方は決してあたくしの姿を見つけることが出来ないし、声を聞くこともできないのよ」


 これにはチェリ二郎もたまげた、っていうもんではありません。


 なんとお満は幼少の頃、その美しさに嫉妬した悪い魔女によって、決してイケメンとは結ばれないようにとその呪いをかけられてしまったのだというのです。お満の姿を見ることができるのは、見た目の悪い、率直に言えば女も抱けないようなキモオタくそ童貞にしか見えないというのです。


「あたくしの姿を見つけることができるのは、いい歳をして、童貞を拗らせた殿方だけですの」


 ああ、なんと悲しきことだろうか。


 お満の言葉に、チェリ二郎は滝のような涙を流します。


「なんてことだ。この世に神も仏もいねえのか。こんな、俺みたいなキモオタ童貞にしか見られないなんて、そんな酷いことあるか!? お満さん、さぞ寂しかったことだろう」


 チェリ二郎がいうや否や、お満は着物の裾をさっとめくり上げました。


「チェリ二郎さん、あたくしを抱いてください。もう、この町にあたくしの姿を見ることができるのはチェリ二郎さん、あなたただ一人なの。あたくしは童貞にしか抱けない女。童貞の方に抱かれている間だけ、確かにあたくしがここにいるんだって実感できるの!! だから、お願い、あたくしを抱いてくださいませ!!」


 ひし、と抱き合うチェリ二郎とお満。しかし、チェリ二郎は震える手でお満の肩をそっと掴むのです。


「いいえ、それは出来ません。お満さん。お満さんを見つけられなくなるなんて俺には耐えられそうにもねえ。俺はたとえ一生キモオタ童貞だっていい。お満さんの笑顔が見られるなら、それでいいんだ。お満さん。俺は心の底からあんたのことを愛している。決してペニスがした恋じゃねえ、心があんたを欲してるんだ」


 お満の美しかった顔が、涙で、歪みます。


「嬉しい。チェリ二郎さん。でもいけないわ。その道は地獄だわ。あたくしのFカップおっぱいを前にして、チェリ二郎さん、あなたの魔羅は我慢が効くの? 必ず欲望が爆発してしまう日が来るに違いないわ」

「いいえ、耐えて見せます。あなたのそばにいられるなら」

「あたくし、童貞にしか抱けない女よ」

「俺は一生、童貞でいい。なんなら今この場でペニスを切り落としたって構わない!!」


 二人は熱い抱擁を交わしました。そして、深く幸せなキスをします。

 生殖器のつながりなど、心のつながりに比べればないも同じなのですから。


 と、その時、昼空に巨大な花火が弾けました。

 それはまるで二人の未来を祝福するかのように大きく広がっていきます。


 同時に、チェリ二郎の履いたジーンズの前の部分がしっとりと湿りました。


「おっと、こりゃいけねえ。キスだけで射精しちまった。まあ、こんぐらいのこと、どうっていうことねえわな。俺は生涯童貞だもの。どうていうこと、ねえわな」

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