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第8話 雨の降る日に

「……セドリック様のお好きな食べものは何かしら、カサンドラ」


 私室でカサンドラにそう尋ねてみたのは、デスタン侯爵家についてから7日目のことだった。

 とにかくやることがなくて暇をしていた。

 5人の使用人にラウルトを交えてカードゲームをしていたが、それにも飽きてきた。


「アプリコットのパイなど美味しそうに召し上がります」


 そういえば、いつかの朝食の日、アプリコットジャムが好きだと言っていたか。


「アプリコットね……」


「それ以外ですと、そうですね。ほうれん草のソテーとか」


「ふうん」


 甘い物も苦い物も好きなのか。どうにも掴めない男だ。


「そういえば、リリアーヌ様のお好きな物を聞いていませんでしたね。コックに伝えておきますわ」


「ええと……ええと……マ、マカロン?」


 実のところリリアーヌは何でも好きだ。

 食べられるものなら何でも食べるし、何でも美味しい。


「あら、可愛らしい。結婚式のケーキはぜひマカロンケーキにしてもらいましょうね」


「結婚式……」


 すっかり忘れていたが、半年後には自分はセドリックと結婚をするのだった。


「結婚式の衣装や招待状に飾りつけ……ああ、やることがたくさんありますね」


 カサンドラは嬉しそうに微笑んだ。


「ロドルフ様の再婚以来ですから……腕が鳴ります」


「結婚式、かあ」


 姉の結婚式に出席させてもらったことはある。

 姉2人は王都の貴族に嫁いだので、移動の手間もそうなかった。


「……誰を招けばいいのかしら」


 リリアーヌの一番の友はグレースだ。

 しかし、もちろんセドリックとの結婚式にグレースを呼ぶわけにも行くまい。

 王都の有象無象の顔を思い浮かべる。

 誰がリリアーヌを祝うのにふさわしいというのだろう。

 グレース以外の誰が。


「…………ふう」


 カードゲームに疲れたと一言言えば、使用人たちは下がった。

 ラウルトも使用人部屋に下がらせる。


 リリアーヌは寝室に引っ込んで、大きすぎるベッドを眺めた。

 本来なら旦那様を迎え入れるためにこしらえられたベッド。

 しかし、ここにセドリックが訪ねてくることなどないのだ。


「…………」




 リリアーヌは一人、また庭園に出ることにした。


「少し寒いわね」


 空を見れば太陽が雲に覆い隠されていた。

 上着を持ってくればよかった。そう思いながら、庭園に踏み出す。

 相変わらず花々は強く美しく咲いている。


「…………きれいね」


 庭師を紹介してもらう。それをまた忘れていた。

 仕方なくひとり庭を歩いていると、以前と同じガゼボでセドリックが本を読んでいた。

 今日はさすがに急いで隠れたりはしない。

 かと言って自分から声をかけることもできず、リリアーヌはしばらく遠くからセドリックを眺めていた。


 ポツリと、首筋に冷たい物が落ちてきた。


「……あ」


 雨が降り始めてきた。


「ん……リリアーヌ? 何をしている。早く天井の下に来なさい」


 セドリックはようやくリリアーヌに気付くと早口で、そう言った。

 リリアーヌは急ぎ足でガゼボに逃げ込んだ。


「あ、ありがとうございます……」


「礼を言われるようなことはない。雨か」


 セドリックは空を睨みつけた。

 その隙にリリアーヌはセドリックの手元の本を見た。

『下働きと王子』だった。


「…………」


「……なかなか止みそうにないな。ああ、リリアーヌ、濡れたんじゃないか?」


 ハンカチを取り出して、セドリックはリリアーヌに差し出した。


「あ、ありがとうございます……」


 リリアーヌは首筋を軽く拭いた。


「…………」


「…………」


 沈黙。雨の音が、うるさかった。


「……リリアーヌ、図書室の場所は分かりづらかったか?」


「え?」


「本を持って行った様子がなかったから」


「……ああ、ええと、まだ、実家から持ってきた本がたくさんありますので」


「そうか」


 またも、沈黙。


「その本、『下働きと王子』ですね」


「君の言葉で思い出してな、読み直していた。……なるほど、確かに、下働きは幸せになれたのだろうか」


 セドリックは本を閉じて、ため息をついた。


「下働きにとって宮廷はあまりに異なる世界だろう……」


「ええ……」


「…………」


 セドリックは困ったような顔をした。


「……王子がきちんと支えてやらねばならないだろうね」


「……ええ」


 自分は下働きで、この人が王子だ。

 リリアーヌはそう思った。

 そう思ったことくらいは、伝わっているだろう。


 しかし、セドリックはそれ以上の言葉を続けなかった。

 リリアーヌは話題を変えた。


「……やみませんね、雨」


「そうだな……よし、本を持っていてくれるか? 濡れないように」


 リリアーヌは従順に、差し出された本を上着の下に押し込んだ。


 どうするつもりかとセドリックをうかがっていると、セドリックはリリアーヌの頭を胸に抱え込んだ。


「せ、セドリック様っ?」


「走る……訳にはいかないか」


 セドリックはリリアーヌのヒールを見、頭を抱きかかえながら、屋敷への道を急いだ。


「ああ……」


 屋敷に到着する頃には、セドリックはびしょ濡れになってしまった。


「着替えておいで、夕食で会おう」


「……はい、ありがとうございます」


 少しだけ濡れたリリアーヌはセドリックと一緒に私室のある方へと向かった。




 私室に戻ると、ラウルトが青ざめた顔で迎え入れてくれた。


「お嬢様!」


「大丈夫、少し濡れただけよ」


「もう……! カサンドラさん、手伝ってくださいませ」


「はいはい」


 使用人たちにあれよあれよと服を着替えさせられていると、本が出てきた。


「あ……」


「あら、本をお持ちでしたの」


「いえ、これはセドリック様の……」


「あら、そうですか、お返ししておきましょうか?」


「……いえ、自分で」


 夕食の席に持っていくわけにもいかず、本を書斎の机の上に置いて、リリアーヌは夕食の席に向かった。


 今日はセドリックとセドリックの父、3人との食事だった。


 相変わらず、セドリックはほとんど喋らなかった。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
元聖女が他人の恋愛模様を通じて、自分も恋愛していく物語、完結です。
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