第5話 デスタン侯爵家の女たち
リリアーヌはベッドに倒れ込み、ポツリと呟いた。
「……疲れたわ」
衣装部屋の他にもたくさんの部屋を巡り、たくさんの使用人と顔を合わせた。
そのほとんどがリリアーヌを歓迎してくれたように思えた。
彼女を歓迎していないのは、セドリックだけなのかもしれない。
「……おとなしくしているとは?」
「ご、ごめんなさい……」
ラウルトの冷ややかな言葉にリリアーヌは素直に謝罪をした。
「ほら、お昼のお茶ですよ。元気を出してください」
「はあい」
お昼にはお茶を飲み、軽食を食べる。
「ん、美味しい……」
リリアーヌはアップルパイを頬張った。
「リンゴが名産なのね、デスタン侯爵領は。ああ、そうだ。衣装部屋に行ったら冬用のドレスを仕立ててもらうことになったわ。ラウルトも寒かったら言ってね。新しい服を仕立ててもらいましょう」
「そうですね……こちらはずいぶんと寒いから」
「老骨にはこたえるんじゃない? 本当に辛かったら、王都に戻ってもいいのだからね。お医者様もたくさんいるし」
「……こんなところにリリアーヌ様をひとりにはさせられません!」
「ありがとう……」
リリアーヌは少し苦笑した。
「でも、あれよ、セドリック様以外は……デスタン侯爵だって、使用人だって、優しい人ばかりよ」
「デスタン侯爵はいずれあなたやセドリック様より先に死ぬのです!」
「ちょっと……失礼よ。あと、それを言ったら、ラウルトの年齢だって……」
「そう、でした……」
「大丈夫、それまでに私、絶対にセドリック様を幸せにしてみせるから……グレースとの約束を、果たしてみせるから……」
リリアーヌは目を伏せた。
「……ご自分の幸せは?」
「え?」
「ご自分の幸せについて考えたことは?」
「……夫と子供が幸せなら妻は幸せなものだわ。たとえその子が養子であろうとね」
「……リリアーヌ様……」
ラウルトは何かを言いたそうにしたが、言葉は続かなかった。
「歩き回って疲れてしまったわ。夕飯まで寝かせてちょうだい」
「……はい」
リリアーヌが目覚めたのは夕食の直前だった。
髪をとかして、ドレスに着替える。
夕食の席にもデスタン侯爵は不在だった。
「……お義父さまは?」
自分がこう呼ぶことを、セドリックはどう思うだろうか?
リリアーヌは試すように質問した。
「……今日は領内で召し上がってくるそうだ」
セドリックは感情の読めない声でそう言った。
「まあ……?」
領内、庶民たちと食事をとるということだろうか。
「……ずいぶんと気さくな方なのですね、お義父さまは」
「……まあな」
沈黙。話が続かない。
「あ、あの、セドリック様。私、ぜひお義姉さまにご紹介していただきたいの……ほら、息子さんだっていずれ養子になるのだし、ご挨拶をしておきたくて……仲介を頼んでもよろしいかしら?」
この家の女主人にならなければいけない。
使用人たちと交流し、その思いをリリアーヌは強くしていた。
セドリックは少し顔をしかめた。
「……そのことなのだが……、実は姉にはまだ養子のことは言っていない」
「はあっ!?」
淑女らしからぬ声が漏れてしまう。
セドリックは気にした様子もなく話を進める。
「……姉は辛い目に遭い、甥が心のよりどころだ。今、そんなことを言い出して姉を追い詰めたくない」
「…………」
この家の女達は病んでいる。
セドリックの母親に関しては理由は知れないが、セドリックの姉も病んでいる。
「……そして、私も?」
小さく呟いた。
リリアーヌもいつか病んでしまうのだろうか?
いや、今はそれはいい。
「……分かりました。養子の件については口をつぐみます。ですから、お姉様にご挨拶をさせてください」
「……分かった。夕食の後に、声をかけておく」
セドリックは仕方なしにうなずいた。
リリアーヌは小さくため息をついた。
夕食は相変わらず、味がしなかった。
次の日の朝には、デスタン侯爵は帰ってきていた。
「お帰りなさいませ、お義父さま」
「ああ、ただいま。どうだい、デスタン侯爵家には慣れたかな?」
「少しずつ……ですね」
朝食の席、父と婚約者が会話するのをセドリックは黙々と聞いている。
「あの、いずれ、この家の女主人になるものとして、使用人たちと交流していきたいのですが、お許しいただけますか?」
「ああ、助かるよ……妻はまだまだ回復に時間がかかりそうだからね」
「そう、ですか……」
「娘のミラベルも孫にべったりだ……やれやれ、甘やかしてもどうしようもないとは思うのだがね」
「はあ……」
「リリアーヌ嬢……女主人として振る舞うに当たって、何か困ったことがあればすぐに私やセドリックに言ってくれ。セドリック、お前の婚約者はこんなにも勤勉だ。力になってやるのだぞ」
「はい」
セドリックは父の言葉には従順にうなずいた。
「ああ、そうだ、セドリック様。お義姉さま……ミラベル様にお目にかかる話ですが……」
父親の前で念を押せば、その実現も早まるだろう。
「……ああ、朝食後に声をかけよう」
「よろしくお願いします」
リリアーヌは微笑んだ。