第4話 デスタン侯爵家の内側
使用人に図書室へ案内してもらう。
図書室はリリアーヌに与えられた部屋の真反対にあった。
難しい本が並んでいる。
領地経営についての本が多い。
そういったものを素通りして、リリアーヌは物語の本を探す。
「あったわ」
図書室の奥に、その本棚はあった。
ぎゅうぎゅうに敷き詰められた本たち。
「……まるでグレース文庫ね」
その本の多くがグレースから名の聞いたことのある本だった。
適当に一冊手に取る。
読み込んだ跡がある。
「……はあ」
セドリックは何のつもりで図書室をリリアーヌに紹介したのだろう。
これではまるでグレースとの絆を見せつけるようではないか。
「私の方がグレースと手紙のやり取りだけじゃなくて本の貸し借りもしてるもん!」
リリアーヌは思わずそう言っていた。
結局彼女は一冊も本は取らずに図書室を後にした。
良い機会なのでデスタン侯爵家の中を案内してもらうことにした。
5人の使用人の中で、一番デスタン侯爵家に仕えているのが長いカサンドラがその任務を請け負ってくれた。
カサンドラはラウルトより年上に見えた。
「リリアーヌ様、こちらが旦那様方の寝室になります」
「……その、案内してもらっておいてあれだけれど、いいのかしら? 皆様の居住スペースにお邪魔して」
「リリアーヌ様のお部屋のすぐ奥ですから、お通りになることもあるでしょう。それにリリアーヌ様はデスタン侯爵家の家族になるのです。遠慮することなど何もありません」
「……そう、かしら」
「こちらが順に旦那様、奥様、セドリック様、ミラベル様のお部屋です。ミラベル様は坊ちゃまと一緒にお過ごしです」
名前を聞きそびれていたが、ミラベルというのがセドリックの姉だろう。
「……ミラベル様は、その、どうして……」
「……あちらの旦那様の不貞です。ミラベル様より先に愛妾が息子を産み……ミラベル様は坊ちゃまを宿され……産まれる前にこちらに戻されました」
「……そう」
酷い話だ。
しかし子供を産めなかった女が離縁される話は珍しくもない。
セドリックは最初から子供を産まなくてよいと言ってくるだけマシなのかもしれない。
「使用人の使う部屋もご覧になりますか? 今は、侍従頭のパトリックがすべて取り仕切っておりますが、本来なら使用人への指示は奥様の仕事ですので……」
「ええ、そうよね、そうさせてもらうわ」
セドリックの母は病気療養中、セドリックの姉は息子の子育てで忙しい。
この屋敷の使用人を取り仕切る者は今いないのだろう。
自分はセドリックの妻になるのだ。その役割をまっとうできるよう努めなければ。
半年の間、お客様気分ではいられない。
「まあ、広いわね!」
王都の屋敷では、使用人の住まうスペースは地下であったり、屋根裏部屋であったりする。
しかし、デスタン侯爵家では1階と使用人用の離れに使用人が住まうスペースがあった。
「それにしても離れがふたつもあるのね! このお屋敷!」
「はい。本来、奥様が療養中の離れは賓客をもてなすための離れなのですが、ここ半年は奥様が使っておいでです」
「……半年?」
それはグレースとセドリックとの婚約が破棄された時期と一致する。
デスタン侯爵夫人は息子の婚約破棄が心労で病んでしまわれたのだろうか?
だとしたらセドリックの父が、妻について口をつぐんだのも分からないでもない。
新しく嫁に来た娘に、わざわざ告げることではないだろう。
「……私、奥様と会えるのかしら……」
「パトリック!」
カサンドラに呼びつけられ、現れたパトリックは意外と若い男だった。
まだ30くらいだろうか。
「初めまして、リリアーヌ様。むさ苦しいところへようこそ」
「初めまして、パトリック。……これからデスタン侯爵家に嫁ぐものとして、努めてまいります。どうか、私にあなたの仕事を教えてください」
「承知いたしました。それでは順に説明させていただきます」
最初に案内されたのはキッチンだった。
「……ここ半年は奥様の病気もあり、正式なゲストはリリアーヌ様以外に迎えていませんが、やはりゲストをお呼びするときの食事は何よりも大切なものでございます」
「そうでしょうね」
リリアーヌが食べた味のしない晩餐も、リリアーヌのために贅が尽くされていたはずだ。
リリアーヌは今更ながら申し訳ない気持ちになってきた。
「コック共を紹介します」
「ええ」
コック長をはじめとするキッチンのスタッフにリリアーヌは紹介された。
「次は衣装部屋にまいりましょうか」
「お願いします」
衣装部屋で、リリアーヌは歓待を受けた。
「まあまあ、いらっしゃいませ、リリアーヌ様!」
「リリアーヌ様の持ってこられたドレスを拝見しましたが、デスタン侯爵領の冬を乗り切るのは少し難しいと思います」
「ぜひ、採寸させてくださいませ」
「冬用のドレスを用意させてくださいませ!」
「ぜひ!」
「ぜひ!」
「よ、よろしくお願いします……」
リリアーヌが戸惑っているうちに彼女たちはリリアーヌの体に巻き尺を這わせ、リリアーヌの頭からつま先までの寸法を測っていった。
「これから体型が変化することもあるでしょう。その時はまたおいでくださいな」
「さっそく新しい服を仕立ててみようと思うのですが、どの布がいいでしょうか?」
「ええっと……」
リリアーヌはデスタン侯爵家に来て初めて思いっきり歓迎されたような気がした。