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第18話 帰郷

 馬車の中は終始無言だった。

 リリアーヌは震えを止めることが出来なかった。

 そんな彼女の手をエドウィージュが揉んで温めた。


「グレース……」


 事故だろうか? ただの事故であればまだいい。

 もしも、もしも、己の将来を儚んだ結果だとしたら、リリアーヌはグレースを叱らなくてはならない。

 そして、更に悪い可能性……もしも誰かがグレースを害そうとしたのだとしたら?


 いくら親戚でも姫君が伯爵家に保護されているなんておかしい。


「グレース……っ!」


 すぐに涙が出てきてしまう。

 時折、セドリックの方をうかがえば、彼はかたくなな顔で外を眺めていた。


 そういえばセドリックは何度、デスタン侯爵領から出たことがあるのだろう?

 リリアーヌはこの婚約まで王都を離れたことがなかった。


「リリアーヌ」


 セドリックが意外にもやわらかな声でリリアーヌにそう呼び掛けた。


「は、はい……」


「泣くのを我慢しなくていい。泣きなさい。グレース様の前で泣くよりマシだ」


「……う、うう……」


 リリアーヌはその言葉に堰が切れたようにずっと泣き続けた。




 王都とデスタン侯爵領はどんなに馬車を飛ばそうと、3日はかかる。


 間は貴族の屋敷に泊めてもらった。


 デスタン侯爵家に嫁ぐときと一緒だった。


「……妻となるリリアーヌの実家である伯爵家にごあいさつに」


 グレースのことを馬鹿正直に話すわけにもいかず、セドリックはそう説明した。

 急な訪問に貴族達は怪訝そうな顔をしていたが、セドリックの説明に異を唱えることなどできなかった。


 リリアーヌの青ざめた顔は余計に疑問を募らせたであろうが、やはり詮索をするものはいなかった。




 そうして王都に着いた。


「ただいま戻りました!」


 息せき切ってリリアーヌは実家のレアンドル伯爵家に転がり込んだ。


「ああ、お帰り、リリアーヌ」


 リリアーヌの父、レアンドル伯爵はリリアーヌと同じくらい青ざめた顔で娘を迎え入れた。


「そして……一月ほどぶりです、セドリック様」


「セドリックで構いません、レアンドル伯爵。私はまだ何者でもない、ただのデスタン侯爵の……息子、ですし、あなたの義理の息子にもなりますから」


 セドリックが自身を侯爵の息子と呼ぶことにためらいも持っていることに、リリアーヌは気付いた。


「……お父様! グレースは!」


「お前の部屋に逗留してもらっている。あそこが空いている部屋の中では一番広くて日当たりが良いから……」


「すばらしい判断です」


 リリアーヌはそう言うとセドリックも父親も置いて、さっさと階段を上がっていった。

 ラウルトとエドウィージュがそれを慌てて追いかける。


「……セドリック、あなたはどうしますか?」


「……変に動揺させたくありません。階下の……グレース様がいらっしゃらないところで待機させてください」


「分かりました。応接室にどうぞ」


 リリアーヌの父はセドリックを応接室に通した。

 セドリックはひとりため息をついた。




「グレース!」


 リリアーヌは自分の部屋にノックもせずに飛び込んだ。


「お嬢様!」


 ベッドの横に控えていた侍女がリリアーヌをたしなめる。


「……いいの、いいのよ、ああ、リリアーヌ。私の親友……」


「グレース!!」


 リリアーヌはベッドを覗き込んだ。


 グレースは頬にガーゼを当て、喉に包帯を巻いていた。


「ああ、ああ……グレース……」


 リリアーヌは抱きつこうとしてためらった。

 体に傷があったら、痛い思いをさせるかもしれない。

 リリアーヌの意図をグレースは聡く読み取った。


「……リリアーヌ、肩を抱いてちょうだい。そこら辺なら痛くないから。腕はダメなの。痛くて上がらなくて……」


「うう……」


 リリアーヌはグレースの前で泣いてはならないと自分を律していた。

 しかし、無理だった。

 彼女の目からは涙が溢れてきた。


 泣きながらリリアーヌはグレースの肩を抱き締めた。


「ああ、グレース。いつまででもうちにいればいいわ。この部屋もあなたのものにすればいい……!」


「ああ、ありがとう、リリアーヌ」


「よかった、あなたが生きていてくれてほんとうに良かった……」


「……こんなにすぐ戻ってきてくれるなんて思わなかった」


「戻ってくるわ、あなたのことだもの!」


「……ありがとう、リリアーヌ」


「…………」


 何があったのか? グレースに直接聞いて良い物だろうか、リリアーヌは困った。

 代わりにエドウィージュを紹介することにした。


「……ええと、あのね、グレース、こちらエドウィージュ。デスタン侯爵家が私に連れて行けと言ってくださったの。エドウィージュはね、マッサージが上手いし、化粧も上手いの、あなたの顔の傷がどれだけひどかろうと、きっと化粧で隠してくれるからって……」


「ああ、デスタン侯爵家の皆さまのお心遣いに感謝します」


 グレースはそう呟くと、エドウィージュに微笑みかけた。


「遠路はるばるありがとうございます、エドウィージュさん」


「いえ、いいえ」


 エドウィージュは初めて目にする姫君を相手にどう接していいのか分からずただ頭を下げた。


「……でも、大丈夫かも、私、もう見た目なんて気にすることないわ」


「グレース……」


「こんなことになったもの、私、もう誰かの前に立つようなこと……しなくて良いと思うの……王家からお金を分捕れるだけ分捕ったら、伯爵家に隠棲させてもらいたいくらい……」


「ええ、あなたがそう望むならお父様のワインコレクションを人質に取ってでも、成し遂げますけど……何があったの……?」


 リリアーヌはグレースが自然な流れで質問をさせてくれたことに気付いていた。


「……王妃様に、襲われました」


「そんな……」


「おかわいそうな王妃様……私の婚約解消があの方の何かを狂わせてしまった。私を目の敵にされていたのはずっとだったけれど……とうとうここまで来てしまった。もう王城にはいられません」


 グレースはどこかさっぱりとした表情でそう言い切った。

 せいせいしているのかもしれない。

 しかし、その顔はすっかりやつれていた。


 リリアーヌはそんなグレースの肩をもう一度、優しく抱き締めた。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
元聖女が他人の恋愛模様を通じて、自分も恋愛していく物語、完結です。
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