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第13話 デスタン侯爵夫人

 セドリックはそのまま私室に戻って行った。


 リリアーヌはお風呂に入って身を休めたが、心は安まらなかった。

 セドリックのかたくなさが引っかかっていた。

 グレースを失った悲しみ。それはいい。

 リリアーヌだって突然にグレースと友人でいられなくなったら、苦しみ悲しむだろう。


 しかし、幸せになれないとはどういう了見だろう。

 セドリックは幸せになることを諦めている。

 その気持ちが分からない。


「…………」


 それほど、グレースのことが痛手なのだろうか?

 失恋。

 恋すらしたことのないリリアーヌには分からない。

 失恋というものはそれほど人を苦しめるのだろうか?

 ――グレースは、今も苦しんでいるのだろうか。

 あの冷たい王城で、たった一人で。


「リリアーヌ様」


 風呂の世話をしてくれていたエドウィージュがリリアーヌに声をかけた。

 エドウィージュは5人の使用人の中では一番年が若い侍女だったが、そのマッサージや洗髪はとても手慣れていて、心地よかった。


「お湯を足してもよろしいですか?」


 このままでは湯が冷めてしまう。

 それほど長く浸かっていたようだ。


「いえ、上がるわ。長く付き合わせてごめんなさい」


 風呂場に湯気は立っているとはいえ、寒かっただろう。

 リリアーヌは反省した。


 風呂から上がり、エドウィージュが髪を柔らかくタオルで拭いてくれる。

 エドウィージュは風呂などの美容専門の侍女である。

 実家の伯爵家ではそういうのもまとめてラウルトがやってくれていた。

 細分化された使用人たちの役割に、リリアーヌは驚くばかりだった。


「エドウィージュの髪の手入れは本当に気持ちいいわね」


「恐れ入ります」


「独学で?」


「……母も同じ役職をデスタン侯爵家でいただいておりまして、私の技量は母譲りです」


「あら、そうだったの……お母様は?」


「デスタン侯爵夫人に付き添って、離れにおります……奥様は今、男であれば無条件に拒否なさていますので、離れは力仕事など大変なようです」


 若さだろうか、エドウィージュはそのタブーを語りたそうな素振りを見せた。

 リリアーヌは寛大な女主人のフリをして、エドウィージュのぶしつけとも言えるデスタン侯爵家の内情の暴露を聞いていた。


「……最初の頃は、旦那様すら離れに入ることを拒絶されていたようです」


「そう、だったの……」


 デスタン侯爵夫人にはいったい、何があったというのだろう。

 男を寄せ付けない。

 その言葉にふとリリアーヌの頭をとてつもなく不名誉な事件の可能性が浮かんだが、リリアーヌはそれを頭から追い出した。


「……セドリック様も半年間、奥様とは顔を合わせていません」


 リリアーヌは知らなくてはいけないのかもしれない。

 そこにセドリックの不幸の元があるのかもしれない。


 密かにそう思った。




 そしてその日は意外にも早く訪れた。

 翌日の夕食。その日もセドリックとセドリックの父、3人で食事を取った。

 狩猟の残りの肉が出た。鹿肉とウサギ肉。

 とても美味だった。


 その席でデスタン侯爵は口を開いた。


「リリアーヌ嬢。妻に会ってみてくれませんか」


「父さん!」


 リリアーヌが何かを答えるよりも先に、セドリックが切羽詰まった声で、父親に反論した。


「それは、それは……」


 セドリックは何かを言いたげにしていたが、言葉は続かなかった。


「……私はリリアーヌ嬢は我が家にとって良き嫁になると思っている」


「恐縮です」


 自分のどこを見てそう思ってもらえたのだろう? リリアーヌにはさっぱり分からなかったが、頭を下げた。


「であれば、アレクサンドラにも彼女を引き合わせるべきだ。……新しい女主人に、これまでの女主人を。当然の処置だろう」


「……ですが、母はまだ……」


「ものは試しだ」


「試しで母の病状に負荷をかけるなど……」


「……わたくしは」


 リリアーヌは思い切ってセドリックとセドリックの父の会話に割り込んだ。


「わたくしは、出来ることは何でもしたく思います」


「ほら、リリアーヌ嬢もそう言っている」


「…………」


 セドリックの顔は苦痛に歪んでいた。

 やはり、彼の自罰的とも言うべき態度は母親が関係しているのだろうか?


 リリアーヌは勘ぐったが、とにかくここはセドリックの父の采配に同調することにした。


「……それで、お父さま、いつに?」


「君が良ければ、明日の昼時にでも」


「かしこまりました。……お洋服はいかがしましょうか」


「そうしゃちほこばらなくてよいよ。小綺麗な普段着程度で頼む。……私には女性の服装のことはよく分からないが」


「承知しました」


 リリアーヌは頭を下げた。


「……ああ、そうだ。君はなるべく話さずに……私が紹介した以上のことは妻には伝えないでくれ。混乱するかもしれないから。……それと、グレース姫のことは決して口にしないように」


「……はい」


 ああ、グレース。リリアーヌの友。彼女はどこまでも災厄のような扱いをされるのだ、この家では。


「…………」


 セドリックは終始顔をしかめていた。


 リリアーヌは夕食の席を立ち、私室に戻ると大きく息を吐いた。

 そして、カサンドラ達に明日の服の支度を頼んだ。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
元聖女が他人の恋愛模様を通じて、自分も恋愛していく物語、完結です。
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