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第12話 避けられない話題

「狩猟の話でも聞かせてやりなさい」


 セドリックの父はセドリックにそう言いつけた。

 あまり打ち解けていないように見える息子夫妻を心配しているのだろう。

『子供は要らない』

 初対面であんなことを言われたのだ、打ち解けようもないだろうとリリアーヌは思った。


 父親には逆らえないのか、セドリックは夕食後、リリアーヌの私室に直行した。

 ラウルトと5人の使用人はバタバタと応接間を整えると、使用人室へ引っ込んだ。


「…………」


「…………」


 沈黙。


「……狩猟はいかがでした」


「ウサギも捕れた」


「そうですか」


「…………」


「…………」


 セドリックは狩猟の話をする気がないらしい。

 リリアーヌは話題を変えることにした。


「『茨の庭の秘密』ですけど……」


「ああ、懐かしいな。確か、魔法の世界でシカが道案内をしてくれるんだったか」


「ええ」


「……あれを読んでしばらくは狩猟に行くのが怖くなったものだ。ほら、あのシカ、なかなか不思議な力を持っているだろう?」


「そうですね……少年少女をさらおうとした悪漢を空を飛んで追いかけて、角で投げ飛ばしたり……」


「それが、少し、怖かったな。今、思い出した……」


「…………」


「…………」


 沈黙。リリアーヌは意を決した。


「あの、セドリック様」


「……ああ」


「グレースの話をしてもよろしいですか?」


「…………」


「思えばわたくしたちが彼女の話をしないなんて、不自然ですわ。共通の……友人、ですのに」


 自分にとっては友人だ。セドリックにとってはどうだろう。

 そう思ってリリアーヌは言い淀んだ。


「そう、だな」


「……もちろんセドリック様があんな女の話は聞きたくないと仰せなら、私はグレースのことは黙りますが……」


「……君はグレース様のことをグレースと呼んでいるのか?」


「……はい。友達ですから、私たち。周りの大人には怒られましたけど、グレース本人がそれを望みましたの」


「そうだったのか……」


「グレースはセドリック様のこと、セドリック様と呼んでいましたね」


「……ああ、グレース様は俺のことを話していたのか?」


「よく話していました。セドリック様から手紙が届いた! 手紙が届いた! ってそれはそれは嬉しそうに……。でも、あの子ったらその手紙の内容を一切教えてくれないんですの」


 リリアーヌは苦笑しながら、昔を思い出した。

 婚約者から手紙が来る度に嬉しそうにしていたグレース。

 しかし、その内容を彼女はリリアーヌにすら教えることはなかった。


「筆まめでしたわね、セドリック様は」


「……ああ、あの方から手紙が来たらすぐに返事を書いた。いつもすぐに……ここと王都は遠いから……できるだけ早く……」


 セドリックは遠い目をして昔を懐かしんだ。


「……遠いだろう。ここと王都は。寂しくはないのか」


「……まあ」


 リリアーヌは驚いた。


「そのような気遣い……無用でしてよ。……貴族の女がどこに嫁ぐかなんて家の判断次第ですもの……。姫君なら異国にだって嫁ぐかもしれない……」


 リリアーヌはそう言った。


「……寂しくないとは言わないのだな」


「……ここにはグレースが、私の友達がいないから……」


「…………」


「不思議ですわね、私たち、ふたりともここにグレースがいれば良いと思っている……」


「いや」


 セドリックはやけに冷たくそう言った。


「……グレース様はここにいてはならない。この屋敷に来てはいけない」


「……セドリック様?」


「それは駄目だ。……君は友人を婚礼に招きたいだろうが、それも駄目だ。デスタン侯爵領にグレース様を入れることはまかりならない」


「…………」


 リリアーヌはセドリックの顔を見つめ、その表情を探った。

 そこにはかたくなな悲しみがありありとあった。


「……承知しました」


 リリアーヌはうなずいた。

 このかたくなな悲しみに踏み込むことなどできなかった。


 そんなリリアーヌにセドリックは言葉を続けた。


「……グレース様から手紙が来たよ。君のことばかり書かれていた」


「……そう、でしたか。はねっ返りのハトコがご迷惑をおかけします、とでも書いてありましたか?」


「グレース様は君の幸せを祈っておいでだった」


「……あの子らしい」


 リリアーヌは喜びをにじませて微笑んだ。


「……俺にはできないと、返事を書こうとした」


「…………」


 セドリックの表情は読めない。


「グレース様に手紙を書くことすら、俺にはできなかった。君がグレース様に手紙を書くとき、伝えてほしい。そして……そうだな、正直な話、グレース様の口利きで、君が実家に連れ戻されれば良いと思っている」


「それほど、私のことはお気に召さない?」


「いや、君のことを……君のことを幸せにはできない。俺にはできない。グレース様の望みは叶えられない。だから……だから、君には帰ってほしい。俺とのことは犬にでも噛まれたのだと思って、新しい縁談を探してほしい」


「……帰りません」


「リリアーヌ」


「……グレースと約束しました。私はね、セドリック様、あなたを幸せにするためにここに参りましたの」


「……俺を、幸せに?」


「あなたが幸せになるまでは帰りません。たとえあなたに離縁されようとも」


「…………俺が幸せになどなっていいはずがない」


「いいえ」


 リリアーヌはきっぱりと首を横に振った。


「グレースの望みは絶対です。何があなたを曇らせているのかなど存じ上げませんが、私は、あなたを幸せにします。何が何でもです」


「……君はどうしてそこまで、グレース様のことを?」


「……さあ、どうしてかしら」


 リリアーヌはグレースのことが大好きだ。

 それでも、リリアーヌ自身も自分がどうしてそこまで彼女の願いを叶えたいのかなど分からない。


「たぶん、私、グレースのことが大好きなのです。ただ、それだけ」


「……安心した」


「セドリック様?」


「あの方を、今も愛している人間がひとりでもいる。それに安心した……。たけど、俺は幸せにはなれないよ、リリアーヌ」


「……それは、グレースとの婚約が破談になったからですか?」


「いいや、もっと、もっと根幹の部分で、俺は幸せには……ならない」


 暗い決意をみなぎらせて、セドリックはそう言い切った。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
元聖女が他人の恋愛模様を通じて、自分も恋愛していく物語、完結です。
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