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第11話 もう一度、図書室へ

 その日の朝食の席には、セドリックもデスタン侯爵もいなかった。

 その代わり、義姉のミラベルとその息子アンベールが同席した。


「お父様ったら、あなたに過保護だわ。一人の朝食は寂しいだろうから同席してやれだなんて! アンベールを家族の食卓に上げるのをまだ早いってあんなに言っていたのに!」


「ご、ごめんなさい、お姉様」


「ああいやだ、そう恐縮させたかったんじゃないのよ。ただ、お父様が過保護すぎて呆れているだけ」


「そう、ですか……」


 セドリックとデスタン侯爵は狩猟に出かけている。

 夕食までには帰るそうだ。


「ここいらでは何が獲れますの?」


「ウサギは鉄板だけど……すごいときだとシカなんかかしら」


「まあ、シカ……」


「身内自慢をするようであれだけれど、二人とも狩猟の腕はいいのよ。夕食は期待していいわ、ねー、アンベール」


「はい!」


 アンベールは母親の言葉の意味が分かっているのかいないのか、元気に返事をした。

 幼いアンベールはキラキラとした瞳がとても印象的だった。


「ほうら、アンベール。リリアーヌ叔母様におはようございますって言うのよ」


「リリアーヌおばさま、おはようございます!」


「はい、アンベール様、おはようございます」


 リリアーヌは妹エグランティーヌの幼い頃を思い出していた。


 アンベールは存外に礼儀正しく食事をしていた。

 これなら、家族の食卓になら出しても大丈夫なのではないかとリリアーヌは思った。




 朝食を終え、部屋に引っ込み、リリアーヌは意を決してもう一度、図書室へ向かった。


「…………」


 グレースの語っていた本ばかりが並ぶ書棚を眺める。

 これはグレースとセドリックの間を結ぶものだ。

 自分が手を触れて良いとは思えない。

 それなのに、セドリックはここに来ることを許可した。


 彼はいいのだろうか?

 リリアーヌがこれに触れることを許可してくれるのだろうか?

 それともそんなことでは心の琴線は揺るがないと思っているのだろうか。


 リリアーヌは『下働きと王子』が戻されているのを見つけた。


 本の中にはよく見れば名だたる希少本も混じっていた。

『犬のケンカの話』、『花の咲いた冬』、『アレクシアの婚礼』……。

 王都に住むリリアーヌですら、グレースに貸してもらって読むしかなかった本たちだった。

 王都から離れたデスタン侯爵領に住むセドリックはどうやってこれらの本を入手したのだろう。

 大変だっただろうに。


 本の背表紙に手を滑らせる。


 何となく取り上げた本は『茨の庭の秘密』という本だった。


 茨に覆われた庭に空いた穴をくぐり抜けると、その先には魔法の世界が広がっている……という話だった。

 グレースも、王城で魔法の世界を探したと言っていたっけ。遠くへ行きたかったのだろうか。

 リリアーヌも持っていたけれど、今回は持ってきていない。


「……読もうかしら」


 ポツリと呟き、本を抱えて、リリアーヌは図書室を出た。




「あら、懐かしい」


 ラウルトが『茨の庭の秘密』に目を留めて微笑んだ。


「リリアーヌ様、昔から、その本お好きでしたねえ」


「そうだっけ……?」


「あらあら、よくお庭を探検されてたじゃありませんか。生け垣に突っ込んで庭師に頭を抱えさせたりして……」


「そう、だったかしら……」


「都合の悪いことはすぐお忘れになる……」


 ブツブツと文句を言うラウルトを使用人部屋に下がらせ、リリアーヌはソファで本を開いた。

 しばらく無言で本を読み続けた。


「あら、シカ……シカがでてくるなんてまったく覚えてなかったわね……」


 物語の中で主人公の少年少女を導くのは白く光るシカだった。

 シカに導かれ、少年少女は魔法の世界を旅し、様々な出会いを通じて、少し成長し、家に帰る。


「どうして帰ってしまうのかしら」


 グレースはそう言った。心底分からないという顔をしていた。

 それでも、別の世界に飛べる話を愛していたグレース。


 今日の食卓には狩猟が首尾よくいけば、シカが出てくるかもしれない。

 自分は食べられるだろうか? リリアーヌは『茨の庭の秘密』を閉じながら、そう思った。




 夕食の席にはセドリックとセドリックの父が揃っていた。

 二人ともなかなかの上機嫌だった。


「首尾はいかがでしたか」


「上々だね。上等な鹿肉を食卓に並べることが出来るよ」


 セドリックの父は上機嫌でそう言った。


「そうですか……シカと言えば、セドリック様、『茨の庭の秘密』を覚えておいでですか?」


「……ああ」


 セドリックは小さくうなずいた。


「おや、それはなんだい?」


「……図書室にある本です」


 セドリックが答えた。


「ああ、あの本たちはたしかグレース様の……んんっ」


 セドリックの父は失言に咳払いをした。


「本を読むのが好きなのかな、リリアーヌ嬢は」


「はい。大好きです」


 リリアーヌは多くを説明せずにうなずいた。


「そうかそうか」


 セドリックの父は顔をほころばせた。


「セドリックも昔から本が好きだったんだ。そうかそうか、夫婦で共通の趣味があるのはいいことだ」


 セドリックの父はうんうんとうなずいた。


「……あの、図書室には希少本も置いてありましたわ。『犬のケンカの話』とか『花の咲いた冬』とか『アレクシアの婚礼』とか……」


「ああ、私は仕事上、あちこちを飛び回ることがあってね、幼い頃のセドリックにせがまれた本のリストを持ち歩いていたものだ」


「まあ、そうでしたの」


「苦労したぞ、『アレクシアの婚礼』なんて、地方の教会に置いてあるのを神父に頭を下げて、持って帰ってきたもんだ。いやあ、あの教会は本当に本がたくさんあってねえ……」


 セドリックの父の昔話を聞いている内に、夕食が運ばれてきた。


 食べられるだろうかと危惧した鹿肉は、もはや、シカの原形を留めてはおらず、リリアーヌは美味しく食べられた。

 グレースだったら、鹿肉を食べただろうか?

 リリアーヌはひっそりと遠くの友人を思った。

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「追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します」
元聖女が他人の恋愛模様を通じて、自分も恋愛していく物語、完結です。
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