第6話【告白宣言】
「じゃ、サッカーするぞ! 男子は十六人、八対八でチームを組んでくれ! 女子は十七人だから、先生が入るぞ!」
適当にグラウンドを三周程度したところで、教師が切り出した。
そして僕は、ハッと閃いた。
期待をし、期待に応えること。
これだ、と閃いたのだ。
「法香ちゃん」
サッカーが始まる直前に、僕は彼女に声をかけた。
「ん? なぁに、京太郎くん」
彼女に期待してもらいたい。
そう妄想するだけで、緊張と高揚が押し寄せて、自分が自分でなくなってしまいそうだった。いいや、きっと、自分が自分じゃなくとも、僕は彼女を求めてみせる。
彼女から期待してほしいという願いを込めて、僕はこんな提案をした。
「僕がサッカーでゴールを一本も取られなかったら、告白させてください!」
つい声が大きくなってしまっただろうか。
彼女の隣にいた友人はもとより、他の人たちにも聞こえてしまったかもしれない。
「え?」
と、法香ちゃんが困ったように笑う。
「んー、いいよ」
しゃおらぁ! と掛け声を入れて、僕はゴールポストへと向かった。
期待に応えることこそ、恋愛の第一歩だ。
「え、法香、いいの?」
彼女の隣にいた少女が声をかける、
黒髪蒼眼。異国的な顔立ちをした少女だった。
「いいのいいの」
「いや、いいのってか、取られなかったらって、なんであいつキーパーやってんの? 前出て玉転がすもんじゃないの普通?」
「あはは、いいのよ、そういう人みたいだから。それに告白の返事はまた別でしょ?」
「……まぁ、そりゃそうなんだけどさ」
少女は呆れて、大きく嘆息して、誰にも聞こえないような声で、こう付け足した。
「これだから、キョーちゃんは……」
「ばっちこい!」
僕はゴールポスト前で構えた。
中学は剣道クラブに通っていた僕にとって、サッカーは初心者だ。なぜあんな大見栄を切ってしまたのか、それは、自分にも分からない。
しかし、言ったからにはやらねばならない。
今まで、何事にも真面目な姿勢で取り組んできたつもりだ。たとえサッカー経験などなくとも、やってる内に熱中してしまうことだろう。
おまけに味方はそこそこ優秀で、敵サイドに行ったまま帰ってこない。
「よし、そのまま帰ってくるなよ」
このまま一本もシュートがこないまま終わるのではないか、そんな甘い考えが頭の隅をよぎったとき。
ざん、と、そいつは颯爽とグラウンドを蹴り、土煙を上げながら飛びだした。
ディフェンスに来た他の男子生徒の攻撃を、巧みなトラップで繊細に避ける。
しかし繊細でありながら、赤いスカーフを見せつけられたバッファローのごとき勢いで猛進してくる。
「あいつは……!」
なぜ、たかだか体育の授業でそこまでの突撃をしてくるのか。
なびく桃色の鉢巻きが、すべてを物語っていた。
「ほかほか法香ちゃんファンクラブ!」
さては僕の告白宣言を聞いていたに違いない。
彼にとっては僕が、皆の象徴的存在である法香ちゃんを独り占めしようとする悪い魔王に見えることだろう。
彼は法香ちゃんに萌え、また、義憤に燃えている。
「須頓京太郎ぉぉぉおお!」
びっくりした。急に叫んできた。
「我らが崇め奉る法香ちゃんをただ一人の女性として愛そうとする須頓京太郎ぉ!」
長いな。
「俺らはお前を、絶対にっ、許さないっ!」
そして、適度に間合いをつめてきた彼は、思い切り脚を振りかぶる。
彼の狙いはゴールポストではない。
大砲のような弾丸が、僕の脳天めがけて疾駆する。
「真正面だと!?」
―――怖い。
一瞬の判断。恐怖が勝る。
サッカーボールの硬い質感が呼び起こされ、幼少期の思い出まで蘇ってきた。その過去の経験が告げてくる。これは痛いものだ、と。
しかし、逃げれば。
今、大事なものを失ってしまう。
覚悟を決めろ、須頓京太郎! 今日の思いを、法香ちゃんに伝えるために!
腕を十字にクロス。これだけで、強くなった気になれる。
これで、この腕で、僕はそれに打ち勝って見せる!
「へぶっ!」
ボールは僕のハンドバリヤーを易々と打ち抜いていった。
びっくりして飛び退いてしまう自分の身体。
だが、役目は果たし、ボールはゴールラインを越えることなく、その辺に転がった。
「……くっ!」
喜ぶ暇もない。
ファンクラブの男が零れたボールに向かってくる。
体操服が汚れることも厭わずに、僕はボールへと飛びつき、ボールを奪取する。
サッカーボールを、こんなにも強く抱きしめたのは人生で初めてだ。
硬く、軽い、不思議なモノクロの球体。
しかし、生まれて初めて、サッカーを実感した瞬間でもあった。
「これが、キーパーというやつか」
ファンクラブの彼も、少し感心するようにニヤけ面をした。
敵としての評価とか敬意とかそういうもの。
いいじゃないか、サッカーというゲームも。
「燃えてきたぜ」
僕は胸の内からの闘志を感じていた。
「さぁ、攻撃だ! 頼むぞ!」
僕が投げたボールが空を駆ける。あっという間に失速し、コートの半分もいかないところで落ちていく。
味方の一人が地面に落ちたボールを足で掴む。
にやり、と僕に微笑みかける。
にやり、と僕も微笑み返す。
その彼が、僕に向かってものすごいシュートを繰り出してきた。
「……っっ!」
どしん、と腹に強烈な重圧が加わった。
「な、何をしているんだ! オウンゴールだぞ!」
がなりたてる僕の発言に対して。
彼はゆっくりと、ハーフパンツのポケットに手を突っ込んだ。
そのポケットから出てきたものを見て、僕は、言葉を失った。
次々と、次々と。
コート上にいる男どものポケットから、それは出てきた。
桃色の鉢巻き。ほかほか法香ちゃんファンクラブの証。
が、きつく結ばれる。
僕の目の前には、絶望にも似た桃色が、幾筋もひらめいていた。
十五対一の、地獄のサッカーが幕を上げた。