第4話【フクロウからのアドバイス】
神奈川県、某町。
海に面したサイクリングロードと、古馴染んだ街並みが名物だ。あと、この名前を出したら負けな気もするけど、ロングビーチが有名。
僕は山あり谷ありの田舎の通学路をママチャリで走る。
潮風ですぐに錆びてしまうチェーンを軋ませながら、今日も片道一時間かけて高校へ向かう。
バッタとすれ違うことはあっても人とはすれ違わない田舎のあぜ道。
「僕は、フラれた……」
土のにおいに混じる瑞々しい甘い花の香りを嗅ぎながら、車輪は回る。
くるくると、ただくるくると。
たった一人の男子高校生の気持ちなどお構いなしに時間が過ぎるのと同じように。
くるくると、ただくるくると。
「僕は、フラれ、まくった……」
地球と関係を断絶されてしまったかのような疎外感を覚えていた。
気が重く、足がだるい。普段よりも、ずっと遅い登校だった。
「おや、懐かしい顔だね」
しゃっ、と心地よいブレーキの音を鳴らして、後ろからブレザー姿の彼がやってきた。
日野卯月。僕の元幼馴染だ。
「卯月か。おはよう」
「おはよう、キョーちゃん」
爽やかに微笑みながら、僕と並走する。
彼とは幼稚園から中学校までの付き合いだった。彼が東京の私立高校に通うようになってからはあまり顔を見なかったが。
彼の穏やかな顔立ちは相変わらず、フクロウみたいに賢そうな眼鏡をかけている。
昔から、どこか不器用な僕を華麗にフォローしてくれる、よき友人だ。
「まだ生活習慣が馴染まない感じ?」
彼はマウンテンバイクと競技用自転車を足して二で割ったようなものに肘を突きながら尋ねてくる。
「少し悩み事をしていたんだ」
「へぇ、いつも選んだことには真っ直ぐ進むしかない君が、珍しいね」
「……なぁ、卯月。恋ってなんだ?」
「ぶっふぉ」
汚いな。彼は突然、唾を散らして吹き出した。
「どうした急に。蚊でも食べたか?」
「違うよ。恋って。君の口からまさかそんな言葉が出てくるなんてさ。草生えるわ」
草?
春が訪れ、雑草が芽吹くという意味だろうか。
「まぁ、そうだな。春だからな」
「ああ、君の青い春だね……ぷくく」
「で、卯月。いいとこの私立学校に通う君に聞きたい。恋とはなんだ?」
彼は遠いところを眺めながら少しだけ考えこんで、サラサラの黒髪をなびかせた。
「んー、逆に聞いてもいいかな?」
「いいぞ」
「キョーちゃんは今、恋をしてるってこと?」
「いかにも」
「そっか。いや、いいことだね」
「で、恋とは?」
頭のいい彼の答えだ。
僕なんかじゃ捻り出すことも叶わない、聡明な回答が返ってくるに違いない。
「僕の言葉で答えるならば、他人に対し、期待をし、その期待に応えること」
じゃないかな、と彼は続ける。
「君の無意識的に働かせていた異性への期待を応えてくれた彼女に、君は恋をした、とか?」
頭のいい彼は抽象的なことを言ってもそれっぽく聞こえるな。
しかし、なるほど、そうかもしれないと納得した。
自分の心のどこかに女性に対して憧れていたものがあった、と仮定する。理想の女性はこれだという期待。それを踏み抜き、期待に応えてくれた彼女に、僕は恋をしたのだ、と。
「じゃあ、逆に、どうしたら振り向いてもらえると思う?」
「そりゃキョーちゃん。振り向くまで声をかけ続けるしか、ないんじゃないかな」
悪戯っぽそうに彼は笑った。
どこか意地悪な光がその目の中にあるように思えた。