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スットン京太郎の叶わぬ恋  作者: ナ月
第一章【青春編】
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第2話【どこか物憂げに窓の外を眺める君の横顔が好き】


―――太陽が昇って、また沈む。

 天体のキャッチボールを見守り続ける地球。

 大いなる青空の元をこれっぽっちの飛行機が流れていく。

 もりもりと建てられた山の中の住宅地。

 猫背気味に歩くサラリーマンと、跳ねるランドセル。

 その間を颯爽と走るママチャリと学ラン。

 須頓京太郎は、今日も学校へ駆け抜ける―――


 思わぬ異性とすれ違い、ついつい目を奪われる瞬間というのは誰にでもあることではないだろうか。

 人間は動的な生き物だ。動きの中に美を見つけることもあるだろう。

 もちろん法香ちゃんもその御多分に漏れない。

 動いているからこそビューティー。ムービング・ビューティだ。

 ただつらつらと黒板に走る白い文字を追うよりも、彼女を見るほうが遥かに有意義だ。


 窓際、前から二番目の席。

 そこを相席から独り占めする優越感。

 彼女の指先がノートの上をつらつらと走る。物憂げな吐息が聞こえてくる。

 窓からいたずらな春風がそよぐたびに鼻孔を潤すシャンプーの甘い香り。

 爽やかな朝日が彼女の頬を白く照らす。

 いや、もしかしたら、太陽こそ彼女に照らされて輝いているのかもしれない。

 うん、そうだ。きっとそうに違いない。

 よし、告白しよう。


 入学説明会が終わった昨晩、僕は彼女へのプレゼントを作っていた。

 ので、指は筋肉痛だ。

 それにかけても自発的に起こす告白イベントなど、人生でそうそうあるものでもない。だからこそ、僕はしっかり用意をしていた。

 彫刻刀を握ったのは久しぶりだった。

 入学式の翌日である今日のために、僕は近所の山で手頃な木材を入手し、プレゼントの作成に挑んでいた。

 あらかじめ彼女の机の中に手紙を仕込み、体育館裏に呼び出せば準備は完了。


 かきーん、と野球部の鳴らす心地よい音が鳴り響く放課後。

 体育館とフェンスに守られた、二人だけの場所。


「あ……君は」


 彼女は何とも言えない表情で微笑んだ。

 端麗な顔がふにゃりと歪んで、嬉しさと期待に膨らんだ心を表すかのよう。

 かわいい。

 よし、告白するぞ。


「河合法香ちゃん」

「はい」

「君が好きだ」

「……は、はい」

「どこか物憂げに窓の外を眺める君の横顔が好きだ」

「え? あ、はい」


 照れ照れと赤面している。

 ああ、その彼女の頬といったら、真っ赤な花にそっと白雪を塗したかのような、淡い桃色。


「そんな君に、プレゼントだ」


 ガラガラと机を持ち出し、握り拳ほどの大きさのそれを二つ置いた。

 包装紙に包まれたそれらが、ごとん、ごとん、と置かれる。


「……ん?」


 彼女は不思議そうな目でそれを眺めている。

 疑念もあったかもしれない。

 これはなんぞ? と目で訴えかけている。


「どうぞ」


 僕は、手でそっと彼女へ行動を促した。

 開けてごらん、と。


「あ、うん、これは、なに?」

「どうぞ」

「あ、はい……」


 彼女の頬から赤みが消えていた。期待よりも不安が勝っているようだ。

 それでも、彼女の細い指が包み紙に触れる。

 包み紙よりもはるかに柔らかい彼女の指が、僕のプレゼントを優しく開く。


「……ん?」


 包み紙の中からは、ばさり、と、翼を広げた木彫りの鶴が威厳たっぷりに顔を出した。


「……えーと」


 彼女の眉毛が困ったように歪むさまを、初めて見た。

 心の中で記念撮影。初めてのお困り顔。


「続けて?」

「あ、はい……」


 毒を食らわば皿まで、なんて言葉が呼び起こされた。

 彼女は僕の意図をよく理解できないまま、しかし包みは開けてくれる。

 二回目のおっかなびっくり。

 包み紙が剥かれる。

 二体目。木彫りの亀が「我ここにあり」と言うほどの自信を持って頭を上げている。


「鶴と、亀……」


 茫然と彼女がその二体の像を眺める。


「つまり、どういうこと?」


 彼女の顔が曇っている。

 期待とか疑念とかそういう表情ではない。

 理解の範疇を超えている。

 顔に青みが差している。

 まるでせっかく色づいた木の実が半熟の状態に時間を戻されてしまったかのよう。


「つまり、だな」


 おほん、と僕は咳払いし、準備していた言葉を告げる。


「鶴は千年、亀は万年というけれど、僕は一生、君が好きだよ」


 ……かきーん、という野球部の間の抜けた音。


「ふぅ、ん……」


 昨晩、木彫りのこいつらを作製しながら、ずぅっと考えてきた、君への言葉。途中で何を考えているのか分からなくなるほど考えた言葉だ。

 どうか、届いてほしい。


「なんか、さ……」


 彼女の蠱惑的な唇がぷるんと震えて、僕への返事を紡いだ。


「なんか、思ってたのと違うかな」


 日差しのない春風が身に染みた。

 彼女が僕から背を向ける。

 違う……とは……え、違う?


「違うって、待っ……」


 問いかけ、呼び止めようとした僕の目の前に、白い軌跡が現れた。野球部が打ち放った白球が、僕の視界を遮ったのだ。

 その弾丸は、僕が用意した木彫りの二体をことごとく打ち砕き、通り過ぎる。


「そんな……!」


 不幸の連続。いや、不幸は単発か。

 届かぬ思い。横から打ち砕く悪意。

 僕は木屑と化した鶴と亀を見下ろして、泣いた。

 鶴は千年、亀は万年だというのに、僕は一瞬だった。


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